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失神したさくらまるを、一番近くにある俺のベッドに運んだ。
彼女の肢体(からだ)は思ったより軽かった。
時計の短針は6を過ぎ、夕闇が街を覆っている。
薄暗がりの中、さくらまるの白皙(はくせき)の顔は輝くように見える。
でも、いつも表情豊かなそれは、能面のようだった。
いったい、どうしたってんだ?
壁の電灯スイッチを入れると同時に、ドアが開いた。
ひょいと身をかわす。
「あら、ごめんなさい」
「いや」
美乃里さんだった。脇に洗面器を抱えてる。
マナーにうるさい美乃里さんが、扉をノックしないなんて珍しい。
それだけさくらまるが心配なんだろう。
「とりあえず氷嚢(ひょうのう)を持ってきたけど、役に立つかしら。
汗もかいてないし・・・・・・・」
美乃里さん、困惑気味に呟いてる。
ニンゲンじゃない、からなぁ・・・・・・
薬のたぐいも効くと思えない。
「美乃里ママ。ガスオーブンとバーナーの火、落としたよ〜」
美乃里さんに続いてつばさも入って来る。
「ありがとう、つばさちゃん」
「ううん。さくらちゃん、大丈夫?」
「ええ・・・・・たぶん」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
三人一緒に溜息を吐いた。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ンッ」
「「「!!」」」
さくらまるの目が開いた。
うすぼんやりと天井を見上げる。
「・・・・・・・・・・・・ここ・・・・・は・・・・・・?」
「さくらちゃん!」
「つばさちゃん、大声ださないで」
「う、うん・・・・・・・・」
声に向けられたさくらまるの目線が、俺達を順繰りになぞっていく。
「ごしゅじんさま・・・・・御台所様・・・・・?」
美乃里さんが枕元に顔を寄せた。
「さくらまるちゃん。体、どうしたの?」
「母御前様・・・・・・」
「覚えてない? あなた、階段で倒れたの」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ぁ」
さくらまるの瞳に光が戻った。
「も、申し訳ござりませぬ。
務めをおろおろ(疎か)にいたし−ンッ!!」
「さくらまるちゃん!」
起き上がろうとしたさくらまるを、美乃里さんがベッドに押し付けた。
「まだ起きちゃだめっ」
「いたぁっ!」
「!?」
驚いた美乃里さんが手を放す。
さくらまるは左腕を押さえ、呻き声を漏らした。
「さくらまる!」
「さくらちゃん!?」
「さくらまるちゃん、腕がどうしたの!」
「痛・・・・痛い!」
左腕に続いて右の脇腹に手をあてる。
「ちょっと見せなさい!」
美乃里さんがさくらまるの手を引き剥がした。
白い左腕は・・・・・・何の異常もない。
「美乃里ママッ、さくらちゃんどうしたの!?」
「わからないわ・・・・・・傷がないのに」
「さくらちゃん、ねぇっ!」
「やめ、やめてっ・・・・・・・・痛いの!」
身体を縮め、身をよじる。
「やめてって何をだよ、さくらまる!」
「ああっ!」
今度は首の後ろだった。両手を当て、唇をかみしめている。
「美乃里ママ、どーしよう!」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
本当にワケがわからない。
だけど震える体や顔に浮かぶ苦痛は、とうてい演技なんて思えなかった。
「いた・・・い・・・・・・・食べないで・・・・・・・」
「「「!!??」」」
食べないで?
「さくらまる、どういう意味だ!」
「お願い・・・・・・・・・・・・・
食べ・・・・ないで・・・・・あぅ〜っ!」
「あっ!」
ベッドに身を乗り出してたつばさが、ぱっと顔を上げた。
「お兄ちゃん、もしかして!」
「何だ!」
「来てっ」
つばさが部屋から飛び出した。
ドアの向こうからタタタっと階段を駆け下りる音がする。
美乃里さんに目を向けると、こくりと頷いた。
「ここは見てるから」
「・・・お願いします」
意味不明だけど、とりあえずつばさを追いかけよう。
さくらまるの悲鳴に後ろ髪を引かれながら階段を下る。
「おい、つばさ!」
「こっちー!」
リビングの中から声が届いた。
声と同時にリビングの室内灯が点(とも)る。
「なんだよ・・・・」
「お兄ちゃん、あれあれ!」
つばさは俺を窓際まで引っ張った。
細い指で外をさす。
「食べないでって、アレじゃないかな!」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・あ!」
庭に漏れる灯(あか)りは弱かったけど、つばさの言いたい事は容易にわかった。
そうかもしれない・・・・・・
いや、これ以外に考えられない。
俺は唇をかみしめて睨んだ。
無残に喰い荒らされた、桜の若木を−