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ついんLEAVES
第二回 4 |
2月14日。
St.バレンタインデー。
普通の高校生にとっても重要なイベントだけど、双葉学園は普通以上に華やかな雰囲気になる。男女別制の中高等部で、今日だけは女子の男子校舎入りが黙認されるからだ(ホワイトデーは逆ね)。
といっても、たった一人で狼の巣(=男子部)に入り込む勇気のある女子はいないわけで、期せずして先生方の望む"清く正しい集団交際"の図が描かれることになる。
緊張気味の女の子がかたまってパタパタ歩いてるのを見ると、汗臭い男子校舎もちょっと明るく新鮮に映る。
もちろんチョコがもらえる奴がいれば、もらえない奴もいる。表から見えないところで複雑な葛藤がある。
そんな男同士、女同士、男女間の駆け引きも含めて、双葉学園のバレンタインはお祭りに近いと思う。
ちなみに俺の場合、もらえるチョコの数は小等部からずっと変わらない。
簡単に想像できるだろうし、それで間違ってない。
美乃里さんから一個、つばさから一個、フー子から一個の、計三個だ。
その三個だって学校でもらうわけじゃない。授業が終わったあと俺ン家で、みんなで開封して、美乃里さんが用意してくれたチョコケーキとあわせてパクつくのが定番。クリスマスパーティーみたいに、バレンタインパーティーって言うのがぴったりくる。
だから良くも悪くも、俺はバレンタインデーのどきどき感と無縁だった。
「オハヨー」
「フーちゃん、おっはよー!」
「おーす」
「今日、お茶会するんでしょ?」
「ウン! 美乃里さん、午後いっぱいかけてチョコケーキつくるって」
「そういえば、昨日そんな事いってたね。くふふ・・・楽しみ〜」
美乃里さんのケーキを想像して、珍しくフー子がうっとりした顔になる。
食い物を想像してって所がフー子らしい。
美乃里さんのケーキ、すごく美味いから無理ないけどね。
「あと、おキヨも来るけどいーよね?」
「九重さんが?」
「門限あるから長居できないけどって」
「おキヨちゃんも来るの? わー♪ はやく放課後にならないかな」
「まだ学校に着いてもないだろ・・・・」
朝からはしゃぐつばさを見て、フー子と顔を合わせて笑う。
ま、俺にとってのバレンタインなんてこんな物だ。
お茶会の打ち合わせが終わると、いつも通りに登校する。
辺りを見れば、妙にそわそわしてる生徒が見えるけど、俺とは関係ない。
正門に女子生徒が集まってチャンスを窺ってるのも、毎年のこと。
だから「あ、お兄さんが来た!」って声を聞いた時も何とも思わなかった。
「お兄さん、おはようございます!」
・・・・・・・え?
「突然ですみません、コレ、私の気持ちです!」
・・・・・・・え?
「ちょっ、啓子、抜け駆けなんて話が違うよー。お兄さん、これ受け取って下さい!」
・・・・・・・え?
「チョコと一緒にわたしも受け取って・・・なんて何言ってるのかしらキャーッ!」
・・・・・・・え?
「もうっ、用が済んだら消えなさいよ。後がつかえてるんだから!」
・・・・・・・え?
「そうそう! えっと、お兄さんお願いします、チョコ受け取って下さ〜い」
・・・・・・・え?
「1年E組の羽根田まりあです!」
「同じく大鳥衣まにあです! よろしくお願いしま〜す」
・・・・・・・え?
・・・・・・・え?
・・・・・・・え?
いきなり中等部の女子に囲まれ、いきなりチョコを押し付けられる。
何がなにやらわからないうちに、両手の上にチョコレートが積まれていく。
「それじゃお兄さん、お返事くださいねっ」
ぱたぱたぱた・・・・・
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・えーと。
呆然自失だった俺が正気を取り戻したのは、「チョコあげます」嵐が過ぎ去ってしばらくしてから。
左右の二人は、もう少し時間がかかった。
「・・・・つまり、昨日の"つばさ泣き"がマズかったんだ」
『マズくはないけど、カッコつけすぎたのね。
泣いてるつばさの所に授業そっちのけで駆けつけて、愛情たっぷりの抱擁して、傷口にキスまでしちゃったんだから』
「だからそれは誤解だって」
なんとなく、フー子が受話器の向こうで口を尖らせてる気がした。
シャツに涙と鼻水塗られるのが「愛情たっぷりの抱擁」なら、そんな抱擁は死ぬまで遠慮したいぞ。
『問題はね、事実はどうあれみんながそう思ってるって事なの。
「守って欲しい」願望は女の子なら持ってて当たり前なんだから・・・・・あたしは違うけど』
おいフー子。
お前、自分が女の子じゃないって認めたな。
「それとチョコと、どう関係するんだ」
『だから、今のあんたは中等部の子にとって白馬の王子様、促成栽培の学園アイドルなのよ・・・・悪い冗談だけど』
同感だ。
『あと高等部にもアンタにチョコあげたいって子がいるけど、その物好きの心理は説明できないわ』
「お前が物好き言うな」
『あたしはいいのよ。アンタじゃなくて美乃里さんのケーキが好きなんだから。
じゃ、チョコ入れる袋は適当に持ってくから、昼休みに校門でね』
ピッ。
携帯を切ると、俺は腕組みして目の前の「山」を眺めた。
「白馬の王子様」?
「学園のアイドル」?
俺が?
たちの悪い冗談だ。
でも目の前のチョコは、まぎれもない現実だった。
現在31個。
休み時間のたびに増える。
机に入るかとか、カバンに入るかとか、そういうレベルを超えてる。
そしてチョコが増えるたびに、俺の致死率が高くなっていく。
なにしろ周りの視線がシャレになってない。
同級生はもちろん、独身の先生まで殺気を込めた視線を送ってくる。
「「「お兄さ〜ん!」」」
ビキキッ!!
華やいだ声と同時に、クラス中の邪眼が俺に注がれた。視線に含まれる憎悪の念が、また一段高まる。
充満する殺気に怯えながら、声の主にぎりぎりと顔を向けた。一目で中等部とわかるワインレッドのセーラー服が、教室の入り口に並んでいる。
「「「チョコ受け取って下さーい!」」」
仲良くハモった三人組は、俺にチョコを手渡すと、ちょっと頬を染め、楽しそうな顔で走り去った。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・さて」
これで34個。
俺は椅子に座りなおすと、もう一度腕を組んだ。
そろそろ現実を認めて、真面目に考えよう。
遺言書の内容を。