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ついんLEAVES
第一回 3 |
家では朝食時間内に片付いた「お兄ちゃんヤメテェ−ッ!!」事件だけど・・・
町内では、始まったばかりだった。
予想通りのサラシ者だ。
風にのって有象無象のヒソヒソ話が聞こえてくる。
というか、あからさまに聞こえよがしなんだけど。
「げっ、あいつだよ・・・・日枝さん所の」
「ああ、例の変態息子」
「とうとう我慢できなくなったらしーな」
「盛りがきた猫じゃあるまいにねぇ」
「どうして警察は捕まえねんだ?」
「ほんとに」
周囲の視線を怖がって、つばさが俺にびったりくっついてるのも逆効果。
「見てらんないよなぁ」
「鳥倉さんも大変だわ。あんなのと隣同士で」
「つばさちゃん可哀相」
「きっと脅してるのよ」
「脅してる?」
「だから、『俺を裏切ったら○○してやる』とか言って、離れられないようにしてるの」
「屑よクズ。男って嫌な生き物だわ」
「阿呆、俺らとあの犬畜生を一緒にすんな」
あんまり無いこと無いこと言ってるから、だんだん気にするのが馬鹿らしくなってきた。
「お、お兄ちゃ〜ん」
振り返ると、つばさが申し訳なさそうに俺を見上げている。
「あー、気にしてない気にしてない。だからつばさも気にすんな」
「でもぉ・・・・」
「平気だって」
軽く頭に触れると、少しだけつばさは表情を和らげた。
そうして歩いてるうちに、双葉(そうよう)学園の正門が見えてくる。
珍しい部類に入ると思うんだが、俺達の学園には正門が四つある。小中高大の一貫制で、一つの敷地にいくつも校舎があるからだ。
とうぜん生徒数は万に達し、知ってる奴より知らない奴が多いのが普通だ。
普通なんだけど・・・・
(主につばさのせいで)俺とつばさの関係は学園中に知れ渡っている。
とはつまり、俺とつばさの「誤解された」関係が。
わりと小柄で、裏表のない明るい性質(たち)だから、つばさは女子の間でマスコットとして可愛がられてるらしい。
見た事ないけど(正確には、見たくもないけど)『つばさちゃんWatch』なる掲示板が学園ネットにあるそうだから、たぶん男女選ばず、それなりに知られてるんだろう。
というか、人気者と言っていいと思う。
ただし変に有名なのも考え物で、実物をよく知らない学園生は、どういうわけかつばさを「ダメ男に一途の、純情可憐な薄幸の美少女」と思い込んでるフシがある。
双葉学園は中高等部が男女別制だから、共学の奴らより色恋沙汰に敏感なのはわかる。
男女が肩を並べるだけでからかいたくなる気持ちも、わからない事はない。
だからといって、歳の離れた幼馴染(=つばさ&俺)まで無理矢理に恋人扱いするのは勘弁してほしい。
場を顧みないつばさの言動が火に油を注いだってこともあるけど、去年の春までランドセル背負ってた『おこちゃま』相手に、恋愛感情なんて生まれようがない。
それくらい常識でわかるだろう?
と、何十回言ったかわからないけど、信じてくれた奴は一人もいない。
決定的だったのは一昨年(おととし)の学園祭だった。
何の因果か最終日のイベントで『不釣合いなカップルで賞』に選ばれてしまい、以来、うちの学園で「ロリコン」と言ったら俺のことになっている。俺にすれば、まだ小等部だったつばさをノミネートした奴のほうが、よっぽどロリコンだと思うんだが。
(余談だけど、その時の賞品は色違いのマグカップで、俺のカップにだけタバスコが塗られてた。今はつばさン家で歯磨きコップになっている)
校門に近付くにつれ、周囲の敵意ボルテージもぐんぐん上がってきた。
慣れてるとはいえ、今日はいつも以上に強烈だ。
つばさが怯えて俺の腕にしがみつくのが、殊に敵意を煽ったりするんだが、むげに引っ剥がす事もできない。
(つか、どうして皆、30分前の出来事を知ってるんだ?)
首をひねってると、あっけらかんとした笑い声が聞こえた。
「あはははー。今日も大変だねー」
「おう、フー公か。見ての通りだ」
「フー公じゃなくて、ふ・う・こ。」
「あ、フーちゃん。おはよー」
知り合いの顔を見て、つばさがわずかに笑顔を見せる。
フー子・・・女子高等部の涼島房子(すずしま ふさこ)がつばさに手を振って応えた。手にあわせて跳ね髪がぴょこぴょこ動く。
「フー子、お前また寝癖なおさなかっただろ」
「直したわよ。癖っ毛なんだから仕方ないでしょ」
フー子とは小等部以来の付き合いだ。
さっきも言ったけど中・高等部は男女別制だから、中等部に上がった時点で男子と女子の縁が遠のくのが普通だ。でもコイツとは今でも会う機会が多い。たぶん家が近いからだろう。街でつばさと遊んでるのも時おり見かける。
「ね、日枝」
フー子が、一片の邪気もない微笑を浮かべて近寄ってくる。
「なんだ」
「今朝のあれ、ウチまで聞こえたわ・・・・・よっ!」
「っ!?」
フー子の笑顔が擬態だと気付いたのは、蛇のように動いた彼女の手が俺のネクタイを捕らえた後だった。
ネクタイがぐいと締まる。
「フ、フー・・・!」
「ボケ日枝」
冷たい囁きを耳にして、俺はようやく気付いた。
こいつ、眼が笑ってない。
「あんたね、つばさをしっかりエスコートしなさいよ。かわいそうじゃない。こんなに怯えちゃって」
密やかに言いながら、フー子の手が着実に俺の喉を締め上げていく。
「ンな事言ったって、この騒ぎはもともと・・・・グェ!」
「わかってるわよ。アンタにつばさをどーこーする甲斐性なんてあるわきゃないっしょ」
訳を知らない野次馬なんかより、よほどヒドいこと言ってないか?
「それより、こういう場合は男がしっかりフォローすんの!
女の子が傷つかないように。わかった!」
「・・・・・・・・・・・・・・・・」
おお、不滅の神々よ。
どーして女という生物は皆、俺に行動と責任を押し付けようとするのでしょうか。
俺が心の中で天に嘆いていると、さらに首が絞まった。
「わかった、わかったからネクタイを放せっ」
「よし」
するりと手をほどくと、フー子は何事もなかったようにニパッと笑った。
そして、俺達の間に何があったか知らず、きょとんとしているつばさの肩に手を回す。
「もう大丈夫だよー。こっからはお姉ちゃんがつばさを守ったげるからねっ」
「え? あの、フーちゃん?」
「さあさあ、早く中に入ろうねー」
「あうぅ〜。お兄ちゃん、後でね!」
手を振るつばさを強引に押しやりながら、フー子は鞄を持ち上げ校門にあごをしゃくった。
(帰りにここで)
(わかった)
まさに一陣の旋風。
辺りを見やると、学園生たちがフー子の行動に毒気を抜かれている。
(やれやれ・・・)
俺はネクタイを直しながら、つばさ達に続いて校門をくぐった。
高等部のフー子がつばさを守れるかどうか知らないけど、たぶん周囲がつばさを放っとかないだろう。
問題は、俺のほうだ。