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ついんLEAVES

第三回 5








「妾(わたくし)、桜に宿りし木魂(こだま)にて、

 名を『高峯根佐久良比売(たかみねの ねの さくらひめ)』、

 号を『華散蔭(ハナチルカゲ)』と申します。 

 ごしゅじんさまには、すゑ永うよらしく願い奉ります」


 女お化けが三つ指ついて頭を下げた。

 顔を上げると、目が合う。

 ニッコリするお化け。



「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」




 すっごい違和感・・・・・・・・・・




 違和感の理由はわかってる。


 俺とお化けの目線が同じだからだ。

 お化けが正座で、俺は立ってるのに。


 つまりこのお化け、宙に浮いてるわけ。


 いや、お化けだから、宙を浮いてもおかしくないんだけどさ。


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


「・・・・・・・・・・・ごしゅじんさま?」


 長い髪をふわりと揺らして、お化けが首をかしげる。


「あー、えっと」


 名前なんてったっけ。

 さくらのこだま?

 たか何とかのさくらひめ?

 はなちるがけ?


「さくらまる、とお呼び下さいまし。ごしゅじんさま」


 いくつ名前があるんだっ。

 ・・・・・・・・じゃなくて。

「ごしゅじんさまって・・・・」


「あなた様が妾のごしゅじんさまでおはします」


「だから、その"ごしゅじんさま"ってどうゆう意味だよ」


「ごしゅじんさまはごしゅじんさまです」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


 不毛な会話になりそうだ。

 訊き方を変えよう。


「あー、それでその、さくらまるさんはここに何の用?」


 するとお化けは、全身を使ってイヤイヤの身振りをする。  



「ごしゅじんさま。そのやうな他人向きはさで、なにとぞ"さくらまる"と気近(けぢか)くお呼びくださりまし」


「いや、そんなこと聞いてないから」


「をう、このさくらまる、己が礼(ゐや)無しに気付きませなんだ。申し訳ござりませぬ。

 ごしゅじんさま、どうかお居りくださりまし」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」



 話がまったく噛み合わない。


 ていうかそれ以前に、


なに言ってんのかわからない。


「いつまでお化けとボケ漫才してんの」


 進展しない会話に焦れたのか、後ろにいたフー子がしゃしゃり出る。


「さくらひめだかさくらまるだか知らないけど、お化けがここん家で何する気よ」


 さくらまるは細い眉を寄せた。


「あな をぢなしや。神と御霊(ごりゃう)の分けもつきませぬか。

 妾は桜に宿りし木魂。尊くも地祇(ちぎ)に属せしの神の一柱なれば、消え損ないの人魂などと見なさでいただきとうござります」


「だったら! そんなにお偉いカミサマがこんな所で・・・・」


「ごしゅじんさまぁ〜♪

 さくらまる、お側に侍るこの時を、幾千夜も待ち申しておりました〜」


「うわ、近付くなっ!」


「そんなぁ。ごしゅじんさまぁ〜」


「あたしを無視すんなー!」


「フー子だって会話にならないじゃないか・・・・」


「あたしのせいじゃないでしょ!」


「あの・・・・さくらまるさん・・・」


 ふわふわ寄ってくる"自称かみさま"から後じさりしてると、九重さんが横に並んだ。


「九重さん。あんま近付かないほうが」


「うん。でも確かめたいことがあるの」


 緊張気味の顔をお化けに向ける。


「さくらまるさん」


「はい? をいや、これは御寮人(ごれうにん)様!」


 さくらまるは九重さんを視界に認めた瞬間、すすーと引き下がった。

 そしてまたもや、宙に浮いたまま低頭する。


「御寮人様への式礼を忘るるとは恥ぢがまし。

 さくらまる、生得の不調法なれど、ごしゅじんさまにおなじく御寮人様も真事(まこと)のこころ以て伺候いたしまする。

 どうか末永う、よしなに、よしなに・・・・」


「「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・え??」」



 九重さんと二人並んでぽかんとする。


「ごりょうにんって、なに言ってんのアンタ」


 俺の疑問をフー子が代弁してくれた。


「たぶん、若い女の人に対する尊敬語だと思うけど・・・・・」


「仰るとほりにござります」


 九重さんの説明をさくらまるが首肯する。


「へぇー。九重さん、よく知ってるね」


「う、ううん。古文の授業で習ったばかりだから・・・」


 ちょっと頬を染め、俯く九重さん。


 褒め言葉に弱いのかな・・・?


 と、間にフー子が割り込んだ。


「そんなのあたしにだってわかるわよ」


「嘘つけ、わかっんなかったくせに」


「そ、それは・・・古文が出てくるなんて思わなかったから。

 それに日枝だってわかんなかったじゃない」


「まだ習ってない」


「このウソツキ。授業範囲は共通でしょ」


「あのぅ・・・」


「アンタは黙ってなさい!」


「はうぅ〜」


 フー子の剣幕に、涙を浮かべておののく自称かみさま。


 こいつ、ホントに神か・・・・・・・・?


「し、しかれども、御伽の身でありながらごしゅじんさまをそのやうに言い被せしは、烏滸(をこ)のきはみかと・・・・」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


「お心にお入りいただけましたでしょうかぁ・・・・」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・おキヨ」


「な、なぁに、フー子ちゃん」


「"御伽"って何のこと」


「ええっ?

 それは・・・・・・・・・・・・・あの・・・・・・・・・・・・・


「お・キ・ヨ」


 フー子の全身から滲み出る、ごまかしを許さない迫力。

 九重さんは視線を左右に送り、しばらくためらった後、小さな声で囁いた。


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・えと・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・もしかしたらだけど・・・・・・・・・・・・



 おめかけさん、かも」


ごいん!
「はうっ★」


「誰がメカケじゃっっっ!!!」


「い〜た〜い〜で〜すぅ〜・・・・・・・」


 フー子の奴、お化けだか神様だかを何のためらいもなくを殴ってるぞ。


「日枝・・・・・・・・・・・なんか言いたいことありそね?」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・いや」


 化け物をも平気でドツく奴に、ケンカ売るほど馬鹿じゃない。


「フー子ちゃん、落ち着いて・・・ね?」


 額に冷や汗を浮かべながら、九重さんが宥める。

 勇気あるなぁ。


「あの、さくらまるさん。私のお話、聞いてもらえますか」


 半泣きだったさくらまるは、九重さんの言葉に一瞬で表情を整えた。


「何の否やがござりましょう!

 御寮人様の御言(おこと)ならば、いつ如何なる時にてもなんなりと♪」


 フー子が俺の小脇をつつく。


「・・・・なんか、あたしとおキヨでえらく態度が違わない」


「あぁ」


 あれじゃ、どっちが神様かわからない。


「さくらまるさんは桜の木魂(こだま)・・・と仰いましたよね」


「はい。御寮人様」


「差し支えなければ教えていただきたいのですけど、どちらの桜ですか?」


「何の仔細もありませぬ」


 さくらまるは袖をひらめかせて左腕を伸ばした。


「彼(あれ)なるがわたくしめにござります」


 袖からちょっぴりのぞく細い指が庭をさす。





 指の先−





 そこにあるのは、丈低い桜。





 皆の視線に恥じ入るように、ざわりと枝を震わせる・・・・・・










「あら、お客様がいらしてたの?」


「ふぁ、知らない女の人〜」


 リビングに、何も知らないつばさと美乃里さんが入って来る。 


 ノンキ顔の二人をよそに、俺達はあんぐりと口をあけて固まっていた。











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