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「ふは〜っ」
カバンを放り出して、ベッドにうつ伏せる。
学校は入学式で半ドンなのに、いつもの倍つかれた。
(ぽぉ〜ん♪)
「ん〜」
階下でチャイム。
(がちゃっ)
美乃里さんが出るのを待たずに玄関が開く。
「こんちわー!」
「ただいま〜♪」
「お邪魔します・・・」
この声・・・・・・・・
顔を見なくてもわかる。
予想通り、すぐに階段の下から、美乃里さんの呼び声が届いた。
「お兄ちゃーん。みんなでお昼にするから降りてらっしゃ〜い」
「日枝ー! あたしたちお腹へってるんだから、待たせるんじゃないぞー」
傍若無人な事を言うのは、もちろんフー子だ。
「・・・・お前の家じゃないだろが」
俺はボヤいて体を起こした。
「はー、美味しかった♪ 満腹〜」
リビングのソファーにぼすっと腰を落として、フー子が漏らす。
「そりゃ満腹だろうよ」
人の分まで食ったんだから。
今日のお昼は「簡単ドリア」。
美乃里さんによれば、水分を飛ばしたご飯に炒めた鶏肉とマッシュルームを乗せて、即席ホワイトソースとミックスチーズ、トマトソースをかけるだけ。あとはオーブンにお任せ、だそうだ。
まぁ、美乃里さんの「簡単」は俺達と次元が違うから、本当に簡単かはわからない。
味は文句なしだった。
つばさもフー子もいつもながらの健啖ぶり。
特にフー子は、九重さんが半分くらいで「ダイエット中ですので・・・」とスプーンを置いた瞬間、九重さんの皿をかっさらっていた(その時の九重さんの顔は忘れられない・・・)。
だらしなくリラックスしてるフー子の対面に、腰を下ろす。
すぐに九重さんも入って来た。
「お茶を持ってきました」
「え、あ、ゴメン! 気が付かないで」
「ううん。わたしから持っていきますって言ったの」
「おキヨえらい! それに比べて日枝の気がきかないこと・・・」
「お前が言うな」
「くすっ・・・・ぬるめのお茶はどちら?」
「あたしー」
「はい。日枝君はあっついお茶ね」
「ありがと、九重さん」
「どういたしまして」
小テーブルにお盆を置き、九重さんもフー子の横に座る。
「おやん? おキヨの、なにそれ」
「ジャスミン茶。美乃里さんが、このほうが口がさっぱりするからって」
「えーっ。おキヨにだけずるーい!」
子供かお前は。
「うふふ。お茶を運んだごほうびね」
「うーっ」
嫌味のない笑顔で九重さんが言うと、フー子は素直に引き下がった。
人徳ってやつ?
九重さんが細い指で包むように白磁の湯呑を持ち上げる。
音をたてずジャスミン茶を一口すすり、静かに茶托に戻す。
いかにもお嬢様〜って飲み方だ。
と、九重さんがこっちを向いた。
「つばさちゃんは?」
「着替えに帰った」
「着替え・・・・」
「ああ。すぐ来るよ」
「そう」
九重さんはちらっとフー子に目線を走らせた。
・・・・・・・・んん?
「あのね、日枝くん・・・・・」
「ああ」
俺が目を向けると、九重さんは顔を伏せた。湯呑を膝の上に置いて、居心地悪そうにしている。
「あ、あの・・・・・・・・・・・・わたし・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「うん」
「少し・・・・・・・・・・・・・・・えっと・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
「気になることを・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・その・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
ワケわからん。
ちょっと焦れて、俺は湯呑を口に運んだ。
フー子も俺と同じ気持ちだったらしく、音を立てて湯呑を小テーブルに落とした。
「やっぱりおキヨは黙ってて。あんたに任せてたら日が暮れちゃうわ」
「う、うん・・・・・・・・・」
「で、日枝」
「おぅ」
「単刀直入に訊くんだけどさ」
「・・・・・・・・・・・・・」
「女の人、ころして埋めた?」
ぶふ−−−−−−−−−−−−っっっ!!!
思わず口中のお茶をフー子に吹きかけた。
即座に二人とも跳ね起きる。
「何すんのよ!!!」
「ふざけたコト言うんじゃねぇ!!!」
頬に緑茶を垂らして目をむくフー子は、なかなか鬼気迫るものがある。
こいつ自身が怨霊に見えるくらい。
でも俺だって負けちゃいない。
殺人者呼ばわりなんてガマンならん。
「!!!!!!!!!!!!!!!」
「!!!!!!!!!!!!!!!」
「あ、あの・・・・・二人とも落ち着いて・・・・・・・・・・・」
九重さんの気弱そうな言葉は耳を素通り。
一触即発状態で睨みあう。
「!!!!!!!!!!!!!!!」
「!!!!!!!!!!!!!!!」
「あっ、あの・・・・・あの・・・・・どうしよう・・・・・・・
ああっ!?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・え?」
九重さんのか細い声に、フー子が一瞬だけ目を逸らし−
「うきゃぁ−−−−−−−−−−−−−−−っっ!!??」
世にもケッタイな奇声をあげて飛び下がった。
「ひ、日枝、日枝ッ!」
「なんだよ」
「うしろ! アンタのうしろ!」
「あぁン?」
後ろがなんだってんだ。
ひょいっ
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
くるり
ささっ
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「何にもねーじやねーか」
「あんたら・・・っ」
げいん! げいん!
「んがっ☆」 『はうっ★』
「あたしをおちょくってんのか!!」
怒声と同時に鉄拳を喰らった。
避ける間もない。
こいつだったら、武中先輩と対等に渡り合えるかもしれない・・・・・
頭痛を抱えながら、そんなどうでもいい考えが脳裏に浮かぶ。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ん?」
あんた"ら"?
そういえば、俺以外の悲鳴も聞こえたような−
『い〜た〜い〜で〜すぅ〜』
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・え゛・・・・・・・・・・・・・・」
たしかに聞こえた。
俺の真後ろから。
ハープの弦のような、張りのある澄んだ声。
『うつし身を得て初めて触ればひしが、をなごのこぶしとは案のほか。
さきいき怪(あや)ふき哉、怪ふき哉・・・・・』
「!!??」
いきなり現れたのは、さくら色の長い髪。
真っ直ぐに俺を見つめるトビ色の瞳。
透きとおるように(ていうか透きとおってる)白い肌。
『十歳(とをとせ)の長けくを経、
これなる身も漸(やうや)う落ち着きたる様子(やうす)』
「それ」は頭をめぐらして、身なりを確かめる。
細いうなじに巻かれた勾玉(まがたま)がキラリと光った。
『この姿にては初音(はつね)と相い成りまする・・・・・・
さくらまる、謹んでごしゅじんさまに拝し奉ります♪』
そう言うと−
花のような笑みを浮かべて、
女オバケは低頭した。