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ついんLEAVES

第七回 4










 はめられた。



 一般生徒の通行制限がかけられた、学園スタジアムへの二階渡り廊下。

 体育祭の入場行進を待っている。


 開会式が近くなると、他チームのプリンセスとナイトも集まってきた。

 プリンセスは皆、気合いの入りまくった化粧にジュエリー、ドレスで飾り立てている。

 人によって優美さを演出したり、華やぎを強調したりと様々だけど、どの子もチームを代表する美人である事にかわりなく、ルックスは甲乙つけ難い。

 もちろんナイトもプリンセスに合わせた豪華ファッションだから、舞台を変えればちょっとした夜会も開けそう。

 体育祭が始まったらプリンセスはチームごとに別れてしまうし、こうして勢ぞろいした姿はかなり貴重だ。

 いつもの俺なら鼻の下をのばして見惚れてただろう。


 でも、今日はそれどころじゃなかった。





 はめられた。


 ハメラレタ。


 HA ME RA RE TA。





 その一言がさっきから、ぐるぐると頭を回り続けている。


 と、事の元凶が俺の顔を覗き込んだ。

 少し作った女声が紅い唇から漏れる。

 

「日枝、もう少し愛想良くできない? "わたしたち"はチームのシンボルなんだから・・・・」


 俺に注意を促したのは、美人揃いの中でも一等真白(ましろ)に輝いてるプリンセス。

 ベールの向こうで細い眉をわずかに寄せ、藍色がかった瞳を煙(けぶ)らせている。

 花嫁姿の美女がこんな様を見せたら、どんな野獣でも保護欲を刺激されるに違いない。


 ただ一人、俺を除けば。



新郎新婦 ご入場〜(笑)



「笑顔をふりまくのはプリンセスの役目。ナイトは関係ねーよ」


 ぶっきらぼうに答えると、同級生の斗坂啓多(とさか けいた)は困り顔で微笑した。



そう。

今年のA組プリンセスは


""


なのだ。




 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。


 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。


 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。




 泣きてえ・・・・・・・(涙)




「そんなにナイトが嫌?」


「"ナイトは"嫌じゃない」


 お前がプリンセスなのが不満なんだ。


「・・・・ふぅ」


 言外の意味を汲み取ったか、斗坂は肩を落とした。小さな唇を薄く開いて溜め息を吐く。

 ただそれだけで、「憂愁の美女」という題の絵画になった。



 神様、あんた絶対コイツの性別まちがえたよ・・・・・



「日枝さぁ」


 地声に戻して斗坂が囁いた。


「一度OKしたんだろう。今さら嫌がるなんて男らしくないよ」


「・・・・・・・・・・あのなぁ」


「なにさ?」


「その言葉、お前にだけは言われたくねえ」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ああ☆」


 自分の身なりを確かめ、プリンセス斗坂はにこりとした。


「それはそーだねえ♪」


「笑って流すなーっ!!」



 









 スタジアムのざわめきが少しずつ大きくなってきた。

 開会式まであとわずかだ。

 真っ青な空のキャンバスに緩やかな弧を描くスタジアムを、渡り廊下から見上げる。

 自然に溜め息が漏れた。


「・・・・日枝」


「わーってるっ。誰にもバラさねーしバラさせねーよ」


 恨みつらみはさておいて、ここまで来たらフテ腐れてる暇はない。

 体育祭委員の村上を蹴り倒すのも後回しだ。

 今日一日、斗坂には"謎のプリンセスA子"を演じ通してもらう。

 身元バレなんかしたら、(斗坂がどーなろうと知らんけど)俺まで生き恥を晒す羽目になるからな。 


「うんうん。やっぱり、友達の中から日枝を選んで正解だったよ」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


 俺は、華のように微笑む斗坂の肩をポンと叩いた。


「短い付き合いだったな」


「ちょ、ちょっと日枝!?」


「お前とも今日までだ・・・・」


「そんなのヒドイよ! 愛が足りないよー!?」


「気色ワリぃこと抜かすな! んなモン最初っからこれっぽっちもねえっ!」


「日枝く〜ん」


 斗坂が俺の腕にしがみつく。


「さわんなヘンタイ野郎」


「そ、そこまで言う事ないだろう!? コスプレは文明発祥から続く伝統的かつ高雅なアートだよ!」


「儀式と女装趣味を一緒にすんなー!」


 斗坂の奴、メソポタミアの神官団が冥府で憤怒狂乱しそうな事を言う。

 まとわりつく男プリンセスを振り払おうとした時だった。


「・・・・・・・・・・・・・ふぅ〜〜〜〜〜〜〜〜ん。

 ずいぶん親しそうじゃない」




シャリ−−−−−−−−−−−ン!




 耳がキンとした。


 その一言がもたらしたのは、極北の寒風。


 白熊も凍てつく絶対零度の空間。



 俺は人形の如く、ぎりぎりと首を回した。


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


 ジロリ。


 怖ッ!


「・・・・・・・・・・・・・・・や、やあ、フー子さん。奇遇だなあ、君もナイトだったのか☆」


「その爽やか口調やめて。似合わないし、キモい


 フー子が手にしていた棒で床を突いた。重い音が空気を揺らす。


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


 沈黙が俺達を包み込んだ。


「もう、フー子ちゃんたら・・・・・・・・

 あの・・・・・・おはよう、日枝君。今日の服、格好いいね?」


 その場をとりなすように、九重(ここのえ)さんが明るい声をだす。

 無理に作った笑顔がちょっと痛々しい。

 が、とりあえず彼女に感謝せねば。


「ありがと。九重さんも今日は一段とキレイだね」


「!!」


 九重さんはあからさまに肩を震わせると、耳を赤くして俯いてしまった。


「・・・・・・えっと・・・・・・えっと・・・・・・・・・えっと・・・・・・

 ・・・・・・・・・・・・・・あ、あ、あの・・・・・・・・・あり・・・がと」


 しまった。九重さんてば褒め言葉に弱かったんだっけ。


 いやでも、褒め言葉が単なる形容表現でしかないくらい、今日の九重さんは綺麗だった。



 きめ細やかな白い肌にかすかな紅。つやのある黒髪が華の顔(かんばせ)をいっそう引き立てている。

 服はただの和服じゃなくて・・・・えっと、十二単(じゅうにひとえ)って言ったっけ? 平安時代の女の人が着てたヤツ。錦糸の刺繍も美しいその服が、幾重にも虹のように九重さんの細い首を取り巻き、飾り立てる。

 イブニングドレスばかりの中、「清歌姫」の雅やかな衣装は別格の威風で辺りを払っていた。


「ちょっと日枝」


「ん?」


「アンタ、おキヨしか見えないわけ」


 自分も褒めろというのだろう。

 これまた和風の装束を着たフー子が、ずずいと前に出た。

 棒(よく見ると弓だった)と矢筒を装備した彼女は、ナイトと言うより公達(きんだち)の狩りの姿。漆黒の上着が引き締まった凛々しさを醸し出している。


「良く似合うぞ、フー子。身の震えそうな勇ましさだ」


 特に、その弓矢が印象的。

 射たれそうで。


「・・・・・・・・・・・・・・ねぇ、日枝。

 それがアンタの・・・・・・・女の子に対する褒め方?」


 呆れ声のフー子が右腕をすいと上げた。細い指先が矢羽根に触れる。


 あ、これはヤバいかも。


「そ、そうだなっ。じゃあ、

今日はセクシーでキュートで官能的で端正で粋でドレッシーに決めてるなっ☆」


「全ッ然うれしくない!」


 シュコンッ!


 フー子が梓弓に矢をつがえて俺に向けた。


「どないせーっちゅーんじゃ!! ってバカ、刃物をヒトに向けんなっ!」


「これ、刃物じゃなくて矢じり」


「同じだー!」


 俺が絶体絶命の窮地に陥った、まさにその時−


「そこまで」


 短く、凛とした声が渡り廊下に響いた。









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