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ついんLEAVES

第二回 3





 腰を下ろすと、対面の奴が俺の顔を覗き込んだ。

「なに、疲れてるみたいな顔して」

「みたいじゃなくて疲れたんだよ」

「あれしきの事で? 軟弱ねー」

「あれしきってな・・・・・・・・・・・・・・・」

 俺は目の前の無礼者を睨んだ。

 元同級生の涼島房子・・・フー子は俺の視線を無視して、湯気がほの立つテイーカップに口をつける。

 こいつくらい図々しいと、「精神的疲労」という概念が理解できないらしい。



「フー子ちゃん、やめなよ・・・

 き、今日も大変だったね。日枝クン」



 フォローしてくれたのは、フー子の横に座る九重清歌(ここのえ きよか)さん。

 きれいな顔にちょっと堅い笑みを浮かべている。



 九重さんはフー子の同級生。フー子は「おキヨ」と呼んでる。勝気で行動的なフー子と正反対の、落ち着いた子だ。腰まで届く艶やかな黒髪は枝毛なんて見当たらず、前髪は眉毛の上で横一線に切り揃えられている。和風美人・・・というにはまだ早いけど、何年かすれば誰もがそう呼ぶのは確実だろう。

 お嬢様な九重さんと傍若無人なフー子の組み合わせは、いつ見ても「美女と野獣」を思い出させる。



「つばさちゃん、大丈夫だったの?」

「ぜんぜんオッケー。手を切ったけど、大したことなかった」

「そう、よかったね」

 長い髪をさらりと揺らして九重さんが微笑むと、こっちもほっとする。

 そこに雑音が入った。

「日枝、おかわり」

 フー子がティーカップを俺に突きつけている。

「セルフサービスに決まってるだろ」

「アンタ、それが客への礼儀?」

「・・・・・・・・・・・・・・あのなぁ」



 深〜〜〜〜い溜息。



「家人のいない屋敷で堂々とお茶してた奴が礼儀とかゆーな!」



 ・・・・・・・・・・・・・・・・。







  

「きりーつ」

 ガタガタッ。

「きをつけー。礼」

 ざざっ。

「あー、皆気をつけて帰るように」

 ぺたぺたぺた・・・ピシャッ。

 ドガガガガガガガガ!!!!!


 担任の豊岡が退室した瞬間、教室は戦場と化した。



「うぉるぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」

「待て日枝! 逃げんな!!」

「第三小隊! 出口を塞げ!」

「イエッサー!!!」

「吊るせ! 奴を高く吊るせー!」

「おうさー!」



 飛び掛ってくる柔道部の有象無象をかわして出口に向かう。

 しかし、すでにそこにはバリケードが築かれていた。

 早ッ!



「ロリ外道日枝!。今日が年貢の納め時だあっ」

「今どきそんなセリフ聞くかっ」

「つばさちゃんの身体を汚した極悪人の分際で居直るか!」

「人聞き悪すぎる事いうんじゃねえ!」

「者共やっちまえ!」

「おーっ!!!!」



 低予算の時代劇でも使わないパターンをきっちり踏襲して、クラスの連中が襲ってくる。

 そっちがその気なら遠慮しねーぞ!(←芝居臭さが伝染ってる)

 真正面から掴みかかってくる高島にカバンの角をくらわし、後ろから突っ込んで来る中村に後ろ蹴りをお見舞いする。

 空いてる右手で机を弾くと、横合いから俺の隙を窺ってた輪中田(わじゅうだ)の下半身にぶつかった・・・・ちょうどナニのある高さだ。

 悶絶する輪中田を押しのけ窓枠を飛び越えると、隣のクラスの誰かが待ち受けていた。

 飛び越えついでにキック一発。

 しかし着地を決めたのも束の間、狭いベランダに同学年の奴らが一列に並び、俺を踏み潰そうと押し寄せてくる。

 この景色、昔のRPGで流行ったモンスター無限増殖みたいだなー。

 て、そんな場合じゃなかった!


 手すりを乗り越え雨どいに腕を回す。服の摩擦で落下速度を加減しながら地上に直行。生活指導の増田から逃げるとき発見した技だ。

 無事に着地すると、頭上で「信じらんねー!」とか「こんな所から降りやがって、正気かよ」とか叫ぶ声が降ってきた。こっちの台詞だっての。

 予ねて用意のシューズを上履きと履き替え、とっとと退散・・・・

 甘かった。

「くぉらあ−−−−−−−っっっ」

「げ!?」

 今度は他のクラスの奴らだ。

「逃がすかボケ!」

「標的を発見、座標Ba6dに急行せよ!」

「ラジャー!」

「ラジャーじゃねえっ」

 あいつら楽しんでないか!?





 事の始まりは、もちろん昼前の"つばさ泣き"。

 それがこんな大捕り物になったのは、例の学園BBS、"つばさちゃんWatch"のせいだ。



 隣席の藤原によれば、つばさのファンが事件の情報を収集分析する過程で、「つばさが泣いた」と「俺がつばさを舐めた」の時間関係が入れ替わり、「俺が舐めたからつばさが泣いた」になった。

 今はさらに、「傷口を舐めた」が「つばさを舐めた」「つばさにキスした」に誇張されてるという。

 事実とカンペキに違う。

 ていうか、どーして俺がわざわざ授業中に、つばさにキスしなきゃならんのだ?


 分析という名の妄想を働かせた野郎を小一時間問い詰めたいところだけど、あっという間に間違った話が広まってしまい、反論どころじゃなくなった。

 事実を知ってる同級生までネット情報に踊らされてるのを見ると、政経倫理で言ってた「風説の流布の恐ろしさ」が身に染みてわかる。



 さっきの座標報告が行き渡ったのか、わらわらと男子生徒が集まってくる。揃いのブレザーを着てるその姿は雑魚キャラそのもの。

 とはいえ、これはゲームじゃないから、主役キャラ(俺)と雑魚の能力差なんてありはしない。俺には逃げの一手しかないのだ。



 自慢じゃないけど、俺は逃げ足だけは速い(だから今まで五体満足でいられたんだ)。



 腰にかじりつこうとするアメフト部員を華麗なステップでかわし、バンバン飛んで来るサッカー部員の殺人シュートをカバンで凌ぎ、空気を震わせて飛来する弓道部員の矢をジグザグ走りで避け・・・バッキャロー!犯罪だそれは!!

(作者注 絶対にマネしてはいけません)




 校門まで何段にも用意された敵陣を突破し、かわし、さらに街中を逃げまくること40分。

 いつもの倍の時間をかけて、なんとか無事に我が家へとたどり着いた。

 で、玄関を開けたらフー子と九重さんがヒトん家でのんびりお茶してたわけだ。





 話を目の前の無礼者に戻そう。

「日枝、おかわり」

「・・・・・俺の話きいてなかったか?」

「聞いてたわよ。無傷で済んだんでしょ。だから、その無事の体でおかわり頂戴」

 はい、とフー子がティーカップを突きつけてくる。

 疲れが倍増した感じがして、俺はがくりと肩を落とした。



 すいっと優雅な所作で九重さんが立ち上がった。

「あの、私が淹れていいかな・・・」

「いいの? 悪いね〜」

「だから自分で淹れろよ・・・・・」




 ソーサーとカップを両手で持ち、九重さんがキッチンに姿を消す。

 俺は姿勢を崩し、ネクタイを緩めた。 ぐたーと背もたれに寄りかかる。



 九重さんといると、こっちまで仕草に気を遣わなきゃいけない気分になる。嫌いじゃないけど、気疲れする。

 その点、フー子だと楽だ。格好つける必要ないし、格好つけるだけ無駄だし。



 ふっと息を吐くと、こっちを見てるフー子と目が合った。

「なんだ」


「・・・・・・・・・・つばさにキスしたんだって?」


「おいおい、フー子まで例の掲示板見てんのか? 趣味悪いな」


「見たっていうか・・・そんなハナシ聞いたの」


「デマだデマ。傷を舐めてやっただけ」


「じゃ、口付けたのはホントなのね」


「ああ」



 俺が頷くと、フー子はちょっと目を逸らした。

「・・・・・・・そう・・・・・・」


「何だよ」


「別に。アンタの甘やかしっぷりに呆れただけよ」



 からかうのとは少し違う口調で、フー子が溜息混じりに呟く。

「つばさが張り切るわけね・・・・・」


「つばさがどうした」


「独り言。ま、今日はお疲れさんて言っとくわ」



 フー子は椅子を鳴らして立ち上がった。

 タイミングよくキッチンから出てきた九重さんの腕を取って、宣言する。

「あたし達はつばさン家に行くけど、今日は鳥倉のおじさん以外、男子禁制だからね。

 アンタは来ちゃだめよ」

「なんだよそれ」

「カレンダー見なさい。アンタがいくらバカでもわかるから」

「カレンダー?」

「おキヨ、行くわよ」

「え? え?」

 唐突な展開に九重さんが目を白黒させている。

 フー子は九重さんの手からティーカップを取り、俺の前にかちゃりと置いた。

「おい、これお前の−」

「あげるわ。おキヨの淹れたお茶なんてそーそー飲めるもんじゃないんだから、よく味わいなさい」

「あの〜、フー子ちゃん?」

「さ、行こ行こ」




 他人の制止や質問を許さない、フー子らしい強引さで、二人はばたばたと出て行った。湯気の立つ紅茶と、俺の心に疑問符を残して。




「カレンダー?」



 リビングの液晶カレンダーを見る。



 2月13日。




 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。



「あー」




 なるほど。




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