「プリンセスやらない〜っっ!!??」
フー子の大声がリビングのガラスを震わせた。
「アンタ正気!?」
「ふみぃ〜〜〜・・・・・・」
つばさがさくらまるの腕にしがみついた。
こいつ、家に着いた途端さくらまるにくっついて、片時も離れようとしない。
「・・・・フー子ちゃん」
怯えるつばさを見て、九重さんがフー子の袖を引く。
「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!
わかってるっ」
ぼすっと音をたてて、フー子が乱暴に腰を下ろした。
目を閉じ、特大級の溜め息を吐く。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ほんで、理由は?」
つばさは、苛立たしげなフー子を上目使いで見た。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・だって」
「だって?」
「だって・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
さくらちゃん・・・・・・・・・来てくれないんだもぉん」
ぼそっと言い終わった途端、つばさが泣き始めてしまった。
「あの、御台所(みだいどころ)さま・・・・」
泣きつかれたさくらまるは心底こまり顔。
泣かせたフー子はバツが悪そうだし、九重さんも居心地が良くなさそう。
かくいう俺も、渋面を隠すことができないでいた。
予想通り、つばさと九重さんが第三講堂(各チームの作戦本部)に呼び出されたのは、プリンセスを決めるためだった。
つばさの属するEチームでは、当て馬にされるのが嫌で女子クラスの各候補が次々と辞退を宣言。そのままつばさに決定−と思いきや。
「つばさも・・・・・やんない」
この一言で、予定調和が崩れ去った。
慌てふためく実行委員、仰天の候補者たち、絶叫する覗き見野郎どもと、Eチーム本部は大混乱。
騒ぎを聞いた九重さんが、衆人に囲まれ今にも泣きそうなつばさを見つけ、救出してきたそうだ。
それにしても・・・・・・・・・
前代未聞だ。
選出過程で辞退した女の子はいくらでもいるけど、プリンセス役を拒否するなんて聞いたことがない。
フー子ならずとも正気を疑いたくなるだろう。
「まぁ、つばさちゃん! どうしたのっ」
リビングに入ってきた美乃里さんが、びーびー泣くつばさにびっくりして立ち止まった。トレーの上のカップがかたりと音をたてる。
「お兄ちゃん。泣かせちゃダメでしょう!」
「え。オ、オレッ?」
違いますって。
「つばさちゃん。はい、あったかいココア」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・いらない」
「今日はいつもよりずっと美味しいわよ〜」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
つばさの好物だけど、目をこすりながら首を振る。
美乃里さんは小テーブルにお盆を置き、溜め息を吐いた。
「困ったわねぇ。・・・・・・・・・・お兄ちゃんがいけないのね」
「だから、何で俺ですか」
「お兄ちゃんが、つばさちゃんのお兄ちゃんだからに決まってるでしょう」
「ンなバカな・・・・って、何だよみんな!」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
ちょっと待て。
なにゆえに俺を見る?
「つか、さくらまる! お前が騒ぎの原因だろーがっ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
おーい。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・はいはい、わかりましたよっ」
どいつもこいつも・・・・・・・・・・・・・
「なぁ、さくらまる」
「はい。ごしゅじんさま」
仏頂面をさくらまるに向ける。
「休むのは仕方ないとして、せめて週末の体育祭まで延ばせないか?
でなかったら体育祭の日だけ出てくるとかさ」
「それは・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
さくらまるは胸元に目を落とした。
つばさがコクコクと頷き、二人の視線が絡まる。
「・・・・それは妾(わたくし)も願ひしことにござりますれど、
自然の理(じねんのことわり)を枉(ま)げる行いなれば・・・・・・・・・」
「だめ、か」
「まことに申し訳ござりませぬ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
さくらまるがキハダ色(黄緑色)にくすんだ頭を垂らした。
つばさも肩を落とし、陰気なムードがリビングを漂う。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・しょうがねーなぁ。
ほんっとに手間のかかる奴だ。
「んじゃ、交換条件」
「は?」
「昨日のお前の話−」
さくらまるが顔を上げた。
「望み通りにしてやるって言ったら、どうだ」
きゅぴーん☆
彼女の瞳が輝いた。
「かしこまりました!!」
がばあっ!
「ひゃん!?」
いきなりさくらまるが立ち上がった。つばさをくっつけたまま。
「このさくらまる! ごしゅじんさまの御為、いかな御指図(おさしづ)であれ肯(うけが)はざるなんどござりましょうや!」
どこで覚えたのか、細腕を突き出してガッツポーズなんかとってる。
・・・・すっげーわかりやすいヤツ。
「んじゃ、OKな?」
「はい、はい、はい! おーけーにござりますっ!」
「−だってさ」
つばさに顔を向けた。
つばさとフー子と九重さんは、さくらまるの豹変ぶりにほけっとしてる。
まぁ、普通は引くよなぁ。俺もちょっと引いてるし。
「体育祭、見にきてくれるってよ」
俺は、さくらまるにぶら下がってるつばさに苦笑してみせた。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「つばさ」
「う、ン」
つばさの目に、少しずつ光が戻ってくる。
「さくらちゃん、ほんと・・・・?」
「ごしゅじんさまの仰せの通りにござります。御台所さま♪」
美乃里さんがこほんと空咳をした。
「さくらまるちゃん、本当にいいの? 桜は大丈夫かしら」
「はい、母御前様。週の末まで安眠(やすい)をいただきますれば、咎(不都合)はなきかと存じます」
さらに「其れ体(それてい)、ごしゅじんさまの御下命ならば♪」と付け加えて、さくらまるがにっこりする。
九重さんがぽつりと漏らした。
「手のひらを返すって、こういう感じかしら・・・・」
「な〜んか反応が変じゃない?」
そこの二人、余計な事は考えないように。
「・・・・・・・なぁ、つばさ。これで十分だろ?
あんまりワガママ言って、さくらまるを困らせるなよ」
「・・・・・・・・・・・・・・ぅ〜」
「つ ば さー」
少し強い口調で言うと、つばさは俺とさくらまるを交互に見上げた。
「・・・・・・・・・・・・さくらちゃん」
「はい、御台所様」
「このままいなくなったり・・・・しないよね・・・・?」
「勿論(もちろん)にござります。妾、ごしゅじんさまの侍女(まかたち)なれば」
「・・・・・・・・・わかった。春になったら必ず帰ってきてね・・・・?」
「お許し下さりましてありがとうござります。御台所様・・・・」
「約束・・・・だよ・・・・」
「承知つかまつりました♪」
暖かな笑みを浮べて、さくらまるがふわりとつばさを包み込んだ。
「はい、一件落着〜。ぱちぱちぱちぱち☆」
美乃里さんが手と口で拍手した。
フー子と九重さんが顔を見合わせ、揃って胸をなでおろす。
ようやくリビングに、穏やかな雰囲気が戻ってきた・・・・・
その夜から、さくらまるはとりあえずの休みに入った。
翌朝。
目覚まし役がいなくなった俺は、昨日より少しだけ静かな朝を迎え−
「お兄ちゃんっ、朝だよーっ!!」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「お兄ちゃ〜ん♪」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
のそっ。
「・・・・・・・・おはよ。起きた?」
「嫌になるほどばっちり」
「良かった♪ 今日のおみそ汁はつばさ特製だから、たくさん食べてねっ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・わかった」
どうやら俺の朝は、静寂と無縁のようだ。