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ついんLEAVES

第七回 3









 土曜日。

 体育祭前夜。


「美乃里さん、生地ふくらんだよー」


「ありがとう、フー子ちゃん。カスタードの横に置いてちょうだい」


「ほーい。つばさ、型抜きは?」


「もちょっと待ってぇ」


「早くしてよー」


「フー子ちゃん。生地が冷える前に切り分けたいから、お手すきならお鍋みてもらえないかしら?」


「えっ、アタシが!?」


「大丈夫よ。たった四つじゃない」


「美乃里さんみたいにはできないよぉ?」


 チーン。


「美乃里ママ、オーブンタイマー鳴ったよー」


「トレーごとぜんぶ出してちょうだい。

 ほら、フー子ちゃんっ、寸胴鍋ふきこぼれてる!」


「あーっ!?」


 明日の準備で、キッチンは大忙しだ。

 今日はフー子も来てるから、いつもに輪をかけてうるさい。


 手にしていた体育祭の栞を、小テーブルに投げ出した。

 高等部の競技進行表が二色でチェックされてる。

 フー子と俺の出場予定だ。

 もちろん中等部の表には、つばさの出場予定がチェックしてある。

 チェックしたのは美乃里さん。


「マメだなぁ・・・・」


 美乃里さん、どれ一つとして見逃すつもりはないらしい。もっとも競技がいくつか被ってるし、フー子はグラウンド種目(ドッジボールとかミニサッカー)が多いから、全部を見ることはできないだろう。


 俺の出場種目は、ぜんぶ陸上競技だ。特技(逃げ足)を活かせる種目なんて、それくらいしかない。

 あと騎馬戦にも強く誘われたけど、断固として拒否した。

(間違いなくあいつら、俺を囮にする気だった)



 キッチンの様子では、晩飯まで時間がかかりそうだ。

 特にすることもなく、ぼーっと庭を眺めていると、電話が鳴った。


「はい、日枝です・・・・・・・・・・・・村上?」


 村上は今年の体育祭委員だ。


「何だよ、いきなり」

 と言いつつも、思い当たるフシはあった。


 同級生が体調崩したり仮病したり、いきなり競技変更されることは珍しくない。

 そういう時に動かされるのはまず、いてもいなくても大勢に影響しないメンバー・・・・つまり、俺みたいな奴だ。


「誰か逃げたのか」


「・・・・・・・・ん、うーん・・・・そーゆーワケじゃねーけど」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


 村上は、快活さと決断力を買われてバスケ部長に指名された。

 その男にして、妙に歯切れが悪い。

 嫌な予感がした。


「いちおう言っとくけど、剣道とか柔道なんてムリだぞ」


 飛び入り参加で鎖骨を折られた哀れな生徒を見て以来、それだけはかたく決めている。


「いんや、そういう話じゃねえ」


「じゃ、何の話だ」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・あのさぁ、日枝」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」



「ナイトになってくれねーか?」


















「何でお前がここにいる」


「こっちのセリフよ」


 まだ陽も明けきらない双葉学園、第三講堂(体育祭本部)

 校門でばったり会ったフー子と俺は、肩を並べて入り口に立っていた。


「まさかアンタがナイトとはねぇ〜」


「俺もそう思う」


 いきなりの話でびっくりしてる間に、村上に押し切られてしまった。

 といっても、チーム一の美女と一日すごせるんだから、断るつもりなんてなかったけど。


「で、どうしてアンタなわけ?」


「俺が知りたい」


「プリンセスと知り合いだったとか−」


「プリンセスが誰かも知らない」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


 フー子がうさんくさそうにこっちを見た。


「ホントに知らないんだって。今年の実行委員、やたら口が堅くて」


 どんな理由かわかんないけど、厳重な緘口令(かんこうれい)が敷かれてるらしい。


「・・・・ふぅん」


 フー子はやれやれと溜め息をつき、スポーツバッグを持ち直した。


「少し安心したわ」


「へ?」


「ナイトのあんたがその有り様じゃあ、Aチームはプリンセス賞なんて無理っしょ」


「う、うるせーな」


「まあ、せーぜー頑張ってねー☆」


 ぺろっと舌を出して、一足先にフー子が講堂に駆け込んでいく。

 俺も舌打ちして後を追った。


















「合言葉。"中等部長の髪は"?」


"横風に弱い"


「よし、通れ」


 ・・・・この合言葉を考えた奴、上にバレたら危ないんじゃないか?


 なんて、どうでもいい事を考えながら、門番の脇を通ってAチーム本部に入った。

 入っていきなり目の前を、横断幕やラッパの積まれた折り畳み机が塞いでいる。

 回り込んで中を覗くと、早くも女子が来ていた。一番奥にある衝立(ついたて)の向こうとこっちを、きゃいきゃいと楽しそうに行き来する。

 男子部のむさ苦しさに飽きた身には、新鮮な光景だ。

 ほけっと見とれてると肩を叩かれた。


「おはよーさん」


「・・・・よ、村上」


 短い髪に広い肩、運動部にしては白い顔。

 体育祭委員の村上だった。


「わりーな日枝、いきなりで」


「ん、別に」


 開口一番で謝る村上に、鷹揚(おうよう)に頷いてみせた。


 いや・・・・悪いもなにも、内心ウキウキだし♪


「なあ、村上」


「あン?」


「昨日から気になってたんだけど、どうして俺なんだ?」


「決まってらぁ。"プリンセスのお望み"だ」


「・・・・・・・・だから、何でプリンセスが俺を指名したかって聞いてんだ」


「そりゃ、お前をよく知ってるからだろ」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


 トボけた事を言う村上をじろりと睨む。

 村上はしれっとした顔で女子に呼びかけた。


「牧島(まきしま)ー! ナイトが参上したけど、プリンセスの用意できたかあ?」


「ぐったいみ〜ん♪ いま仕上がったトコですよん」


 衝立の陰から、ショートカットの女の子が顔を覗かせる。

 さらに数人の女子が出てくると、一斉に衝立へ手をさし延べた。


「「「じゃーん!」」」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」




しぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃん・・・・・・・・・・・・




「・・・・・・・・・・・・・・・・出てこねーじゃん」


 俺は無言で頷いた。


「ほぉらっ、お姫様! なに恥ずかしがってんですか」


「そーそ。キレーだよー?」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


 こつ。


 ハイヒールの高い靴音がした。


 しゃらり・・・・


 次の音は、本物の絹だけが奏でる高めの衣擦れ。


 そして俺は、息を呑んだ。





 衝立の向こうから現れたのは、目の醒めるような美女だった。

 整った顔に完璧な化粧が施されている。

 ウエディングドレスをモチーフにした衣装は純白。刺繍は控えめで、清楚さを強調したデザインだ。

 薄暗い講堂の中、半透明のベールの上でティアラ(髪飾り)がきらきらと輝いている。

 長い髪とベールが揺れ、彼女の顔がゆっくりとこちらに向けられた。

 ベールごしに俺を見つめる、憂いを秘めた瞳。

 思わずどきりとする。


 村上が口笛を吹いた。


「こいつはすげーや。写真は見てたけど、実物はそれ以上だぜ」


 女子たちが揃って頷く。


「もう、びっくりですよ」

「この人、大事なトコをぜんぶ自分でやっちゃうんですもん」

「それがスッゴイ上手いの!」

「勉強になったけどさぁ・・・」

「自信なくすよねー?」


 そりゃあ自信なくすだろう。


 衣装やアクセサリーの力もあるけど、何より素材が違う。

 プリンセスと女子が並んだら、"月とスッポン"という言葉しか出てこない。


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


 プリンセスはドレスを摘むと、短い歩幅ですいすいと歩いてきた。その歩き方一つでも、ドレスを着慣れてることがわかる。

 俺達の前に来ると、彼女は映画やダンスパーティーでしか見られない、古風な礼をしてみせた。


「おはよーさん」


「ど、どうもっ・・・・・」


 慌ててぺこりと頭を下げる。自分でも顔が紅潮してるのがわかる。

 俺の焦りようを見てか、プリンセスの口元が緩んだ。


 は、恥ずかしーっ! 




「おはよう、日枝」



「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」







ハ ァ ?








「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


 いまの・・・・・・声・・・・・・・・


「来てくれて嬉しいよ」


 プリンセスが目を細める。


「!!」


 その声と仕草が、脳内で一人の人物と結びついた。



さぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ。



 波が引くように、俺の顔から、全身から、血の気が失せていく。 



「・・・・・まさか・・・・・お前、まさか・・・・っ」



「・・・・・びっくり?


 Aチームのプリンセス、『斗坂 啓多』(とさか けいた)が、艶やかに微笑んだ。








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