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ついんLEAVES

第七回 2








「プリンセスやらない〜っっ!!??」


 フー子の大声がリビングのガラスを震わせた。


「アンタ正気!?」


「ふみぃ〜〜〜・・・・・・」


 つばさがさくらまるの腕にしがみついた。

 こいつ、家に着いた途端さくらまるにくっついて、片時も離れようとしない。


「・・・・フー子ちゃん」


 怯えるつばさを見て、九重さんがフー子の袖を引く。


「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!

 わかってるっ」


 ぼすっと音をたてて、フー子が乱暴に腰を下ろした。

 目を閉じ、特大級の溜め息を吐く。


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ほんで、理由は?」


 つばさは、苛立たしげなフー子を上目使いで見た。


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


「・・・・・・・・」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・だって」


「だって?」


「だって・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 さくらちゃん・・・・・・・・・来てくれないんだもぉん」


 ぼそっと言い終わった途端、つばさが泣き始めてしまった。


「あの、御台所(みだいどころ)さま・・・・」


 泣きつかれたさくらまるは心底こまり顔。

 泣かせたフー子はバツが悪そうだし、九重さんも居心地が良くなさそう。

 かくいう俺も、渋面を隠すことができないでいた。











 

 予想通り、つばさと九重さんが第三講堂(各チームの作戦本部)に呼び出されたのは、プリンセスを決めるためだった。

 つばさの属するEチームでは、当て馬にされるのが嫌で女子クラスの各候補が次々と辞退を宣言。そのままつばさに決定−と思いきや。


「つばさも・・・・・やんない」


 この一言で、予定調和が崩れ去った。

 慌てふためく実行委員、仰天の候補者たち、絶叫する覗き見野郎どもと、Eチーム本部は大混乱。

 騒ぎを聞いた九重さんが、衆人に囲まれ今にも泣きそうなつばさを見つけ、救出してきたそうだ。


 それにしても・・・・・・・・・


 前代未聞だ。

 選出過程で辞退した女の子はいくらでもいるけど、プリンセス役を拒否するなんて聞いたことがない。

 フー子ならずとも正気を疑いたくなるだろう。


「まぁ、つばさちゃん! どうしたのっ」


 リビングに入ってきた美乃里さんが、びーびー泣くつばさにびっくりして立ち止まった。トレーの上のカップがかたりと音をたてる。


「お兄ちゃん。泣かせちゃダメでしょう!」


「え。オ、オレッ?」


 違いますって。


「つばさちゃん。はい、あったかいココア」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・いらない」


「今日はいつもよりずっと美味しいわよ〜」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


 つばさの好物だけど、目をこすりながら首を振る。

 美乃里さんは小テーブルにお盆を置き、溜め息を吐いた。


「困ったわねぇ。・・・・・・・・・・お兄ちゃんがいけないのね」


「だから、何で俺ですか」


「お兄ちゃんが、つばさちゃんのお兄ちゃんだからに決まってるでしょう」


「ンなバカな・・・・って、何だよみんな!」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


 ちょっと待て。


 なにゆえに俺を見る?


「つか、さくらまる! お前が騒ぎの原因だろーがっ」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


 おーい。


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・はいはい、わかりましたよっ」


 どいつもこいつも・・・・・・・・・・・・・


「なぁ、さくらまる」


「はい。ごしゅじんさま」


 仏頂面をさくらまるに向ける。


「休むのは仕方ないとして、せめて週末の体育祭まで延ばせないか?

 でなかったら体育祭の日だけ出てくるとかさ」


「それは・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


 さくらまるは胸元に目を落とした。

 つばさがコクコクと頷き、二人の視線が絡まる。


「・・・・それは妾(わたくし)も願ひしことにござりますれど、

 自然の理(じねんのことわり)を枉(ま)げる行いなれば・・・・・・・・・」


「だめ、か」


「まことに申し訳ござりませぬ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


 さくらまるがキハダ色(黄緑色)にくすんだ頭を垂らした。

 つばさも肩を落とし、陰気なムードがリビングを漂う。


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・しょうがねーなぁ。


 ほんっとに手間のかかる奴だ。


「んじゃ、交換条件」


「は?」


「昨日のお前の話−」


 さくらまるが顔を上げた。


「望み通りにしてやるって言ったら、どうだ」


 きゅぴーん☆


 彼女の瞳が輝いた。


「かしこまりました!!」


 がばあっ!


「ひゃん!?」


 いきなりさくらまるが立ち上がった。つばさをくっつけたまま。


「このさくらまる! ごしゅじんさまの御為、いかな御指図(おさしづ)であれ肯(うけが)はざるなんどござりましょうや!」


 どこで覚えたのか、細腕を突き出してガッツポーズなんかとってる。


 ・・・・すっげーわかりやすいヤツ。


「んじゃ、OKな?」


「はい、はい、はい! おーけーにござりますっ!」


「−だってさ」


 つばさに顔を向けた。

 つばさとフー子と九重さんは、さくらまるの豹変ぶりにほけっとしてる。


 まぁ、普通は引くよなぁ。俺もちょっと引いてるし。


「体育祭、見にきてくれるってよ」


 俺は、さくらまるにぶら下がってるつばさに苦笑してみせた。


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


「つばさ」


「う、ン」


 つばさの目に、少しずつ光が戻ってくる。 


「さくらちゃん、ほんと・・・・?」


「ごしゅじんさまの仰せの通りにござります。御台所さま♪」


 美乃里さんがこほんと空咳をした。


「さくらまるちゃん、本当にいいの? 桜は大丈夫かしら」


「はい、母御前様。週の末まで安眠(やすい)をいただきますれば、咎(不都合)はなきかと存じます」


 さらに「其れ体(それてい)、ごしゅじんさまの御下命ならば♪」と付け加えて、さくらまるがにっこりする。

 九重さんがぽつりと漏らした。


「手のひらを返すって、こういう感じかしら・・・・」


「な〜んか反応が変じゃない?」


 そこの二人、余計な事は考えないように。


「・・・・・・・なぁ、つばさ。これで十分だろ?

 あんまりワガママ言って、さくらまるを困らせるなよ」


「・・・・・・・・・・・・・・ぅ〜」


「つ ば さー」


 少し強い口調で言うと、つばさは俺とさくらまるを交互に見上げた。


「・・・・・・・・・・・・さくらちゃん」


「はい、御台所様」


「このままいなくなったり・・・・しないよね・・・・?」


「勿論(もちろん)にござります。妾、ごしゅじんさまの侍女(まかたち)なれば」


「・・・・・・・・・わかった。春になったら必ず帰ってきてね・・・・?」


「お許し下さりましてありがとうござります。御台所様・・・・」


「約束・・・・だよ・・・・」


「承知つかまつりました♪」


 暖かな笑みを浮べて、さくらまるがふわりとつばさを包み込んだ。


「はい、一件落着〜。ぱちぱちぱちぱち☆」


 美乃里さんが手と口で拍手した。

 フー子と九重さんが顔を見合わせ、揃って胸をなでおろす。


 ようやくリビングに、穏やかな雰囲気が戻ってきた・・・・・




 その夜から、さくらまるはとりあえずの休みに入った。













 翌朝。


 目覚まし役がいなくなった俺は、昨日より少しだけ静かな朝を迎え−


「お兄ちゃんっ、朝だよーっ!!」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


「お兄ちゃ〜ん♪」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


 のそっ。


「・・・・・・・・おはよ。起きた?」


嫌になるほどばっちり」


「良かった♪ 今日のおみそ汁はつばさ特製だから、たくさん食べてねっ」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・わかった」


 どうやら俺の朝は、静寂と無縁のようだ。








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