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ついんLEAVES

第三回 1




「お兄ちゃん」



「・・・・・・・・・・・・・・」



 いつもと違う声。



「お兄ちゃん、起きて」



「・・・・・・・・・・・・・・」



「お兄ちゃ〜ん♪」



 肩を揺すられる。



「起きないわねぇ・・・・・・・・・」



 ちょっと困った感じだ。



「つばさちゃん、どうやって起こしてるのかしら」



『ごしゅじんさま。お目覚めにおなりくださりまし・・・』



「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ふえ?」



「あら、おはよう。お兄ちゃん」



『おはやうござります、ごしゅじんさま。本日もごきげんうるはしうござります』



「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・オハヨ」



 寝ぼけ眼で声の主を見た。


 つばさじゃない。美乃里さんだ。


 ン・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・?

 でも、もう一人いたような・・・・・



「目、覚めた?」


「・・・・・・・・・たぶん」



「朝ゴハンできてるから、着替えてらっしゃい」


 

「ふぁ〜い・・・・・・・・」



 一階に降りる美乃里さんの軽やかな足音を聞きながら、背筋を伸ばす。



「つばさのやつ、寝坊か?」



 鳥倉のおじさん譲り、「早起きは三十文キックだよ〜」が口癖のあいつでも、たまには寝過ごすらしい。



 制服に着替えてダイニングに下りる。



 いつも通り、親父は出勤したあとのようだ。

 テーブルの朝食は美乃里さんと俺の二人分。俺の向かい側は箸がなかった。



「つばさ、今日は朝飯抜きか」


「まだ寝ぼけてる?」


 湯気の立つご飯をお盆に載せて、美乃里さんがダイニングに入って来た。


「今日はつばさちゃん早いの。

 "新入生のお迎えするんだ〜"って言ってたでしょう」


「そういえば」


 昨日の晩飯の時、短めの箸を振り回してはしゃいでたっけ。


「今朝はウチのお父さんと一緒だったわ」


「そりゃずいぶん早い朝飯だな」


「楽しい朝食だって、お父さんは喜んでたわよ」


 つばさの親父さんには負けるけど、俺の親父も朝が早い。

 美乃里さんも、毎日おやじの朝飯に付き合えるわけじゃないからなあ。


 胡瓜の浅漬けに箸を伸ばしながら、美乃里さんが言った。


「つばさちゃん、今日から先輩ね」


「センパイねぇ・・・・・・」


 後輩に「つばさセンパイ」と呼ばれるあいつを想像してみた。


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


 ぜんぜん似合わん・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 味付け海苔に醤油を着けながら首を振った。


 まぁ、似合おうが似合うまいが新入生は入って来るわけで、つばさも俺も自動的に先輩と呼ばれる立場になったわけだ。


 今日は双葉学園の入学式。


 窓の外では、背の低い桜の若木がささやかに花を開かせている。


 今年は開花が遅い。

 校門脇のソメイヨシノもまだ三分咲きだろう。


「あの木も、少しずつ桜らしくなってきたわね」


 庭の細っこい桜に目を向けて、美乃里さんが言う。

 言葉に合わせるように、風が薄桃色の花びらを震わせた。



「お兄ちゃんが植えた時はこんな小っちゃかったのに」


 美乃里さんが掌を膝丈まで下ろす。


「俺が植えた? 親父じゃなくて」


「ええ」


「そうだっけ・・・・」


 憶えてない。


「始めは伯父さん家の桜を折ってきて、リビングに飾ってたの。

 花が散ったら捨てるつもりだったんだけど、お兄ちゃんがカワイソウって言って、あそこに植えたんじゃない」


 そんなことあったかなあ。


「サクラの挿し木って難しいのにね。きっとお兄ちゃんのおかげ」


「俺の?」


 首を傾げると、美乃里さんがくすっと笑った。


「だって、根付くまで毎日サクラに励ましてたのよ。"枯れたらへし折ってマキにするぞ〜"って」


 それは励ましたんじゃなくて、脅してたのでわ。


「ていうか美乃里さん、それマジ?」


「本当よ。証拠写真もあるけど」


 美乃里さんが目をきらんと光らせて椅子を引く。


「いや、写真はいいから。信じる信じます」


「そお?」


 美乃里さんは残念そうに腰を下ろした。


 朝イチから「思い出のアルバム」見てられないって・・・・


『それはくちをしき事にござります。

(いと)きなきみぎりの、ごしゅじんさまのお姿、

わたくしもう一たび拝見しとうござりました』



「え・・・・?」



「なに、お兄ちゃん」


「美乃里さんこそ、なんか言ったでしょ」


「いいえ。

 ・・・・・・・・・・・・どうかしたの?」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・なんでもない」


 空耳かなぁ。


 俺はご飯の最後の一口をほおばり、ぱんと手を合わせた。

 そろそろ家を出る時間だ。


「ごっそさんでした。いってきます」


 カバンを小脇に挟んで立ち上がる。

 と、視線を感じた。


 庭先に顔を向けるけど、もちろん誰もいない。

 表の通りにも。


「お兄ちゃん・・・・・・・?」


 窓を見つめる俺に、美乃里さんが不思議そうな顔をする。


「・・・・・・行ってきます」


「はい、いってらっしゃい」

 

 気のせい、か。




『ではごしゅじんさま、参りませう。本日もいとさやけき空合いにございます♪』






 きっ、気のせい気のせい気のせい・・・・・・・・・(汗)










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