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ついんLEAVES

第二回 5




  

「きりーつ」

 ガタガタッ。

「きをつけー。礼」

 ざざっ。

「あー、皆気をつけて帰るように」



 ぺたぺたぺた・・・ガラララ。



 お決まりの台詞を残して教壇を降りた豊岡が、教室の扉を開けた。

 扉が閉まった瞬間から始まる襲撃に備え、俺は全身を緊張させる。



 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ん?



 扉が閉まらない。

 気勢を削がれたのか、周囲の殺気が少し薄まる。

 と、入り口を塞ぐ豊岡が口を開いた。



「ここに用か」


「はい」


「そうか」


 扉を閉めずに去る豊岡。

 いつもと違うシチュエーションに、皆が入り口に視線を向けている。



(ラッキー!)



 俺はカバンとチョコ入り紙袋を掴み、密かにもう一つの入り口へ・・・・・・

「鳥倉つばさの兄は居るか」


 凛としてよく通る声が、俺の動きを止めた。



「1年A組23番」



 1年A組23番。


 それは俺。



 声と正反対の方向に向いてた俺は、静寂に満ちた教室でゆっくりと振り返る。

 次の瞬間、思考が停止した。








 すでに夕闇の迫る外では、公共放送が子供らに帰宅をすすめている。

 庭で木の葉が、木枯らしに弄ばれて、人知れずクルクルと踊っていた。



「つばさ・・・・あんたって子は・・・・・・・」



 茶化し役専門のフー子にして、今回ばかりは呆れるしかないようだ。

 しかし当のつばさは俺達の反応に首を傾げるばかり。銀のフォークを口にくわえたまま、きょとんとしている。

 俺は全員の平均的な意見を代弁した。

「ふつー、先輩をパシリに使わないだろ」

「パシリじゃないもん。みゃ〜センパイがつばさを助けてくれたんだもん」

 つばさの横にいる武中美矢子先輩が頷く。

「・・・・・まあ、助けられたっていったら、俺も助けられたんだけどさ」

「集団リンチ確定だったもんね、アンタ」

「ああ」







 担任の豊岡が消えた瞬間から始まるはずだった、俺への襲撃。

 それは武中ワルキューレという予想外の介入者によって、未然に防がれた。

 で、理由を言わず「ついて来なさい」と武中先輩に命じられるまま、校舎外まで連れ出されると、つばさが待っていた。

 俺を迎えに行くつもりだったけど、男子部に入るのが怖くて困ってたつばさ。

 それを武中先輩が目に止め、代わりに呼びに来てくれたそうだ。




 ・・・・・・・・・・やっぱりこれ、パシリだよなぁ?




 ともあれ、その場の流れ(=つばさのお願い)で武中先輩もパーティーに出ることになり、つばさとフー子と九重さん、それに美乃里さんと俺を加えて計6人が、日枝家のリビングルームに集まってるわけだ。



「それはいいとして、美乃里さん」

「なに、お兄ちゃん?」

 無邪気に微笑む美乃里さんを見上げる。美乃里さんだけでなく、俺の目線はこの場に居る誰より(つばさよりも)低い。

「みんながソファーで、俺だけ座布団なのはなんで?」

「ごめんね。でも、このソファーセットは5人用だから・・・」

 5人用だから女は全員ふかふかソファーに座り、俺はフローリングに座布団で我慢しろということらしい。




 バレンタインデーって、何の日だっけ・・・・・・・・・・・・・・・・・・




 


 毎年のことだけど、2月14日の俺ん家はお菓子の国になる。

 リビングの小さいテーブルは食べ物飲み物で溢れそうだ。

 中央にでんと置かれてるのが特製ザッハ・トルテ(ウィーン名物のチョコケーキ)。小麦粉、卵、牛乳なんかの材料選びからこだわった美乃里さんのお手製だ。ケーキの上にストロベリークリームで、ハートマークと"A Happy  St.ValentIne's Day !"て書かれてるのが、いつもと違うところ。

 メインのザッハ・トルテを囲むように、みんなが持ち寄った一口チョコ、ポッ○ーにビターな板チョコ、口直しのスコーンとクラッカーがある。誰も見向きもしないで美乃里さんのケーキをパクついてるけど。

 あと各人の前には紅茶、コーヒー、ココアなど好みの飲み物。武中先輩だけは龍崗茶っていうマイナーなお茶だ。初めて上がった家で、ケーキに合わせて中国茶を頼む先輩も先輩だけど、二つ返事で出す美乃里さんもかなりのものだと思う。

 その武中先輩は、ぴっと背筋を伸ばして口にケーキを運んでいる。

 不思議な人だった。

 無表情のうえに無口で、何を考えてるのかさっぱりわからない。かといってフー子みたいに傍若無人でもなく、むしろ堅苦しいほどだ。深々と頭を下げる折り目正しい挨拶に、初対面の美乃里さんが面食らったくらい。

 動作に少しも淀みがなく、短い髪とあいまって、凛々しいというか一種中性的な印象を受ける。常に自分を抑え、一歩引いた態度で居るんだけど、一挙一動が注目を集める。

 で、とりあえずわかったのは、先輩は噂されてるような「怖いヒト」じゃないって事。

 ほんとに怖い人なら、つばさの友達なんて絶対なれないしね。





 いろいろ話してるうちに、ザッハ・トルテはみんなのお腹に収まった。大皿が下げられて、隅っこに追いやられてたチョコ菓子が真ん中に集められる。

 美乃里さんに飲み物を補充してもらって、パーティー続行。




「ね〜、お兄ちゃん。もらったチョコは?」

「俺の部屋」

「食べないの?」

「んー、今はちょっとなあ」

 本音は消化を手伝って欲しいんだけど。

「独り占めする気? ケチねえ」

 横槍をいれてきたのはフー子。

 リッジウェイのミルクティー(S.B.J.何たらっていうミルクティー用の葉っぱで淹れたやつ)を啜りながら、半目で俺を見ている。

「独り占めじゃなくてさ・・・・・・・・パーティーの出し物にしたら、くれた子に失礼だろ」

「ふーん・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

「何だよ」

「・・・・・・・・・・そういう答えなら、いっか」

 上機嫌だか不機嫌だかわからない口調で、謎なことを言う。

「うふふ・・・・・日枝君、良かったね」

「え、九重さん?」

「フー子ちゃんね、来る前に話してたの。もらったチョコ、一つでもイイカゲンにしたらシバキ倒してやるーって」

「・・・・・・・・・・・・・マジ?」

「まじです」

 黒髪をさらりと揺らして九重さんが微笑む。

「実は私も同じ事を考えていた。女の気持ちをぞんざいに扱うようなクズは許せん」

「た、武中先輩!?」

「つばさも〜」

「んふふ〜。じゃ、お義母さんも」

 次々と賛同の声があがる。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」



 女って、怖い。






 話が一段落したところで、フー子が全員を見回した。

「それじゃ、日枝がいちおう試験に合格したところで、今日のメインイベントにしよっか」

「賛成ー。ひゅーひゅー!」

「めいんいべんと〜♪」

 つばさと美乃里さんが囃したてた。

「それじゃ、キッチンにゴー!」

「ご〜!」

 つばさ達が並んでキッチンに入る。

 居間に武中先輩と俺が残された。




「息の合った母子(おやこ)だな」

 キッチンに向けた先輩の顔が、少しほころんでいる。

 微笑してる・・・・のかな?

「仲いいですよ。もしかしたら本当の親子以上に」

「違うのか」

「ええ。つばさは向かいの家の子です」

「そういえば、ここの表札は"日枝"だった」

 ふっと先輩が小首を傾げた。

「・・・・・・・・・ちょっと待て・・・・・・・・」

「はい?」

「ここはお前の家か」

「ええ」

「すると、お前とつばさは、本当の兄妹ではない・・・?」

「もちろんです。知らなかったんですか」

「知らなかった。つばさの話ぶりからすっかり・・・・・・・」

「いえ、よくある勘違いですから、気にしないで下さい」

 なにしろ友達を「つばさン家に遊びくる?」ってウチに連れてくるからな、あいつは。

「みゃ〜センパーイ!」

「ん」

「ああ、順番が決まったんです」

「順番?」

「はい。すいませんけど、キッチンの方に」

「? ・・・・・・・・・・わかった」

 かすかに衣擦れを残して、武中先輩も消える。

 居間にいるのは俺一人だ。



「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ふう」



 毎年のことだけど、やっぱり緊張する。



 いよいよ、日枝家のトップシークレットにして、一番恥ずかしいイベントの始まりだ・・・・・・・・









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