はめられた。
一般生徒の通行制限がかけられた、学園スタジアムへの二階渡り廊下。
体育祭の入場行進を待っている。
開会式が近くなると、他チームのプリンセスとナイトも集まってきた。
プリンセスは皆、気合いの入りまくった化粧にジュエリー、ドレスで飾り立てている。
人によって優美さを演出したり、華やぎを強調したりと様々だけど、どの子もチームを代表する美人である事にかわりなく、ルックスは甲乙つけ難い。
もちろんナイトもプリンセスに合わせた豪華ファッションだから、舞台を変えればちょっとした夜会も開けそう。
体育祭が始まったらプリンセスはチームごとに別れてしまうし、こうして勢ぞろいした姿はかなり貴重だ。
いつもの俺なら鼻の下をのばして見惚れてただろう。
でも、今日はそれどころじゃなかった。
はめられた。
ハメラレタ。
HA ME RA RE TA。
その一言がさっきから、ぐるぐると頭を回り続けている。
と、事の元凶が俺の顔を覗き込んだ。
少し作った女声が紅い唇から漏れる。
「日枝、もう少し愛想良くできない? "わたしたち"はチームのシンボルなんだから・・・・」
俺に注意を促したのは、美人揃いの中でも一等真白(ましろ)に輝いてるプリンセス。
ベールの向こうで細い眉をわずかに寄せ、藍色がかった瞳を煙(けぶ)らせている。
花嫁姿の美女がこんな様を見せたら、どんな野獣でも保護欲を刺激されるに違いない。
ただ一人、俺を除けば。
「笑顔をふりまくのはプリンセスの役目。ナイトは関係ねーよ」
ぶっきらぼうに答えると、同級生の斗坂啓多(とさか けいた)は困り顔で微笑した。
そう。
今年のA組プリンセスは
"男"
なのだ。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
泣きてえ・・・・・・・(涙)
「そんなにナイトが嫌?」
「"ナイトは"嫌じゃない」
お前がプリンセスなのが不満なんだ。
「・・・・ふぅ」
言外の意味を汲み取ったか、斗坂は肩を落とした。小さな唇を薄く開いて溜め息を吐く。
ただそれだけで、「憂愁の美女」という題の絵画になった。
神様、あんた絶対コイツの性別まちがえたよ・・・・・
「日枝さぁ」
地声に戻して斗坂が囁いた。
「一度OKしたんだろう。今さら嫌がるなんて男らしくないよ」
「・・・・・・・・・・あのなぁ」
「なにさ?」
「その言葉、お前にだけは言われたくねえ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ああ☆」
自分の身なりを確かめ、プリンセス斗坂はにこりとした。
「それはそーだねえ♪」
「笑って流すなーっ!!」
スタジアムのざわめきが少しずつ大きくなってきた。
開会式まであとわずかだ。
真っ青な空のキャンバスに緩やかな弧を描くスタジアムを、渡り廊下から見上げる。
自然に溜め息が漏れた。
「・・・・日枝」
「わーってるっ。誰にもバラさねーしバラさせねーよ」
恨みつらみはさておいて、ここまで来たらフテ腐れてる暇はない。
体育祭委員の村上を蹴り倒すのも後回しだ。
今日一日、斗坂には"謎のプリンセスA子"を演じ通してもらう。
身元バレなんかしたら、(斗坂がどーなろうと知らんけど)俺まで生き恥を晒す羽目になるからな。
「うんうん。やっぱり、友達の中から日枝を選んで正解だったよ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
俺は、華のように微笑む斗坂の肩をポンと叩いた。
「短い付き合いだったな」
「ちょ、ちょっと日枝!?」
「お前とも今日までだ・・・・」
「そんなのヒドイよ! 愛が足りないよー!?」
「気色ワリぃこと抜かすな! んなモン最初っからこれっぽっちもねえっ!」
「日枝く〜ん」
斗坂が俺の腕にしがみつく。
「さわんなヘンタイ野郎」
「そ、そこまで言う事ないだろう!? コスプレは文明発祥から続く伝統的かつ高雅なアートだよ!」
「儀式と女装趣味を一緒にすんなー!」
斗坂の奴、メソポタミアの神官団が冥府で憤怒狂乱しそうな事を言う。
まとわりつく男プリンセスを振り払おうとした時だった。
「・・・・・・・・・・・・・ふぅ〜〜〜〜〜〜〜〜ん。
ずいぶん親しそうじゃない」
シャリ−−−−−−−−−−−ン!
耳がキンとした。
その一言がもたらしたのは、極北の寒風。
白熊も凍てつく絶対零度の空間。
俺は人形の如く、ぎりぎりと首を回した。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
ジロリ。
怖ッ!
「・・・・・・・・・・・・・・・や、やあ、フー子さん。奇遇だなあ、君もナイトだったのか☆」
「その爽やか口調やめて。似合わないし、キモい」
フー子が手にしていた棒で床を突いた。重い音が空気を揺らす。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
沈黙が俺達を包み込んだ。
「もう、フー子ちゃんたら・・・・・・・・
あの・・・・・・おはよう、日枝君。今日の服、格好いいね?」
その場をとりなすように、九重(ここのえ)さんが明るい声をだす。
無理に作った笑顔がちょっと痛々しい。
が、とりあえず彼女に感謝せねば。
「ありがと。九重さんも今日は一段とキレイだね」
「!!」
九重さんはあからさまに肩を震わせると、耳を赤くして俯いてしまった。
「・・・・・・えっと・・・・・・えっと・・・・・・・・・えっと・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・あ、あ、あの・・・・・・・・・あり・・・がと」
しまった。九重さんてば褒め言葉に弱かったんだっけ。
いやでも、褒め言葉が単なる形容表現でしかないくらい、今日の九重さんは綺麗だった。
きめ細やかな白い肌にかすかな紅。つやのある黒髪が華の顔(かんばせ)をいっそう引き立てている。
服はただの和服じゃなくて・・・・えっと、十二単(じゅうにひとえ)って言ったっけ? 平安時代の女の人が着てたヤツ。錦糸の刺繍も美しいその服が、幾重にも虹のように九重さんの細い首を取り巻き、飾り立てる。
イブニングドレスばかりの中、「清歌姫」の雅やかな衣装は別格の威風で辺りを払っていた。
「ちょっと日枝」
「ん?」
「アンタ、おキヨしか見えないわけ」
自分も褒めろというのだろう。
これまた和風の装束を着たフー子が、ずずいと前に出た。
棒(よく見ると弓だった)と矢筒を装備した彼女は、ナイトと言うより公達(きんだち)の狩りの姿。漆黒の上着が引き締まった凛々しさを醸し出している。
「良く似合うぞ、フー子。身の震えそうな勇ましさだ」
特に、その弓矢が印象的。
射たれそうで。
「・・・・・・・・・・・・・・ねぇ、日枝。
それがアンタの・・・・・・・女の子に対する褒め方?」
呆れ声のフー子が右腕をすいと上げた。細い指先が矢羽根に触れる。
あ、これはヤバいかも。
「そ、そうだなっ。じゃあ、
今日はセクシーでキュートで官能的で端正で粋でドレッシーに決めてるなっ☆」
「全ッ然うれしくない!」
シュコンッ!
フー子が梓弓に矢をつがえて俺に向けた。
「どないせーっちゅーんじゃ!! ってバカ、刃物をヒトに向けんなっ!」
「これ、刃物じゃなくて矢じり」
「同じだー!」
俺が絶体絶命の窮地に陥った、まさにその時−
「そこまで」
短く、凛とした声が渡り廊下に響いた。