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ついんLEAVES

第三回 4







「ふは〜っ」


 カバンを放り出して、ベッドにうつ伏せる。

 学校は入学式で半ドンなのに、いつもの倍つかれた。




(ぽぉ〜ん♪)


「ん〜」


 階下でチャイム。


(がちゃっ)


 美乃里さんが出るのを待たずに玄関が開く。


「こんちわー!」

「ただいま〜♪」

「お邪魔します・・・」


 この声・・・・・・・・


 顔を見なくてもわかる。


 予想通り、すぐに階段の下から、美乃里さんの呼び声が届いた。


「お兄ちゃーん。みんなでお昼にするから降りてらっしゃ〜い」


「日枝ー! あたしたちお腹へってるんだから、待たせるんじゃないぞー」


 傍若無人な事を言うのは、もちろんフー子だ。


「・・・・お前の家じゃないだろが」


 俺はボヤいて体を起こした。 






「はー、美味しかった♪ 満腹〜」


 リビングのソファーにぼすっと腰を落として、フー子が漏らす。


「そりゃ満腹だろうよ」


 人の分まで食ったんだから。


 今日のお昼は「簡単ドリア」。

 美乃里さんによれば、水分を飛ばしたご飯に炒めた鶏肉とマッシュルームを乗せて、即席ホワイトソースとミックスチーズ、トマトソースをかけるだけ。あとはオーブンにお任せ、だそうだ。

 まぁ、美乃里さんの「簡単」は俺達と次元が違うから、本当に簡単かはわからない。

 味は文句なしだった。

 つばさもフー子もいつもながらの健啖ぶり。

 特にフー子は、九重さんが半分くらいで「ダイエット中ですので・・・」とスプーンを置いた瞬間、九重さんの皿をかっさらっていた(その時の九重さんの顔は忘れられない・・・)。



 だらしなくリラックスしてるフー子の対面に、腰を下ろす。

 すぐに九重さんも入って来た。


「お茶を持ってきました」


「え、あ、ゴメン! 気が付かないで」


「ううん。わたしから持っていきますって言ったの」


「おキヨえらい! それに比べて日枝の気がきかないこと・・・」


「お前が言うな」


「くすっ・・・・ぬるめのお茶はどちら?」


「あたしー」


「はい。日枝君はあっついお茶ね」


「ありがと、九重さん」


「どういたしまして」


 小テーブルにお盆を置き、九重さんもフー子の横に座る。


「おやん? おキヨの、なにそれ」


「ジャスミン茶。美乃里さんが、このほうが口がさっぱりするからって」


「えーっ。おキヨにだけずるーい!」


 子供かお前は。


「うふふ。お茶を運んだごほうびね」


「うーっ」


 嫌味のない笑顔で九重さんが言うと、フー子は素直に引き下がった。

 人徳ってやつ?


 九重さんが細い指で包むように白磁の湯呑を持ち上げる。

 音をたてずジャスミン茶を一口すすり、静かに茶托に戻す。

 いかにもお嬢様〜って飲み方だ。

 と、九重さんがこっちを向いた。


「つばさちゃんは?」


「着替えに帰った」


「着替え・・・・」


「ああ。すぐ来るよ」


「そう」


 九重さんはちらっとフー子に目線を走らせた。


 ・・・・・・・・んん?


「あのね、日枝くん・・・・・」


「ああ」


 俺が目を向けると、九重さんは顔を伏せた。湯呑を膝の上に置いて、居心地悪そうにしている。


「あ、あの・・・・・・・・・・・・わたし・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」



「うん」



「少し・・・・・・・・・・・・・・・えっと・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」



「・・・・・・・・・・・・・・・」



「気になることを・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・その・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」




 ワケわからん。 


 ちょっと焦れて、俺は湯呑を口に運んだ。

 フー子も俺と同じ気持ちだったらしく、音を立てて湯呑を小テーブルに落とした。


「やっぱりおキヨは黙ってて。あんたに任せてたら日が暮れちゃうわ」


「う、うん・・・・・・・・・」


「で、日枝」


「おぅ」


「単刀直入に訊くんだけどさ」


「・・・・・・・・・・・・・」








「女の人、ころして埋めた?」


 ぶふ−−−−−−−−−−−−っっっ!!!


 思わず口中のお茶をフー子に吹きかけた。

 即座に二人とも跳ね起きる。


「何すんのよ!!!」
「ふざけたコト言うんじゃねぇ!!!」


 頬に緑茶を垂らして目をむくフー子は、なかなか鬼気迫るものがある。

 こいつ自身が怨霊に見えるくらい。

 でも俺だって負けちゃいない。

 殺人者呼ばわりなんてガマンならん。 


「!!!!!!!!!!!!!!!」
「!!!!!!!!!!!!!!!」


「あ、あの・・・・・二人とも落ち着いて・・・・・・・・・・・」


 九重さんの気弱そうな言葉は耳を素通り。

 一触即発状態で睨みあう。


「!!!!!!!!!!!!!!!」
「!!!!!!!!!!!!!!!」


「あっ、あの・・・・・あの・・・・・どうしよう・・・・・・・


 ああっ!?


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・え?」


 九重さんのか細い声に、フー子が一瞬だけ目を逸らし−


「うきゃぁ−−−−−−−−−−−−−−−っっ!!??」


 世にもケッタイな奇声をあげて飛び下がった。


「ひ、日枝、日枝ッ!」


「なんだよ」


「うしろ! アンタのうしろ!


「あぁン?」


 後ろがなんだってんだ。




ひょいっ



「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」



くるり

ささっ







「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」








「何にもねーじやねーか」

「あんたら・・・っ」






げいん! げいん!
「んがっ☆」   『はうっ★』




「あたしをおちょくってんのか!!」


 怒声と同時に鉄拳を喰らった。

 避ける間もない。


 こいつだったら、武中先輩と対等に渡り合えるかもしれない・・・・・


 頭痛を抱えながら、そんなどうでもいい考えが脳裏に浮かぶ。


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ん?」


 あんた"ら"


 そういえば、俺以外の悲鳴も聞こえたような−





『い〜た〜い〜で〜すぅ〜』





「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・え゛・・・・・・・・・・・・・・」


 たしかに聞こえた。


 俺の真後ろから。


 ハープの弦のような、張りのある澄んだ声。



『うつし身を得て初めて触ればひしが、をなごのこぶしとは案のほか。

 さきいき怪(あや)ふき哉、怪ふき哉・・・・・』


「!!??」


 いきなり現れたのは、さくら色の長い髪。


 真っ直ぐに俺を見つめるトビ色の瞳。


 透きとおるように(ていうか透きとおってる白い肌。



『十歳(とをとせ)の長けくを経、

これなる身も漸(やうや)う落ち着きたる様子(やうす)



 「それ」は頭をめぐらして、身なりを確かめる。

 細いうなじに巻かれた勾玉(まがたま)がキラリと光った。



『この姿にては初音(はつね)と相い成りまする・・・・・・



 さくらまる、謹んでごしゅじんさまに拝し奉ります♪』




 そう言うと−



花のような笑みを浮かべて、



 女オバケは低頭した。










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