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ついんLEAVES

第六回 2







 観測史上有数の、遅ーい梅雨明けから数日。

 今日も今日とて、俺ん家の玄関が叩かれる。


「おら日枝、時間だぞーっ」


「お兄ちゃん、まだぁ?」


「無駄な抵抗をやめて出てこーい!」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


 何十年前のネタだ、それは。


 溜息まじりにナップザックを背負い直した。


 ドアノブを回すと強烈な陽光が差し込んだ。

 さらに扉を押すと、目の前に日焼けしたフー子とつばさ。

 そして押し寄せる、喉を圧迫する熱気。


 くらっ。


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・帰る


 パタン。


「お、お兄ちゃん!?」


「帰るって、家から出てないでしょーがっ!」


 ガンガンガン!


 フー子の鉄拳に玄関が揺らぐ。


「うるせーぞ、フー子!」


「うるさくしてんのよ! なに考えてんの、アンタ!?」


「暑苦しいのは嫌なんだ・・・・・・」


「夏は暑くて当たり前でしょーが」


「ンな事わかってる。暑いのは耐えられるけど、"暑苦しい"のがヤなんだって」


「え・・・・?」


 音がやんだ。


「それ、どういう意味?」


「だから、扉を開けたとたんフー子の顔が−」

「ブッ殺−−−−−−−−−−す!!!」


 皆まで言う前に玄関が蹴り開けられた。


ごげん!!!

「はおっっ!?」


「道行(みちゆき)き ずっと反省しなさい!」


「・・・・・・・・・お兄ちゃ〜ん・・・・・・・・・・・」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


 ずるずるずる・・・・・・・・


 そうして今日も、つばさとフー子に休みを奪われる俺だった。











 頭にできたタンコブをさすりながら、入場料200円の市営プールに到着。

 設備も衛生面もなってない、安さだけが魅力の施設だ。

 でも水に慣れるだけなら、これで十分だったりする。

 ここで泳ぐのは予行練習にすぎないから。


「・・・・・あれ?」


 入場券売り場の左、藤棚の下に見知った顔がいた。

 目が合うと、ぺこりと頭を下げる。


「おキヨちゃん、おっはよー」


「おはよ」


「おはようございます」


 定番のつば広帽を被った九重さん、今日は生成(きな)りの麻のシャツに、珍しいパンツルックだ。

 

「今日は九重さんも泳ぐんだ?」


「うん。やっぱり、ぶっつけ本番は怖いから」


「いや、普通はぶっつけ本番だと思うけど」


 少なくとも俺は、海水浴の前にプールで練習する奴の話なんて、フー子の他に聞いたことがない。


 と、いきなり背中を叩かれた。


「なに言ってんの! そんな生ぬるい気持ちで行くからあいつらに負けんのよ?」


「勝ち負け以前の問題だろ」


 相手は生粋の海育ち、ほとんど半魚人みたいな奴らだぞ。


「ビーチバレーに海育ちも山育ちもないでしょーが!」



 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。



「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・なによ」


「フー子さんや」


「だから、なに?」


「ビーチバレーに勝ちたかったら、プールに来ないで体育館でも行くべきじゃないのか」


 泳ぐよりバレーボールのほうがよっぽど役に立つだろう。


 俺のしごく真っ当な指摘にフー子は鼻を鳴らした。


「あんたバカじゃないの? 体育館なんて暑くていらんないわよ!」


 バカはお前だ。


 つか、誰でもいいから、暑さでネジの飛んだこの女をどーにかして下さい(泣)


 心の中で涙してると、袖をくいっと引かれた。


「ねーねー、早くプールはいろ?」


「そうね。日枝の相手してても始まらないし」


「お前がゆーなーっ!」


 九重さんが困ったような顔で笑った。










 プールサイドでつばさのバタ足に付き合って四往復。

 一休みしようと上がった所で町内の加賀井さんから声がかかり、つばさを子供プールに引っ張っていった。
(何故か50mプールの監視員が減って子供プールのが増えた気もするけど、深くは追求すまい・・・・)

 膝下だけ水に浸け、ぼーっとする。


 強い陽射し、そよぐ風、冷たい水−

 暑すぎず、冷えすぎず、ちょうど良い感じ。

 うむ、それなりに快適だ。


 ぱしゃっ。


 水音と同時に飛沫(しぶき)が顔にかかる。

 すぐ傍に、コバルトブルーの水着を着た女の子が、水中から飛び上がるように現れた。

 スレンダーな肢体に、流水をモチーフにした競泳用水着がよく似合ってる。

 その子は手で顔を拭うと、俺に向かって白い歯を見せた。


「日ー枝くん☆」


そういえば、表のページでは九重初登場かも....


 え。



「・・・・・・・・・・・・・・九重さん?」


「うん♪ 横、いいかな」


「ああ」


 水泳帽のせいで見違えたけど、九重さんだった。

 細い腕で体を引き上げ、俺の横にぺたりと座る。


「つばさちゃんはどうしたの?」


「加賀井さん−近所の人に頼まれて、ちょっと子供と遊んでる」


 遊ばれてる、かもしれないが。


「ふぅん」


「フー子は?」


 九重さんと競争してたはずだけど。


 彼女は苦笑した。


「小学生がムネ触ったって、真っ赤になって追いかけていっちゃった」

 

「あははははははは!」


「もう、日枝くん、笑ったらかわいそうよ」


「どっちが」


「え?」


「だから、フー子と、フー子にタコ殴りされるガキと」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


「・・・・・・・・・・・・・・・えっと、どっちかなぁ・・・?」


 俺はもう一度、声をあげて笑った。

 困り顔だった九重さんも、やがてつられるようにくすくすと笑った。

 長い髪を水泳帽に収めた九重さんは、いつもより活発そうな雰囲気。

(ところで、あの長い髪をどうやって水泳帽にしまってるんだろう)


 笑いが収まると、九重さんは小首を傾げてこっちを見た。


「そういえば日枝くん、来週の海水浴なんだけど・・・・」


「ん?」


「日枝くんのお身内だから宿泊費いらないって、本当?」


「俺の身内っていうか、美乃里さんの実家が民宿なんだ。それで、条件付でタダ」


「条件付?」


「少しは手伝いをしろってこと」


 盆前の今の時期に一日三食(&昼寝)がきちっとついてその条件なら、文句はないと思う。


「民宿のお手伝い・・・・私にできるかしら」


 心配そうな九重さんに笑ってみせた。


「できることでいいんだって。俺は廊下掃除と荷物運び、つばさはたしか野菜の皮むきやったな」


「皮むき・・・・」


「んで、俺の友達は毎朝、庭掃除とか玄関の水まきやってた」


「あ、それなら私もできそう」


「伯父さん達だって、遊びに来た俺らをいじめようなんて思ってないから、心配しないでいいよ」


 九重さんは胸をなでおろし・・・・途中で止まった。


「・・・・・・あの、日枝くん」


「ん」


「フー子ちゃんもその民宿に行ったこと、あるんでしょう?」


「あいつは常連だからな」


「フー子ちゃんは何をしてるの?」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・プッ」


 思わず口を押さえた。


「日枝くん?」


「それは−」

「あーっ!」


 俺の答えは背後の大声にかき消された。

 振り返ると、プンスカおかんむりのフー子が見下ろしている。


「人が走り回ってる間になに和(なご)んでんのよ!」


「フー子ちゃん」


「よー、フー子。痴漢は捕まったか?」


「あったり前! あのエロガキ、バスタオルで簀巻(すま)きにして子供プールに放り込んでやったわよっっっ」


「おいおい・・・・・・・・・」


 やり過ぎじゃないか?


「文句あんの!!」(ギロン!)


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・いや」


 反論しようものなら、こっちまで簀巻きにしかねない。


 この直後、子供プールで「わーっ。お兄ちゃん、土佐エ門(どざえもん)さんがいるよ〜っ!」という声が上がったとか上がらなかったとか・・・・・







 そんなこんなで水泳三昧の日が過ぎて、いよいよ出発となるのだった。




 



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