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ついんLEAVES
第二回 6 |
俺を残して誰もいなくなったリビング。
とりあえずカーテンを閉める。
「・・・・・・・・・・・ふう」
どきどきする。
グラスの氷が溶けて、からりと音を立てた。
「いっちば〜ん♪」
最初はつばさだった。
「・・・・・いらっしゃい」
「・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・」
「もぉ、お兄ちゃんてばテンションひくすぎぃ〜」
つばさが俺の反応に唇を尖らせる。
つばさ・・・・
チョコの受け渡しでハイになってる奴を、世間じゃ「浮かれバカ」っていうんだぞ。
「よいしょっ(←掛け声に注目)。はい、つばさのチョコ! お兄ちゃんへの愛がたっっっっぷり!」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「♪ ♪ ♪」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・お兄ちゃん?」
「・・・・・・・ありがと。"愛"の大きさにびっくりした」
「えへへ〜っ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
みんな知ってるかな。観光地とかで売ってる、バカでかいお菓子。
ほら、"き○この山"とか"チョ○ボール"なんかが、パッケージをそのまま拡大した感じで売ってるっしょ?
つばさのチョコは、それだった。
これはもうお菓子と呼べない。
凶器だ。
比喩でなく人を殺せる。
縦25センチ、横40センチくらいの、ずっしりと"愛"の詰まったハート型。
大きすぎてラッピングできなかったんだろう、チョコにそのまま赤とピンクのリボンがかけてある。
ほんの一カケ食っただけで鼻血が出そうだ。
いや、それ以前にどこから口をつければいいのやら・・・
「つばさ・・・・・・・・・これ、後で一緒に食おうな」
「一緒に?」
「ああ。一人で食うより楽しいと思うんだ」
糖尿病になりたくないし。
「・・・そうだね。うん、一緒に食べよ♪」
「そうしよう。美乃里さんも混ぜていいか?」
「いいよ。美乃里ママが作り方教えてくれたんだ〜」
「そっか、それじゃ美乃里さんも一緒に・・・・」
責任とってもらわないとなっっっ。
「じゃあ、お兄ちゃん、ご褒美ちょうだい♪」
いつの間にか、つばさが至近距離にいた。目を閉じて、心もち首を傾けている。
「いつもと同じでね」
「・・・・・・・・わかった」
手を伸ばして、少し朱の差したつばさの頬に沿える。
まつ毛がピクリとする。
ちょっとだけ可愛いかも・・・・・・
あんまり待たせるとかわいそうだから、俺も目を閉じて顔を寄せた。
「っ!」
音もしないほど軽く唇を合わせ、離す。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「チョコありがと、つばさ」
「えへへへへ〜〜〜〜」
つばさが満面に笑みを浮かべる。
「次のひと呼んで来るねっっっ♪♪♪」
まだ頬に赤みを残したまま、つばさは跳ねるようにリビングから出て行った。
そして俺は「ハートチョコ型凶器」を見て、溜息を吐いた。
・・・・・・・・・・・・・・・。
え?
何が何やらわからない?
実はこれが、日枝家に伝わる最高機密のイベント・・・
バレンタインKIssなのだ!!!
・・・・・・・・・・・・・・・・はっ。
ごめん。
恥ずかしさのあまり気が遠くなりかけた。
えっと、つまり・・・ウチじゃチョコもらう時、女の子にキスする決まりなわけ。
もちろん女の子は拒否権ありだけど、俺は強制。
そいで、どこにキスするかも女の子が決める(前にフー子が「あたしの靴をお舐め〜」って言った時はドツいたけど)。
つばさが小等部に入った時から続いてるから、この死ぬほど恥ずかしい行事は、今年で七回目になる。
幸い、学園の連中にはまだバレてない。
バレたらどうなる事やら・・・・・
袖をくいと引かれた。
この控えめな引っ張り方は、絶対にフー子じゃない。
「二人目は九重さんなんだ」
「はい・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・九重さん。その、大丈夫?」
顔がこれ以上ないってほど真っ赤だ。
チョコ云々より身体が心配になってしまう。
「だい、じょうぶ・・・・」
とは言うけど、とてもそう見えない。
「ほっ、本当に大丈夫っっっ」
ほとんど叫びながら、九重さんは両手を差し出した。
掌に、紙とセロファンで包まれたチョコが載っている。
しわ一筋なくぴちっと張られた包み紙が、とっても九重さんらしい。
「手作りって初めてだから、つばさちゃんみたいに上手くできなかったけど・・・」
「ううん。九重さんからチョコもらったの、初めてだよね。すごく嬉しいよ」
九重さんは目をギュッと閉じたまま、ぶんぶん首をふる。
彼女のこういう顔、はじめて見た。
いつもの澄まし顔もきれいだけど、これはこれでいいかも。
って、何かんがえてるんだ俺。
「ありがと。大切に食べる・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・うん」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・えっと、九重さん?」
「は、はははははい〜っ!」
これ以上ないくらい見事な取り乱しっぷり。
可愛いを通り越して可哀相になってくる。
「手、出して」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・え?」
「左手・・・でいいかな。手を貸して」
「う、うん」
おずおずと左手を差し出す九重さん。
彼女の細く、小さく、すべらかな手を、できるだけ優しく捉えて、俺は腰をかがめた。
「あの、日枝くん・・・・えっ!?」
(ちゅっ)
白い手の甲に唇を触れさせると、彼女はピクリと腕を震わせた。
「これ、チョコのお礼。どうもありがと」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・九重さん」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
反応しない彼女を見てると、だんだん不安になってくる。
「悪い・・・・嫌だった?」
「い、嫌じゃ、ないよ」
顔を俯けたまま、彼女は消えそうな声で応える。
「ちょっと・・・びっくりしたの」
「あ、ごめん! フー子から何も聞いてなかったんだ?」
「ううん、聞いてたけど・・・・えっと・・・・・」
「?」
「その、キスって・・・・・顔に、すると思ってたから」
「あぁ」
それでいきなり手を取られてびっくりしたのか。
納得。
「だってほら九重さん、ウチのバレンタインパーティー初めてだからさ。
何も知らないのに俺がキスしたら、"びっくり"じゃすまないだろうなって」
じっさい、今にも倒れそうだったし。
「そ、そうだよね・・・・」
九重さんが左手を抱え込む。
「フー子ちゃんは・・・・・・・てじゃないんだ」
「え?」
「何でもないの。あの、ありがとね、日枝くん」
九重さんは顔を上げて、笑顔を見せてくれた。
「そりゃこっちの言葉だって。チョコありがとなんだから」
「あ、そうね。うふふふ」
「はははは・・・」
ひとしきり笑いあうと、九重さんは静かに出て行った。
最後はフー子だ。
「はあーい! どもども、お待たせーっ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ふっ」
「なっ、何よ! 鼻で笑って」
「笑ってない。フー子らしいと思って」
「笑ってるじゃない」
「ほっとしたんだよ」
九重さんと話すと緊張するから、その後にフー子と話すと気が楽になるんだ。
フー子は少し首を傾げたが、それ以上なにも聞いてこなかった。
で、それまで後ろ手に隠してた物を、俺に突きつけてくる。
「はいっ、義理だからね! ぎ・り・チョ・コ!」
「・・・・・・・・あー、言わなくても、見ればわかる」
ピンクのリボンを巻かれた、透明プラケース入りのハート型チョコ。
15センチ角くらいかな?
ぱっと見て手作りとわかる、ちょっとデコボコのそれには、ホワイトチョコで大きく「 G I R I 」って書いてあった。
俺は苦笑して、チョコをちょいと掲げた。
「義理でもうれしいよ。ありがとな」
「そ、そお? あんなにたくさんもらったんだから、お世辞まるみえだけど?」
「世辞じゃないって」
「どーだか・・・・・・・・
ま、いいや。お礼はここね」
ちょっと顔をそらして、フー子が左の頬を指先でつつく。
毎年同じことしてるから、今さら恥じらいも何もない。緊張しないでいいからこっちも助かるけど。
日頃の態度のデカさからは思いもよらないほど華奢な、フー子の肩に手を乗せる。
瞼を閉じて、通算何回目かになるフー子へのキスをしようとした時だった。
「フー子ちゃん・・・・」
「え?」
(ちゅっ)
「!?」
なんだか、予測と違う感触がした。
いつもよりもっと柔らかくて、もっとしっとりした感じ。
違和感に目を開くと、フー子と真正面から目が合う。
・・・・・・・・・・真正面?
なんで?
って、待てよ。
真正面てことは、俺の口が当たってるのは・・・・・・
うわっ!!??
俺達は速攻で唇を離した。
「ぷはっ! なっっっ、なななな、なにすんのよ日枝!!」
「こっちのセリフだ! いきなり顔うごかすなよ!」
「そんなこと言ったって、呼ばれたんだからしょうがないじゃない!」
「呼ばれたって、誰にだよっ」
フー子の視線を追ってリビングの入り口に目を送る。
誰もいない。
当たり前だ。バレンタインKIssの時は、みんな厨房で待ってるんだから。
「・・・ホントにあたし呼ばれたもん」
「だから誰に」
「わからないけどホントだって!」
「本当でも嘘でもいいけど、俺に怒んなよな」
「だってだって・・・・・・・・・・・・
どうしよ・・・日枝にキスされちゃったよお・・・」
「"されちゃった"じゃない」
お前が顔を動かしたんだ。
「うう〜〜〜〜〜」
子供みたいに唸って、フー子が口元を押さえる。
「おふたりさん、ど〜したの〜? 大声だして」
俺達の言い争いを気にしたのか、美乃里さんがリビングに入って来た。
「あっ、美乃里さん、ヒドいのよ!
日枝ったら頬にキスしろって言ったのに、あたしの唇を奪ったの!」
「奪ってない!」
「うわぁ、お兄ちゃんてばやるぅ〜♪」
「美乃里さん、その反応違う・・・」
「でもね、お兄ちゃん。たとえ好きな子同士でも、やっぱり不意打ちはいけないと思うの」
「事故なんですって」
「本当に好きなら嘘はダメ。勇気を出して正直に、"キスしたい"って言わなきゃ」
「聞いてないし・・・」
美乃里さんの「乙女心スイッチ」が入っちゃったみたいだ。
そこにつばさが入って来た。
「美乃里ママ〜。ダイニングのお皿ならべたよ〜。
・・・・・あれ。フーちゃん、お顔まっかっか」
「つばさ、聞いてよ! あんたのお兄ちゃんたらね・・・」
おい・・・・・・
「え〜っ!! お兄ちゃんがムリヤリ!?
つばさにはしてくれないのに!!」
「ムリヤリじゃない、ムリヤリじゃない」
ていうか、"つばさにはしてくれない"って何だ。
「日枝せきにん取れー!」
「お兄ちゃん。後で大事なお話があります!」
「つばさもー!」
「人の話きけよ・・・・・」
「あのぅ。皆さんはやく来ないと、スープが冷めちゃいますけど・・・」
「あ、おキヨいいところに! 日枝のドスケベがさ・・・」
「だからヒトのせいにすんなぁーっ!!」
もはや収拾不可能だった。