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ついんLEAVES

第七回 1






「冬ごもりぃ!?」


 銀杏(イチョウ)並木の間を、フー子の素っ頓狂な声が通り抜けた。



 雲高い秋空の下。

 週末に体育祭を控えた月曜日の放課後。

 第三講堂に呼び出されたつばさと九重さんを、玄関で待ってるところ。


「若い木だから、冬は働けないってさ」


「なにそれ」


「よくわかんないけど、桜が葉っぱを落として眠っちゃうと、さくらまるも出てこれなくなるらしい」


「へぇ〜・・・・?」


 今イチ納得しきれない様子のフー子に、俺は肩をすくめてみせた。







「恐れ入りまするが、ごしゅじんさまと皆様にお願いがござります」


 昨日の夜。

 皆が晩飯を食べ終わるのを待って、さくらまるは口を開いた。

 彼女が軽く頭を下げると、それに合わせて萌黄色の髪がふわりと揺れる。

 今朝のことがあったから、さくらまるの言葉に、俺はすぐピンときた。


 さくらまるの話は古語が多すぎて、半分くらいしかわからなかった。

 なんとか理解できたことを大まかに言うと、「庭の桜は若いので、力をもらい過ぎると冬を越せなくなる」そうだ。


「器(桜の木)が果てては元も子もござりませぬゆゑ、明くる春まで暇(いとま)をいただきとうござります」


 申し訳なさそうに締めくくって、さくらまるは深々とお辞儀した・・・・・・









「で、どーすんの」


「どうしようもないだろ。さくらまるが休むってんなら、休ませるしか」


 あいつは命令されて働いてるわけじゃない、いわばボランティアなんだから。


「・・・・・・・・まぁ、そうね」


「そりゃ、少しはびっくりしたけどさ」


 でも昨日は、自分が驚いてるヒマがなかった。

 つばさが半泣きでゴネまくったから。


「それで今朝、つばさの元気がなかったんだ・・・・」


 フー子がつばさのいる第三講堂を仰いだ。


「昨日に比べりゃ落ち着いたけどな。グズるあいつに、さくらまるが一晩中付き合ってたから」


「ふぅん」


 フー子にならって玄関に目をおくる。


 五段ぽっちの短い階段の上、広い出入り口の左右に、ぶっとい毛筆で書かれた二枚の看板が立っていた。

 一枚には黒々とした字で、『双葉学園 合同体育祭 実行委員会 本部』とある。

 そしてもう一枚は−



『男女混合 秋季綜合大教練


各軍團 本営』



「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」



「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」



 ・・・・・・・・・どこのトンチキだ、あの立て看板かいたのは。



「日枝、"本営"ってなに?」


「知るか。たぶん、各チームの作戦本部だろ? 去年はそう書いてあったし」


「そういやそうだったわね」


 呆れながら看板を見ていると、中からわらわらと生徒が溢れてきた。中高等部の男女が一緒くたの、学園内では珍しい光景だ。

 ただし一様に楽しそうな野郎どもと対照的に、女子は喜びと落胆の表情が入り混じってる。


 人ごみの中に見知った痩せ顔があった。


「笹木(ささき)!」


「よーっす日枝、久しぶり。涼島(すずしま)さんも」


「や。相変わらず頬がコケてんね」


「ハハハハ」


 笹木は乾いた声で苦笑した。こいつは中等部の時の同級生で、フー子の毒舌には慣れてる。


「チームメートなんだからお手柔らかに頼むよー」


「チームメートって・・・・笹木もF組だったか?」


「おーよ。今年のプリンセス賞は俺らがいただきだ」


 笹木が自信満々で握りこぶしを突きつける。

 俺も拳を固めて、カツンと横に払った。


「あっさり決まったなぁ。今年のF組はそんな不作なのか」


 そういえば去年のF組プリンセスは、高等部の三年生だった。


「ちげーよっ。ウチは船本(ふなもと)センセがチーム担当でさ。演劇部のコスチュームを持って来て、候補の子たちに試着してもらう予定だったんだ。
 そしたら、最初の一人が似合いすぎてて即決定」


「演劇部のコスチュームって?」


 笹木は眉をくいっと動かした。


「当日、見て驚け」


「あーそーですか」


 やっぱり、こんな単純な誘導尋問には引っかからないか。


「それで日枝、お前なんでココに・・・・・・って、つばさちゃんを待ってるのか」


「まぁな」


 質問から正解まで一人で完結した笹木に、俺は頷いた。


「つばさちゃん、何組だったっけ?」


「2−E・・・・・・イテッ!


 いきなりだった。

 ゴツン!と左の肩甲骨に、殴られたような痛み。

 続いて、弱々しい悲鳴。


「いっっったぁ〜〜〜・・・・・」


「こっちのセリフだ! ドコ見てやがっ・・・・・・・・・

 んぁ? 斗坂(とさか)かよ」


 同級生の斗坂が額を押さえてる。痛みで細められた目の端に、涙が浮かんでいた。


「うわっ、日枝!?」


 なぜか耳まで赤い斗坂は、俺を目にとめた途端、弾かれるように駆け出した。


「あ、おい!」


「ごっ、ごめ〜〜〜〜〜〜ん!」


 顔を朱に染めたまま、斗坂が謝りながら逃げていく。


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・誰、あいつ」


 笹木が呟く。


「俺の同級生」


「まさかあいつが実行委員なわけ?」


「それこそ、まさか」


 俺は鼻を鳴らした。


 体育祭は中高等部の男女各クラスが縦割りで1チームをつくる。男女ともA〜I組まであるから、合計9チーム。

 で、体育祭の実行委員会は男女合同で運営される。異性と知り合いになれる貴重なチャンスだから、皆が熱烈にやりたがる。

 そんな中で実行委員になれるのは、特に押しが強いか腕っ節の強い奴と決まってる。

 斗坂はその両方と無縁だし、そもそも今年の実行委員はバスケ部長の村上だ。



 あいつ、何しに来たんだろ・・・・?



 首をひねってると、笹木に肩を叩かれた。


「んじゃオレ、部活があるから行くわ」


「ああ。またな」


「涼島さん、体育祭ガンバローぜ」


「よろしくー」


 笹木は薄っぺらなカバンを肩に担ぎ、男子高等部のグラウンドに走っていった。










 あぁ、言い忘れてた。


 さっき言ってた「プリンセス(お姫様)」ってのは、体育祭で各チームが担ぐマスコットのこと。
 豪奢なアクセサリーと衣装で着飾り、他のプリンセスと妍(けん)を競い、チームの雰囲気を盛り上げる。
 プリンセス賞になった女子には3ケタにのぼるラブレターが届くというから、その人気は絶大だ。
 とうぜんプリンセス希望の女子は多くて、決めるのは一苦労。決定までには自薦他薦、多数決に抽選と色々あって、決め方はチームの自由だけど、悶着があるのが通例だ(体育祭前日まで決まらなかったこともある)。

 F組みたいにあっさり決まるのは、珍しいんじゃないだろうか。









「ほいっと」


 フー子が腰掛けてた石段から飛び降りた。

 スカートの後ろを軽く叩いてくるりと回る。


「来たわ」


「ん?」


 振り向くと、玄関につばさと九重さん。

 フー子が手を挙げた。


「こっちこっち!」


 九重さんが先に気付いた。

 つばさを連れて、ゆっくりしたペースでやって来る。


「二人ともお待たせ」


「お帰り〜」


「お疲れさま」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


 つばさはと見ると、俺達の挨拶にこくりと頷いただけ。


 さくらまるの件を相当気に病んでるようだ。


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


 フー子と九重さんが同時にこっちを見る。

 俺は肩をすくめた。



 やれやれ。


 手間のかかる奴・・・・・・・・・・



「つばさ、帰るぞ」


 左手を差し伸べると、つばさがとてとてやって来て、俺の手をきゅっと握った。


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


 さっきと違う眼差しでこっちを見る、フー子と九重さん。

 もう一度肩をすくめて、俺は歩きだした。









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