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「お兄ちゃん」
「・・・・・・・・・・・・・・」
いつもと違う声。
「お兄ちゃん、起きて」
「・・・・・・・・・・・・・・」
「お兄ちゃ〜ん♪」
肩を揺すられる。
「起きないわねぇ・・・・・・・・・」
ちょっと困った感じだ。
「つばさちゃん、どうやって起こしてるのかしら」
『ごしゅじんさま。お目覚めにおなりくださりまし・・・』
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ふえ?」
「あら、おはよう。お兄ちゃん」
『おはやうござります、ごしゅじんさま。本日もごきげんうるはしうござります』
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・オハヨ」
寝ぼけ眼で声の主を見た。
つばさじゃない。美乃里さんだ。
ン・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・?
でも、もう一人いたような・・・・・
「目、覚めた?」
「・・・・・・・・・たぶん」
「朝ゴハンできてるから、着替えてらっしゃい」
「ふぁ〜い・・・・・・・・」
一階に降りる美乃里さんの軽やかな足音を聞きながら、背筋を伸ばす。
「つばさのやつ、寝坊か?」
鳥倉のおじさん譲り、「早起きは三十文キックだよ〜」が口癖のあいつでも、たまには寝過ごすらしい。
制服に着替えてダイニングに下りる。
いつも通り、親父は出勤したあとのようだ。
テーブルの朝食は美乃里さんと俺の二人分。俺の向かい側は箸がなかった。
「つばさ、今日は朝飯抜きか」
「まだ寝ぼけてる?」
湯気の立つご飯をお盆に載せて、美乃里さんがダイニングに入って来た。
「今日はつばさちゃん早いの。
"新入生のお迎えするんだ〜"って言ってたでしょう」
「そういえば」
昨日の晩飯の時、短めの箸を振り回してはしゃいでたっけ。
「今朝はウチのお父さんと一緒だったわ」
「そりゃずいぶん早い朝飯だな」
「楽しい朝食だって、お父さんは喜んでたわよ」
つばさの親父さんには負けるけど、俺の親父も朝が早い。
美乃里さんも、毎日おやじの朝飯に付き合えるわけじゃないからなあ。
胡瓜の浅漬けに箸を伸ばしながら、美乃里さんが言った。
「つばさちゃん、今日から先輩ね」
「センパイねぇ・・・・・・」
後輩に「つばさセンパイ」と呼ばれるあいつを想像してみた。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
ぜんぜん似合わん・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
味付け海苔に醤油を着けながら首を振った。
まぁ、似合おうが似合うまいが新入生は入って来るわけで、つばさも俺も自動的に先輩と呼ばれる立場になったわけだ。
今日は双葉学園の入学式。
窓の外では、背の低い桜の若木がささやかに花を開かせている。
今年は開花が遅い。
校門脇のソメイヨシノもまだ三分咲きだろう。
「あの木も、少しずつ桜らしくなってきたわね」
庭の細っこい桜に目を向けて、美乃里さんが言う。
言葉に合わせるように、風が薄桃色の花びらを震わせた。
「お兄ちゃんが植えた時はこんな小っちゃかったのに」
美乃里さんが掌を膝丈まで下ろす。
「俺が植えた? 親父じゃなくて」
「ええ」
「そうだっけ・・・・」
憶えてない。
「始めは伯父さん家の桜を折ってきて、リビングに飾ってたの。
花が散ったら捨てるつもりだったんだけど、お兄ちゃんがカワイソウって言って、あそこに植えたんじゃない」
そんなことあったかなあ。
「サクラの挿し木って難しいのにね。きっとお兄ちゃんのおかげ」
「俺の?」
首を傾げると、美乃里さんがくすっと笑った。
「だって、根付くまで毎日サクラに励ましてたのよ。"枯れたらへし折ってマキにするぞ〜"って」
それは励ましたんじゃなくて、脅してたのでわ。
「ていうか美乃里さん、それマジ?」
「本当よ。証拠写真もあるけど」
美乃里さんが目をきらんと光らせて椅子を引く。
「いや、写真はいいから。信じる信じます」
「そお?」
美乃里さんは残念そうに腰を下ろした。
朝イチから「思い出のアルバム」見てられないって・・・・
『それはくちをしき事にござります。
幼(いと)きなきみぎりの、ごしゅじんさまのお姿、
わたくしもう一たび拝見しとうござりました』
「え・・・・?」
「なに、お兄ちゃん」
「美乃里さんこそ、なんか言ったでしょ」
「いいえ。
・・・・・・・・・・・・どうかしたの?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・なんでもない」
空耳かなぁ。
俺はご飯の最後の一口をほおばり、ぱんと手を合わせた。
そろそろ家を出る時間だ。
「ごっそさんでした。いってきます」
カバンを小脇に挟んで立ち上がる。
と、視線を感じた。
庭先に顔を向けるけど、もちろん誰もいない。
表の通りにも。
「お兄ちゃん・・・・・・・?」
窓を見つめる俺に、美乃里さんが不思議そうな顔をする。
「・・・・・・行ってきます」
「はい、いってらっしゃい」
気のせい、か。
『ではごしゅじんさま、参りませう。本日もいとさやけき空合いにございます♪』
きっ、気のせい気のせい気のせい・・・・・・・・・(汗)