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ついんLEAVES

第五回 2






 それは三時間目の終了直後に起こった。




「きりーつ。きをつけー。礼」


 ざざざざっ。


「直れ。着席ー」


 ほとんど誰も座らないのに"着席"もないと思うけど、ともあれ数2の先生が出ていって、休み時間。


「日枝、オーラルの宿題見せーっ」


「弁当のおかず二品!」


「おし、契約成立」


「間違っても恨みっこなしな」


「平気平気、あと二人に頼むから」


 信用ねーなオイ。


「ていうか藤原、オカズ足りなくなんないか?」


「このために多めに入れてもらってんだ」


 無駄に計算高いヤツ・・・・


 半ば呆れながら、英文和訳のノートを引っ張り出した時だった。


ピンポンパンポンー♪


 短いリズムは時報じゃなく、校内放送。

 誰ともなく口を閉ざす。

 ウチの先生たち、特別な用がなくても気軽に生徒を呼び出す(=コキ使う)から、みんな自然と耳を傾けるクセがついてる。


『ごしゅじんさまのお呼び出しを申し上げます。


 ごしゅじんさまのお呼び出しを申し上げます』



「「「ハア・・・???」」」


 野太い声は、たしか化学の和山(わやま)だ。

 声質と正反対のバカ丁寧な呼びかけに教室がざわめく。

 その中で俺だけ、背筋が凍りついていた。



『教務員室にて、

フリフリのエプロンドレスを着たメイドさんが、

ごしゅじんさまをお待ちです。




えー・・・・・




 二年A組23番の日枝君?




 どーゆーコトか、



説明してもらお-かぁ-ッッ!!』


ずだだだだだだだだだ!!!!!


 スピーカーの雄叫びが終わらない内に、廊下へ飛び出した。


「「日枝ッ! 待てや〜〜!!」」


 後ろでクラスメートが叫んでる。


 誰が待つか。

 さっさと逃げ出すのが利口だ。


 例によって"廊下を走るな!"の張り紙を無視して全力疾走、階段を二段飛ばしで駆け下り、教務員室の引き戸を手加減抜きで弾き飛ばした。


「失礼します!」


 入室と同時に、教務員室中の視線が俺に突き刺さった。


 イタタタタタタ!

 いやホントに刺さってる!

 痛いっ、リアルに痛いよ!?


 いちいち視線の発生源をチェックしてると洒落にならないから、あえて無視して目標を探す。



 ・・・・・・・・・いた。

 フリフリのエプロンドレスを着たメイドさん。


 言うまでもなく、さくらまるだ。



 ちゃちい応接セットで肩身を狭そうに・・・というより明らかに怯えた様子で縮こまっている。

 彼女は俺を目にとめた途端、ソファーから跳ね起きた。


「ごしゅじんさまあ〜〜〜〜〜〜っっっ!!!」


 ぽふっ。

「さくらまる!?」


「ふえ・・・・ごしゅじんさま、ごしゅじんさまぁ〜・・・・・」



「ちょっ・・・・どうしたよ」


「ふぇ〜〜ん・・・・」


 ダークグリーンの瞳からぽろぽろ涙をこぼして、さくらまるが俺にしがみつく。


 ・・・・ムネが潰れるほどひっつくなって。

 泣くほど怖いか?


 と、周囲を見回し、俺は即座に悟った。


 教務員室って、怖い。


 何が怖いって、数十人の男性教員から一斉に立ち昇るドス黒いオーラ!


 もー死ぬほど怖い!!


 つか、そこで目を輝かせてる四十代既婚者、ヨダレを拭けっ!


 窓際の三十代独身、さくらまるをデジカメに撮ってどーする気だ!?

 だいたい、そのデジカメは学校の備品じゃないか!


 ついでにそこでメイド服に見惚れてる二十代新婚!

 奥さんが泣いてるぞー!!


 さくらまるが怯えるのも無理ない、色んな意味で危険な教務員室なのだった。


「お騒がせしてすんません! しつれーしました!!」


「あっ!?」


 先生にもさくらまるにも有無を言わせず、速攻で教務員室から逃げ出す。

 少々乱暴なのを承知でさくらまるの手をひっつかみ、昇降口へと向かった。

 閉じた引き戸の向こうで呼び止める声が聞こえたけど、もちろん無視ムシ。


「あの・・・ごしゅじんさま・・・・・」


「説明してもらおうか、さくらまる」


「か、かしこまりました・・・・・・・・・・・・・・・」




 



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