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「・・・・ふぅん。さくらまるちゃんは近江(滋賀県)の産まれなの」
「はい、母御前(ははごぜ)様。始めわたくし、大山咋神(おほやまくひのかみ)様に仕える身にござりました。
ところが五ツ木瓜の右大臣様に我が身を焼かるる憂き目を見まして、大山咋神様の御許(おもと)を追われてしまいました。
爾来四百弐十有年、流れ流れて此方(こなた)に参った次第でござります」
「まあまあ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
それはいろいろ大変だったでしょう」
「をいや、大事ありませぬ。
其れ体(それてい)、ごしゅじんさまを見継ぎたりし此の十歳(とをとせ)に、すっかりと忘れてござります」
「あらあら」
美乃里さんが微笑む・・・・んだけど、何が楽しいんだか、俺にはさっぱりわからない。
つばさは俺の横できょとんとしてる。
無理もない。
俺達はソファーに座ってるのに、さくらまるは相変わらず正座。なのに目線が同じなんだから。
やっぱり、すっっっごい違和感・・・・
「ふわぁ〜、お兄ちゃん、あのお姉さん浮いてるよ」
「そうだな」
「どうやってるんだろ〜」
「どうやってんだろうな」
「すごいね〜」
「すごいな」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
「お兄ちゃん、お返事が投げやり・・・」
「他に答えようがあるか。こんなに非現実的なヤツが目の前にいて」
着物姿の女の子が、身の上話をしながら宙を漂ってる光景は、「何かが間違ってる」と猛烈に心に訴える。
俺だけでなくフー子も九重さんも、はげしく落ち着かない様子。
これはむしろ、平気で談笑してる美乃里さんのほうに、問題があるんじゃないか?
俺の視線に気付いて、美乃里さんが小首をかしげた。
「お兄ちゃん、どうかしたの?」
「別に・・・・・・・・・」
「大丈夫?」
「大丈夫」
大丈夫じゃない、つかフツーじゃないのはアンタ方ふたりデス。
「それにしてもさくらまるちゃん、ずいぶん長生きしてるのねぇ」
「いえ、妾など地祇のうちにては小職(こじょく)に過ぎませぬ」
恥ずかしげに顔を覆うさくらまる。
「でも神様なんでしょう。どうしてこの家に?」
「それは・・・・・・・その・・・・・・・・・・・・・・・・・・
まことに恥(やさ)しき事となりまするが・・・・・」
さくらまるが袖の下から俺を見やる。
「十歳前、ごしゅじんさまの御声を聞き付く間に、ふるき器が愛でたき身に成りまして・・・・」
「愛でたき身?」
「たぶん、枯れてしまったんだと思います」
九重さんがそっと言い添える。
「枯れちゃったの?
十歳っていうと十年前よね・・・・・・・・・・・・・・・・・アラッ☆」
美乃里さんがいきなり調子っ外れの声を上げた。
「それじゃもしかすると、さくらまるちゃんて・・・・」
「はい。まえは父御前(ちちごぜ)様の御生家に根足(ねだ)りておりました」
「まぁ、やっぱりそうなの!」
何が「十年前」で「やっぱりそう」なのかわからないけど、美乃里さんはとても嬉しそうだ。
「あらあらあら。お兄ちゃん!」
「なに、美乃里さん」
「田舎の伯父さん家に、おっきな桜があったでしょう」
「ん、あの枯れちゃったやつ?」
あの桜は凄かった。
庭の真ん中に一本だけ、上に横に思いっきり枝を伸ばしていた。
樹齢がわかんないほど古くて、花が咲くとのしかかってくるような大迫力。
でも十年前の春を最後に枯れて、幹も五年前の台風で倒れてしまった。
枯れた時は伯父さん、病気になるほど落ち込んじゃったっけ・・・・・・
「あの桜がね、さくらまるちゃん♪」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「嘘だ」
「嘘じゃないですぅ〜!」
さくらまるは首と袖をぶんぶん振って抗議する。
嘘じゃないってもなぁ・・・
「あの桜、とっくに枯れてるじゃないか」
「ですから妾、此方に参りてござります。
うつし身を整ふには力足らざる若木(わかうど)にて、心ならずも今日(けふ)まで隠れておりましたが・・・・」
さくらまるの長袖が窓外に振られると、庭の桜も調子をあわせて枝を揺らした。
かなり信じ難い光景だ・・・・・・・・
「忘れ得ぬ十歳まえの春、父御前様に枝を手折られた妾は、枝と"縁を切る"つもりで此方に参りました。
ところが此の地で、運命の出逢ひを致したのでござります(ぽっ)」
「(ぽっ)っておい・・・・・・・・・」
なんか、さくらまるのバックに満開の桜の花が見えるんだけど。
「いまだ幼(をさな)きごしゅじんさまが、わたくしの枝に顔を寄せて励まされるご様子は、いとめづらかな気色(けしき)でおはしました」
励ますって、「枯れたらへし折って薪にするぞ」ってのが?
「"縁を切"りますると、枝は生気を失い枯れてしまいまする。
妾には、一所懸命なごしゅじんさまの前で、枝を枯らせる事がどうしても出来ませなんだ・・・・・・「またにせむ」「明日にせむ」と毎朝毎夕、此方に参っておりました。
そうしてごしゅじんさまの御許に入り立つ間に、をう、何たること!
妾の器が立ち腐りてござります・・・・・・」
時代劇なら「およよ」とでも言うだろう仕草で、さくらまるが袖に顔を埋める。
「然(しか)すがに、過ぎたるを悔ゆるより行く末を案ずるが上策でありますれば、妾はごしゅじんさまのお傍に根を張らむと心決めたのでござります」
「・・・・ずいぶんあっさり古巣を見限ったわね」
フー子の呆れ声に、さくらまるは笑顔で応じた。
「彼方はすでに齢二百になんなんとする器でありますれば、生気が衰へておりました。
此方は天地の具合良ろしく、何よりごしゅじんさまが居られますれば、惑ふ由(よし)もありませぬ」
「あらあら♪
さくらまるちゃんたら、そんなにお兄ちゃんが気に入ったの」
「仰せの通りにござります、母御前様。
をう、過ぐる日にごしゅじんさまから賜ひし御言葉・・・・・・今でも思ひ出づれば身も心も震へまする(ぽっ)」
「だから(ぽっ)ってお前・・・・・・」
「(ぽわぁ〜〜〜〜〜〜〜〜〜ん♪)」
「聞けよ」
「(ぽわわわぁ〜〜〜〜〜〜〜ん♪)」
両頬に手を当てて、さくらまるはすっかりドリームはいっている。
俺はこめかみを押さえた。
「・・・日枝、何さくらまると並んでドリームはいってんの」
「一緒にすんな! 頭が痛いんだよっっ!!」
「あ、そ。・・・・・・・・・で、
さくらまる!」
「は、はいーっ!? 何でせう御伽−」
ギロン!←フー子の目付き
「−涼島様・・・・」
「・・・よろしい。んで、アンタ結局、ここん家でどうしたいわけ」
「ごしゅじんさまにお仕へ致します」
すっきりきっぱり二つ返事。
「お仕えするって・・・・・・・・・・・・・・」
「言ふには及ばざる事。
鶏鳴の役から夜伽まで、ごしゅじんさまの御心かなふままに・・・・
さくらまる、身も心もささげ奉ります(はぁと)」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
しいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいん・・・・・・・・・・・・・・・・
「はて、皆様いかがなされましたか?」
「いかがも何も・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
ずきずきずき・・・・・・・・
頭の中で、ただの偏頭痛が本気の頭痛に成長している。
「お前・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
ここに、ずっと居着くつもりか・・・・・・・・」
歯軋りするような俺の口調も知らぬげに、さくらまるは躊躇(ちゅうちょ)なく即答した。
「もちろんにござります(にっこり)」
待て−−−−−−−−−−−−−−−い!!!
「なに考えてんのアンタはっっ!!」
フー子が怒鳴る。
「夜伽って、夜伽って・・・・・・」
九重さんは絶句。
「ほわぁ、なんかカッコいい〜」
ぜんぜんわかってないつばさ。
そして、
「お兄ちゃんいいわねぇ。良さそうなお嬢ちゃんじゃない☆」
底抜けにお呑気な美乃里さん・・・・・・・
「ごしゅじんさま。このさくらまる・・・・・
精魂果つるまでお側に仕う奉りまする♪」
や〜め〜ろ〜〜〜〜っっ!!(泣)