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ついんLEAVES

第三回 7









「はあ・・・・・・・・・・・

 桜の精で、神様で、お手伝いさん・・・・・・・・・・・・・」


 感心してるんだか、呆れてるんだか−

 さくらまるの(馬鹿丁寧な)挨拶を受けた鳥倉おじさん、すなわちつばさの親父さんは、まさに鳩が豆鉄砲くらったようだった。


 まぁ、感心とかじゃなくて、単に理解できないんだろうけど。


「さくらまると気近(けぢか)くお呼び下さりまし。義父御前(ちちごぜ)様」


「ちち!?」


「気にしないで下さい」


「そ、そうかい・・・・・・・・・」


 俺が仏頂面で言うと、鳥倉おじさんは落ち着かなげに座りなおした。

 今日は珍しくおじさんの帰宅が早くて、晩飯の後、つばさと一緒にうちを訪ねてきた。

 なんか話があるそうだ。



 体格のいい俺の親父と小柄な鳥倉おじさんは、見た目、凸凹コンビ。

 でも母親同士が仲良かったのと同じくらい、父親同士も仲がいい。

 ただのお隣さん、友達を超えた「同志」って感じだ。

 今は仕事が忙しくて引退しちゃったけど、草野球チームじゃセカンド、ショートで肩を並べて、"鉄壁の守り"なんて自慢してた(口のわりには負け試合のほうが多かったけどね)

 鳥倉おじさんがつばさをウチに任せっきりなのも、お互いにそれを負担としないのも、根っこに強い信頼があるからだろう。




 リビングの窓がカーテンと暗闇で閉ざされ、外の桜は見えない。

 少し高めに掛けてある時計は、八時四十分を指している。

 応接セットに腰掛けてるのは4人。鳥倉おじさんとうちの両親、そして俺だ。

 ソファーに座ってない二人・・・つばさとさくらまるは、フローリングにぺたりと腰を下ろしてトランプを並べている。

 さくらまるに七並べを教えてるんだけど、覚えはかなりいいみたいだ。



「ハイ、さくらちゃんの番」


「かしこまりました、御台所(みだいどころ)様。では"だいやのぢゃっく"を・・・」


「あ、や〜っと出たあ! 待ってたんだよ〜」


「うふふふ。それは良うござりました」


 さくらまるがつばさを"みだいどころ様"って呼ぶのが意味不明だけど、二人ともすっかり打ち解けてしまった。

 警戒心の抜けない俺と対照的に、つばさはすでに「さくらちゃん」呼ばわり。

 "自称神様"のさくらまるは、それを気にする風でもない。

 威厳のカケラもない神だ。



 鳥倉おじさんが困惑気味の視線を二人に走らせた。


「今日きたにしては馴染んでるなぁ・・・・・」


「十年来の知り合いですから♪」


「十年? いやでも、今日きたと・・・・?」


 美乃里さんの口添えに、ますます困惑するおじさん。


「気にしないで下さい」


「う、うん・・・・・」



 おじさん。

 俺もその気持ち、よぉ〜〜〜〜〜〜くわかります。



 ちなみにウチの親父は、美乃里さんの「大丈夫。いい子ですから」という一言で納得してしまった。大人物というべか、イーカゲンというべきか・・・・・


 それはともかく、俺的にはさくらまるの存在と同じくらい、気になってしょうがないものがある。

 何かというと、さくらまるの服。

 仕立てが仕立てだけに、ちょっと動くだけで、輝かんばかりに白い胸元が覗けちゃう。

 はっきり言って目の毒だ。


 いや、だって、いくら見るまいとしてもさ、視界の端で白いのがチラチラしてたら気になるだろ!?


 今もほら、片袖だけ上げたりすると−



「お兄ちゃ〜ん♪」


「な、なに?」


 振り返ると、美乃里さんがやたら嬉しそうに微笑んでいた。



 うぅ・・・・・

 美乃里さん、見抜いてる・・・・・・・







 密かに繰り広げられられている葛藤も知らず、親父はグラスに入った水割りを舐めている。


「それで、折り入っての話とは?」


「折り入ってと言うほどじゃない・・・・二週間ほど、娘の世話を頼みたい」


「構わないよ。な、美乃里」


「もちろんよ。でも今回は、少し長いかしら?」


「福岡のプロジェクトが格上げされることになってね。支社設立の応援に駆り出された」


「そいつはめでたい」


「現場の士気も上がって、いい雰囲気と聞いてる」


 鳥倉おじさんも嬉しそうだ。


「福岡だと、また泊まりは姫宮(ひめみや)さんトコか」


「さっきお義父さんを通してお願いした」


「えっ! パパ、琴乃お姉ちゃん家いくの? い〜なぁ」


「こらこら、つばさ。パパは遊びじゃなくて、お仕事に行くんだぞ」


「う、うん」


「姫宮様・・・・・・・・?」


 さくらまるが物問いたげに俺を見た。


「姫宮さんは亡くなった博子さん・・・つばさのおっかさんの、本家筋」


「左様でござりますか」


 鳥倉おじさんが北九州に出張する時はたいてい、博子さんの実家じゃなくて姫宮本家に厄介になる。あちらの言い分では「本家のほうが広いし、部屋も余ってるから」だそうだ。

 んで、その姫宮本家のお嬢さんが"琴乃お姉ちゃん"。

 つばさに写真を見せてもらったら、髪の長い美人さんだった。でも、つばさ宛のメールには"ロッタ君らぶらぶ〜(はぁと)"とか書いたりする・・・・・・ミステリアスなお姉さんだ。

(別にメールを覗き見したわけじゃないぞ。つばさが「ロッタ君てだぁれ」って訊いてきたんだ。
 ・・・・・・・・・・・ロッタ君て誰だ?)





「琴乃ちゃんね、メイド服きてお仕事してるんだって〜」


 鳥倉おじさんが苦笑いを浮かべた。


「親族内でも、よく似合ってるって評判だな」


「メイド服? しかし聞いた話では確か・・・・」


 親父の怪訝そうな顔に、苦笑いしたまま頷く鳥倉おじさん。


「工場長の助手、という事になってるけど、実際は広報とかお客さんの案内とか、応対が多いらしい」


「なるほど」


 得心して、親父は再びグラスをあおった。


「ごしゅじんさま」


「ん?」


 さくらまるがひざまづいて俺を見上げてる。


 とうぜん俺は、上から見下ろす格好になる。


 すると、ゆるめの服のせいで、さくらまるのふっくらした胸元が・・・・


「お兄ちゃ〜ん♪」 


 すかさず飛んで来る、美乃里さんのすっごく楽しそうな声。


 く、くっそ〜〜・・・・・・・・・



「はて、母御前様(ははごぜ)。さくらまるはお二方のお話のお邪魔をいたしたでござりましょうや」


「ううん、邪魔したのは私。ごめんなさいね、先を続けて?」


 美乃里さん、そんなニコニコ顔で謝っても。


「承知しました、母御前様」


 だからそこで頭を下げるなって!

 見えちゃうだろー!!



 落ち着かないっっっ。


 むちゃくちゃ落ち着かない−−−っ!


「をや、ごしゅじんさま。お顔が赤うござります。

 御体のかげんが優れないのでは?」


 お前のせいだお前の。



 あー、また美乃里さん笑ってる・・・・・・・


 

「俺はなんでもないからっ。さくらまるこそ、話があるんだろ」


「あ、いえ、由(よし)無し事に過ぎませぬが・・・・・

 その、"めいどふく"とは如何なるものかと」


「メイド服しってる〜」


 俺の代わりに、トランプをシャッフルするつばさが応じた。


「メイド服はねぇ、メイドさんの服だよ」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・はて???」


「つばさ、答えになってない」


 頭に?マークの浮かぶさくらまるに、美乃里さんが解説した。


「メイドさんは御主人様にお仕えする女の人よ。

 メイド服は、メイドさんがお仕事で身に着ける服。

 見た目は清潔で可愛らしく、かつ動きやすくてお仕事の妨げにならないようになってるの」


「はあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ。

 巷では左様なものを用(よう)してござりますか・・・・・」


 なにやら感嘆詞が長すぎる気もするけど、理解したようだ。


 こっちの会話が一段落したところで、鳥倉おじさんが腰を上げた。


「そろそろお暇(いとま)するかな」


「もう帰るのか。呑み足りないだろう」


「せっかく早く帰れたからな。寝させてもらう」


「そうか」


 鳥倉おじさんも、仕事たいへんだなあ。


「出張はいつだ?」


「来週月曜、朝に発つ」


「わかった」


 隙のないテキパキした会話。

 だけど、ビジネスライクな冷たい雰囲気じゃない。

 無駄な部分を削ぎ落としたらこうなった、って感じだ。


 俺もいつか、こんなふうにやり取りできる友達を持てるかなぁ。


「土産を期待してるぞ」


「任せとけ。フグの肝臓でも持ってきてやろう」


「肝臓は毒だ」


「じゃあ博多美人でどうだ?」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


 親父は美乃里さんに目を走らせてうめいた。


「俺をどうしても殺したいらしいな」


「ハハハハハ!」


 美乃里さん、意外とヤキモチ焼きだったりする(親父もだけど)。


「つばさ、帰るぞ」


「は〜い。さくらちゃん、また七並べしよーね」


「楽しみにいたしております、御台所様」


「ミダイドコロサマ・・・?」


「気にしないでください。おじさん」


「う、うん・・・・」


 未だ納得しかねる鳥倉おじさんと、おじさんの腕にぶら下がるつばさを見送って、俺は自分の部屋に上がった。

 自室のドアを開けた時、下から声が届く。

 

「母御前様」


「なぁに? さくらまるちゃん」


「恐れ入りまするが、母御前様にご相談が・・・・・」


 続きは聞きとれなかった。


 そういえば、美乃里さんも"ちゃん付け"で読んでるんだなぁ。


 ベッドに転がって週刊マンガ誌を手に取ったけど、色んな事があり過ぎて疲れてたんだろう。

 俺は照明も消さず、速攻で寝入ってしまった・・・・・・・・・・















 翌朝。





「ごしゅじんさま」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


 いつもと違う声。


「ごしゅじんさま、朝にござります♪」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


「ごしゅじんさま」


 何かが肩に触れる。


「ごしゅじんさまぁ〜」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


「なんとまあ、ふかくさなして(熟睡されて)おはしましょう・・・・・・・」


 ちょっと困った感じだ。


「御台所様はいかでお起こし奉りておられましょうや?」


 さっきより少し強く、肩が揺すられる。


「ごしゅじんさま。お目覚めにおなりくださりまし・・・」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ふえ?」


「おはやうおはします、ごしゅじんさま。本日もごきげんうるはしう・・・」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・オハヨ」


 寝ぼけ眼で声の主を見た。




 つばさじゃない。




 美乃里さんでもない。

 



「・・・・・・・・・・だれ???」




「さくらまるにござります。ごしゅじんさま」


「さくらまる」


「左様にござります」


「そ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


 霞む目をこする。


 ぼやけた視界がくっきりしてくる。


 そこに居たのは−




「ごしゅじんさま。朝食(あさけ)のお支度が整いましてござります♪」



「ンのわあぁぁぁぁっっ!!」



 一瞬で目が覚めた。



 体にぴったりの青いブラウス。

 首にピンクのおっきなリボン。

 髪にはカチューシャ(フリル付)。

 膝丈のスカートに、真っ白なエプロン(フリル付)

 ロングのソックスも当然まっ白。つま先とかかとだけ厚手の生地を使ってるのがゲーコマ(芸が細かい)




 どこから見ても、間違えようのないメイド服。


 上品に両手を重ねて佇む姿は、一分の隙もないメイドさんそのもの。


 ただ一点を除いてまったく違和感を感じない。

 

 つまり、中身がさくらまるってことを除けば。




「な、な、なんだお前は!!??」


「さくらまるにござります(にっこり)」


「ンな事はわかってる! 俺が言ってんのは、その服ッ!!」


「これにござりますか?」


 さくらまるが胸元に手をやる。


「母御前様がお縫ひ下さりました」


「美乃里さん!?」


「ごしゅじんさまの侍女(まかたち)に相応しい衣をご相談いたしましたところ、昨夜のうちに、そきだくいつくしき仕着せをお仕立て下さりました♪」 


 まさに桜満開の笑顔を浮かべ、俺にクルリと回ってみせる。


「如何でござりましょうや」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・コスプレ


「は?」


「いや・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 に、似合ってるんじゃないか」




 美乃里さん・・・・・・・・・・




 はしくれとはいえ、


神様を何だと。


 ずきずきずきずき(←頭痛)




「さくらちゃ〜ん。お兄ちゃん、起きた?」


 ドアの向こうにつばさが顔をのぞかせた。


「はい、御台所様。すっきりお目覚めにおなりです」


「お兄ちゃん、ホント?」


寝込みたいほど覚めてる」


 ていうか、誰か「これは夢だ」と言ってくれ。


「ふうん? 今日はつばさが玉子焼いたから、冷めちゃう前にきてね」


 つばさが「さくらちゃん、行こっ」と言うと、さくらまるは楚々たる仕草で一礼した。


「ではごしゅじんさま。しらげよね(ご飯)をよそひてお待ちしております」


 とん、とん、とん・・・・・


 軽い音をたてて階段を降りていく。





「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」





 カーテンを除けられた窓から、斜めに朝日が差しこんでいる。


 外に動くものは見えず、しわぶきひとつ聞こえない。


 世の中、こんなに平穏なのに・・・・・・・


 平穏なのにいっ!!



「おにいちゃ〜ん、つばさの玉子焼き冷めちゃうよお!」


「ごしゅじんさまぁ☆」


「今いくって!」














 春。





 四月。





 桜舞う頃。






 こうして我が家に、給金不要、終世雇用のメイド神が居着いたのだった・・・・・
















m(T_T)m








 第三回 おしまい





 第三回 あとがき


 「いきばたでお手軽」のコンセプトを蹴っ飛ばし、原稿書くより古語辞典めくる時間のほうが多かった第三回、これにて終了〜〜〜ッ!!


 途中から、コメディ書いてるんだか、古文の勉強してるんだかわからなくなりました(―_―;

 手間かけた分、昔の人(神)〜な雰囲気が少しくらい伝わればと願っています。

 でももう古語辞典開きたくないから、さくらまるはさっさと現代語を覚えるよーに!


補足) さくらまるの言葉は、奈良時代語から始まって女房言葉、武者言葉、江戸時代語が入り混じってます。

 第一の理由は言うまでもなく作者の無教養ですけど、

 さくらまるは全時代の日本人を見てきたので、各時代の言葉を自然と蓄積してしまった、という言い訳も用意してあります(^^

 いずれにせよ「さくらまる語」をマネたりすると、とんでもない事になります。ご注意ください。


 あと、訳が書いてない古語は、昔っぽい雰囲気を醸すための演出です。

 理解せずとも物語の進行に支障ないようにしてありますので、お気になさらないで下さい。



 次回は六月上旬スタートの予定です。

 ここまでご覧下さいまして、ありがとうございました。



 最後に、お名前の借用を御快諾して下さったRyotaroh様へ、

 厚く御礼申し上げます。

 m(_  _)m


 03/4/23 神有屋








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