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ついんLEAVES

第五回 5







 失神したさくらまるを、一番近くにある俺のベッドに運んだ。

 彼女の肢体(からだ)は思ったより軽かった。


 時計の短針は6を過ぎ、夕闇が街を覆っている。

 薄暗がりの中、さくらまるの白皙(はくせき)の顔は輝くように見える。

 でも、いつも表情豊かなそれは、能面のようだった。



 いったい、どうしたってんだ?


 壁の電灯スイッチを入れると同時に、ドアが開いた。

 ひょいと身をかわす。


「あら、ごめんなさい」


「いや」


 美乃里さんだった。脇に洗面器を抱えてる。

 マナーにうるさい美乃里さんが、扉をノックしないなんて珍しい。

 それだけさくらまるが心配なんだろう。


「とりあえず氷嚢(ひょうのう)を持ってきたけど、役に立つかしら。

 汗もかいてないし・・・・・・・」


 美乃里さん、困惑気味に呟いてる。


 ニンゲンじゃない、からなぁ・・・・・・

 薬のたぐいも効くと思えない。


「美乃里ママ。ガスオーブンとバーナーの火、落としたよ〜」


 美乃里さんに続いてつばさも入って来る。


「ありがとう、つばさちゃん」


「ううん。さくらちゃん、大丈夫?」


「ええ・・・・・たぶん」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


 三人一緒に溜息を吐いた。


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ンッ」


「「「!!」」」


 さくらまるの目が開いた。

 うすぼんやりと天井を見上げる。


「・・・・・・・・・・・・ここ・・・・・は・・・・・・?」


「さくらちゃん!」


「つばさちゃん、大声ださないで」


「う、うん・・・・・・・・」


 声に向けられたさくらまるの目線が、俺達を順繰りになぞっていく。


「ごしゅじんさま・・・・・御台所様・・・・・?」


 美乃里さんが枕元に顔を寄せた。


「さくらまるちゃん。体、どうしたの?」


「母御前様・・・・・・」


「覚えてない? あなた、階段で倒れたの」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ぁ」


 さくらまるの瞳に光が戻った。


「も、申し訳ござりませぬ。

 務めをおろおろ(疎か)にいたし−ンッ!!


「さくらまるちゃん!」


 起き上がろうとしたさくらまるを、美乃里さんがベッドに押し付けた。


「まだ起きちゃだめっ」


「いたぁっ!」


「!?」


 驚いた美乃里さんが手を放す。

 さくらまるは左腕を押さえ、呻き声を漏らした。


「さくらまる!」

「さくらちゃん!?」

「さくらまるちゃん、腕がどうしたの!」


「痛・・・・痛い!」


 左腕に続いて右の脇腹に手をあてる。


「ちょっと見せなさい!」


 美乃里さんがさくらまるの手を引き剥がした。

 白い左腕は・・・・・・何の異常もない。


「美乃里ママッ、さくらちゃんどうしたの!?」


「わからないわ・・・・・・傷がないのに」


「さくらちゃん、ねぇっ!」


「やめ、やめてっ・・・・・・・・痛いの!」


 身体を縮め、身をよじる。


「やめてって何をだよ、さくらまる!」


「ああっ!」


 今度は首の後ろだった。両手を当て、唇をかみしめている。


「美乃里ママ、どーしよう!」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


 本当にワケがわからない。

 だけど震える体や顔に浮かぶ苦痛は、とうてい演技なんて思えなかった。


「いた・・・い・・・・・・・食べないで・・・・・・・」


「「「!!??」」」


 食べないで?


「さくらまる、どういう意味だ!」


「お願い・・・・・・・・・・・・・

 食べ・・・・ないで・・・・・あぅ〜っ!」


「あっ!」


 ベッドに身を乗り出してたつばさが、ぱっと顔を上げた。


「お兄ちゃん、もしかして!」


「何だ!」


「来てっ」


 つばさが部屋から飛び出した。

 ドアの向こうからタタタっと階段を駆け下りる音がする。

 美乃里さんに目を向けると、こくりと頷いた。


「ここは見てるから」


「・・・お願いします」


 意味不明だけど、とりあえずつばさを追いかけよう。

 さくらまるの悲鳴に後ろ髪を引かれながら階段を下る。


「おい、つばさ!」


「こっちー!」


 リビングの中から声が届いた。

 声と同時にリビングの室内灯が点(とも)る。


「なんだよ・・・・」


「お兄ちゃん、あれあれ!」


 つばさは俺を窓際まで引っ張った。

 細い指で外をさす。


「食べないでって、アレじゃないかな!」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・あ!」


 庭に漏れる灯(あか)りは弱かったけど、つばさの言いたい事は容易にわかった。



 そうかもしれない・・・・・・



 いや、これ以外に考えられない。



 俺は唇をかみしめて睨んだ。





 無残に喰い荒らされた、桜の若木を− 









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