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それは三時間目の終了直後に起こった。
「きりーつ。きをつけー。礼」
ざざざざっ。
「直れ。着席ー」
ほとんど誰も座らないのに"着席"もないと思うけど、ともあれ数2の先生が出ていって、休み時間。
「日枝、オーラルの宿題見せーっ」
「弁当のおかず二品!」
「おし、契約成立」
「間違っても恨みっこなしな」
「平気平気、あと二人に頼むから」
信用ねーなオイ。
「ていうか藤原、オカズ足りなくなんないか?」
「このために多めに入れてもらってんだ」
無駄に計算高いヤツ・・・・
半ば呆れながら、英文和訳のノートを引っ張り出した時だった。
ピンポンパンポンー♪
短いリズムは時報じゃなく、校内放送。
誰ともなく口を閉ざす。
ウチの先生たち、特別な用がなくても気軽に生徒を呼び出す(=コキ使う)から、みんな自然と耳を傾けるクセがついてる。
『ごしゅじんさまのお呼び出しを申し上げます。
ごしゅじんさまのお呼び出しを申し上げます』
「「「ハア・・・???」」」
野太い声は、たしか化学の和山(わやま)だ。
声質と正反対のバカ丁寧な呼びかけに教室がざわめく。
その中で俺だけ、背筋が凍りついていた。
『教務員室にて、
フリフリのエプロンドレスを着たメイドさんが、
ごしゅじんさまをお待ちです。
えー・・・・・
二年A組23番の日枝君?
どーゆーコトか、
説明してもらお-かぁ-ッッ!!』
ずだだだだだだだだだ!!!!!
スピーカーの雄叫びが終わらない内に、廊下へ飛び出した。
「「日枝ッ! 待てや〜〜!!」」
後ろでクラスメートが叫んでる。
誰が待つか。
さっさと逃げ出すのが利口だ。
例によって"廊下を走るな!"の張り紙を無視して全力疾走、階段を二段飛ばしで駆け下り、教務員室の引き戸を手加減抜きで弾き飛ばした。
「失礼します!」
入室と同時に、教務員室中の視線が俺に突き刺さった。
イタタタタタタ!
いやホントに刺さってる!
痛いっ、リアルに痛いよ!?
いちいち視線の発生源をチェックしてると洒落にならないから、あえて無視して目標を探す。
・・・・・・・・・いた。
フリフリのエプロンドレスを着たメイドさん。
言うまでもなく、さくらまるだ。
ちゃちい応接セットで肩身を狭そうに・・・というより明らかに怯えた様子で縮こまっている。
彼女は俺を目にとめた途端、ソファーから跳ね起きた。
「ごしゅじんさまあ〜〜〜〜〜〜っっっ!!!」
ぽふっ。
「さくらまる!?」
「ふえ・・・・ごしゅじんさま、ごしゅじんさまぁ〜・・・・・」
「ちょっ・・・・どうしたよ」
「ふぇ〜〜ん・・・・」
ダークグリーンの瞳からぽろぽろ涙をこぼして、さくらまるが俺にしがみつく。
・・・・ムネが潰れるほどひっつくなって。
泣くほど怖いか?
と、周囲を見回し、俺は即座に悟った。
教務員室って、怖い。
何が怖いって、数十人の男性教員から一斉に立ち昇るドス黒いオーラ!
もー死ぬほど怖い!!
つか、そこで目を輝かせてる四十代既婚者、ヨダレを拭けっ!
窓際の三十代独身、さくらまるをデジカメに撮ってどーする気だ!?
だいたい、そのデジカメは学校の備品じゃないか!
ついでにそこでメイド服に見惚れてる二十代新婚!
奥さんが泣いてるぞー!!
さくらまるが怯えるのも無理ない、色んな意味で危険な教務員室なのだった。
「お騒がせしてすんません! しつれーしました!!」
「あっ!?」
先生にもさくらまるにも有無を言わせず、速攻で教務員室から逃げ出す。
少々乱暴なのを承知でさくらまるの手をひっつかみ、昇降口へと向かった。
閉じた引き戸の向こうで呼び止める声が聞こえたけど、もちろん無視ムシ。
「あの・・・ごしゅじんさま・・・・・」
「説明してもらおうか、さくらまる」
「か、かしこまりました・・・・・・・・・・・・・・・」