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ついんLEAVES
第一回 4 |
人がどんな目に遭ったか聞いても、やっぱりフー子はフー子だった。
「あははははははははははははは! そんな事になったの!?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・笑うな」
「だってオカシーじゃない! 全校集会で晒されたなんて!
あはははははははははははははははは!!」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
俺は仏頂面で校門に寄りかかった。
さんざんな一日だ。
教室に入ったら、机と黒板に「外道日枝 カエレ」と書いてあった。
仕方なく黒板を消してたら担任の豊岡が入ってきて、「年の初めから黒板消しとは殊勝な心がけだ。今日の大掃除はお前に任せようか」と言いやがった(後で本当に教室を掃除させられた)。
始業式で講堂に行く途中には、誰とも知らない連中からゴンゴンと小突かれるし。
とどめは高等部長(高等部の学校長)の講話だ。
俺の居る方をじーっと見下ろしながら「休み中に色々あった者もいるようだが、生活の乱れを引き締め、学生本来の目的に向かってまい進するよーに」とご高説を垂れてくれた。
その時、講堂のほぼ全員が俺を見た、というか睨んでた。
(自意識過剰じゃないと思う。だって高等部長のおっさん、講話の前に俺の担任を呼びつけて、こっちを指差ししてたもん)
「それで今まで掃除してた、と。出てくんのが遅いわけねぇ」
生徒の少なくなった校門に首を巡らして、フー子はまたクスリと笑った。
「んにゃ、その後がまだあってさ。教室から出ようとしたら、廊下で生活指導の増田がバール持って待ち構えてた」
「・・・・・・バール?」
「『かなてこ』だよ。1メートルくらいの鉄の棒」
「何で生活指導がそんなの持ってんの」
「わかってて聞くな」
俺は怖気を震った。
あの燃えるような眼・・・・・奴は本気だった。
「マジで『殺られる!』と思ったから、ベランダに出て雨どい伝って降りてきたんだ」
フー子は呆れ顔だ。
「よーやるわ・・・・・」
「そー言うけどな、マジで怖かったんだぞ、増田のやつ」
こんなこと二度とごめんだ。
俺は肩をすくめると、袖に付いた汚れを払った。
「・・・・んで、災厄の原因はまだか」
「ん〜〜。日枝と違ってつばさはマトモだから、素直に生活指導室いっちゃったのよ」
「『日枝と違って』は余計・・・・って、あいつもか!?」
「そ。指導室の前でつばさの友達がたくさん待ってたからさ、言付けしてこっち来ちゃった」
「大丈夫かよ。もう結構な時間だぞ」
正午の鐘が鳴ってからずいぶん経つ。
「あー。噂をすれば、ね。来たわ」
フー子が跳ね髪とスカートを翻した。
寂れた花壇の並ぶ通路を、つばさが駆けてくるのが見えた。
ぶんぶん手を振っている。
「お兄ちゃぁ〜ん、フーちゃ〜ん」
「走らんでいい! 転ぶぞ!」
「お待たせ〜〜っ!」
つばさは速度を落とさず、俺の腕にわしっと飛びついた。
「遅ふ、なっへ、ごめん、なひゃい〜・・・」
荒げた息の合間に、言葉をつなげて謝る。
「そんな事いいけど、平気か」
「うぅ、だいじょぶだよ〜」
大丈夫と言いつつ、小さな胸を盛んに上下させている。
するとフー子が、澄まし顔でつばさの後ろに回りこんだ。つばさの脇に腕を差し、ゆっくり俺から引き離す。
「はいはい、ここで目立つ行動は控えてね〜」
「ふぁ、ふぁ〜い・・・」
つばさを抱えながら、フー子が俺を見て苦笑した。
つばさの息が整うまで、俺達はしばらく待った。
「もう大丈夫?」
つばさの背を撫でていたフー子が、仕上げにぽんと叩く。
つばさはにっこり笑って頷いた。
「うん。フーちゃん、ありがとー」
「で、生活指導どうだった。今の指導担当って森丸(もりまる)でしょ、嫌なこと言われなかった?」
「おいフー公、そう急(せ)くなって」
いきなり詰め寄るフー子を、俺は引っ張った。
「フー公じゃなくて、ふ・う・こ。気になって当然でしょ。ね、ね、つばさ?」
心配そうなフー子と対照的に、つばさは一点の曇りもない笑顔だ。
「嫌なことなんて言われなかったよ。森丸センセだけじゃなかったし」
「え?」
「上沢センセが『教職員名簿』って書かれたプリント広げてね、つばさのケータイにプリントの電話番号をメモリなさいって。
全部入れてたら時間かかっちゃったの。ごめんなさい」
つばさがぴょこりと頭を下げる。
俺とフー子は顔を見合わせた。
フー子が首を傾げ、つばさの顔をのぞきこむ。
「・・・えっと、つばさ、意味がよくわかんないんだけど・・・
上沢の奴、他に言わなかった?」
「んとね・・・」
つばさは人差し指を唇に当てると、空を見上げて言葉を紡いだ。
「『お兄さんといる時は、決してケータイを放さないように。自分を大切にね。
こわい事されそうだったら、どの番号でもいいからかけなさい』だって」
「・・・・ぷっ!」
フー子の口元が緩んだ。
・・・・・・・・・・・・・エート。
ソレ、ドーユー意味ヨ・・・・・・・?
聞こうとした俺のスネをフー子が蹴飛ばした。
「うぷぷっ・・・・で、つばさ、それから?」
「それで終わりだったよ。
廊下に出たら、えっちゃんとかマミたんとかリンちゃんとか、フーちゃんとおんなじコト聞いてきたから、今みたいに答えたの。
そしたらみんなが『あたしン家のも教えたげる!』って言うから、そこでまた時間かかっちゃった」
次の瞬間、フー子が爆発した。
「あははははははははははははははは! なによ、そのオチ!」
「フー子うるさい!」
大口を開けて笑うフー子を睨みつけたが、何の効果もない。
「先生まで巻き込んで『つばさ110番』の連絡網つくっちゃったわけ!?
心配して損した!
あははははははははははははははははは!」
痙攣するほど笑ったフー子が落ち着いたのは、5分以上経ってからだった。