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ついんLEAVES
第一回 2 |
「うう〜、ゴメンナサイだよ〜」 「ごめんで済むか。ガッコ行ったらサラシ者だぞ、新年早々」 「だからゴメンナサイってばぁ」 スプーンを咥えたまま、つばさが上目遣いで俺を見る。 「なんで自分の部屋で着替えするだけで、悲鳴あげられなきゃいけないんだ? フツー逆だろ」 「も〜、お兄ちゃあ〜ん・・・」 つばさの声が半泣きになったので、俺はそれ以上の文句を止めた。
「お兄ちゃん」と呼んでてもコイツ・・・つばさは、ほんとの妹じゃない。 俺の姓は「日枝(ひえの)」。 つばさは「鳥倉(とりくら)」。 つばさは向かいの家の子だ。昔からの癖が抜けないまま、俺が高等部、つばさが中等部に入った今でも、お兄ちゃんと呼ぶ。
親戚でも何でもないつばさが、どうして俺を起こしにきたり、並んで朝食を摂ってるかというと・・・・
俺の母さんとつばさン家のおばさんは、二人仲良く外出し、一緒に事故に遭い、帰らぬ人となった(それはとんでもない騒ぎになったらしいけど、俺達は小さかったからよく覚えてない)。
以来つばさン家は、つばさと親父さんの二人で暮らしている。けど、おじさんは仕事が超多忙、帰宅する日のほうがが少ないくらい。 んで、俺の親父は早々に再婚を決め込んだ。 さいわい継母となった人はとても良い人で、つばさを娘同様に可愛がった。 自然、つばさは食事も遊びも勉強も、つまり寝る時以外ほとんどウチで過ごすようになり、今に至っている。
カリカリに焼かれたパンを齧りつつ、横目でつばさを見ると、スプーンをくわえたまま俯いていた。 「スプーンは食い物じゃないぞ」 「・・・・うん」 頷きはするがスプーンを放さない。 手を出しかねていると、キッチンから美乃里(みのり)さんが出てきた。
美乃里さんは親父の再婚相手で、俺の義理の母親。 母親といっても十歳違いだから、付き合い方は歳の離れた姉弟という感じだ。
「親父はもう?」 「あたしを起こさないで行っちゃった。4時半くらいかしら」 「それ早すぎ」 「朝一番の飛行機で来るお客さんの準備だって、昨日言ってた」 「ふーん」 美乃里さんは自分用のパンとコーヒーをテーブルに置き、腰を下ろす。 そこで、落ち込んでいるつばさの様子に気付いた。 「あらぁ? お兄ちゃんたら、まだイジメてるの」 「いじめてない」 「ほどほどにしないと、乙女心に深〜い傷が残っちゃうわよ」 「だからいじめてないって」 「でも、『許す』って言ってないでしょ」 「ああ」 「もう! お兄ちゃんてば困った子ねぇ。 女の子はね、好きな人にイジメられたら心配で心配でご飯なんて食べられないのよ?」 「一部勘違いしてるし、いじめてもいないって」 美乃里さんは聞いてなかった。両手をあわせて、身悶えるように体をくねくねと動かしている。どこぞの怪しい蛇踊りみたいだけど、当人は乙女心を表現してるつもりらしい。
「好きな人にイジメられるなんて、女の子には大事件よ。 『私が悪いことしちゃったから!?』って慌てて、 『どうしたら仲直りしてくれるかな』って考えこんじゃうの」
「・・・反省する過程がないんだけど」 「それが乙女心なの!」 美乃里さんはビシッと言い切った。 「女の子の心は理屈じゃないんだから。 男の子は女の子をいつも見ておく事。 それで何かあったら、女の子がして欲しいことを考えて、女の子の期待を裏切らずに行動しなきゃ」 「・・・つまり乙女心ってのは理不尽でわがままで気分屋だから、 男は女を日頃からよく観察研究して、有事には上手く対処しろって事か」 「う〜ん・・・大部分あってるけど、ちよっと嫌な言い方ねぇ」 眉根にシワを寄せて美乃里さんは首を傾げた。
「それで、その美乃里さん流でいけば、つばさの対処法は?」 「だからさっき訊いたでしょ。『許す』って言った?」 「言ってない」 「ほら、わかってない。つばさちゃんが心配してるのは誰のこと?」 「俺」 「つばさちゃんが心配するようになったのは、どうして?」 「俺の着替え中に部屋に入ったから」 「じゃあ、つばさちゃんは何でお兄ちゃんの部屋に入ったの?」 「俺を起こそうとして」 「ね、つばさちゃんはお兄ちゃんが遅刻したら大変だから、お兄ちゃんのためを思って部屋に入ったのに、その事が原因でお兄ちゃんに怒られてるのよ。 だからつばさちゃんが困って困って、乙女心が傷ついちゃうのもわかるでしょう?」
「・・・・・・わかるよーな・・・・・・・わからないよーな」 「わかりなさい! それから、つばさちゃんにきちんと謝ること。いい?」
「・・・・・・・・・えーと」 いつのまにか、ものすごーく理不尽な展開になってないか?
「いい!?」 美乃里さんの目が鋭角三角形に吊り上がった。 本気のしるしだ。
「あーと、んーと・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ ハイ・・・・・・・・・・・・・ワカリマシタ」 「じゃあ、今すぐつばさちゃんに謝りなさい」
「・・・・・・・・・・・・・・・えーと・・・・・・・・・・ つばさ・・・・・・・・・・・・・・・・・その、悪かったな」 つばさは俯いたまま、ちらりと俺に視線を走らせ、こくりと頷いた。
そしてようやくスプーンを手離し、冷めたパンに手を伸ばす。 「だめよ、つばさちゃん、そんな冷たいパン美味しくないでしょ。こっち食べなさい」 美乃里さんはつばさのパン皿を取り上げ、自分のを押した。 つばさがびっくり顔で美乃里さんを見ると、美乃里さんはにっこりした。 「早く食べないと遅刻しちゃうしね」 その言葉を聞いて、カレンダー兼用の液晶時計を見る。
危険な時間だった。
「うわ、ヤバッ。つばさ早く食べろ! パンなんて牛乳で流し込め!」 「う、うん」 「って、あー! どーしてお前は牛乳だけ先に飲むんだ? いや、立たないでいい、食ってろ! 俺がおかわり持って来るから」 「あ、ありがと・・・お兄ちゃん」 「いーから食え!」 「んふふ〜。いいお兄ちゃんねぇ」 「ホノボノしてる場合じゃないっ」 家を出るまで、美乃里さんが俺に考える暇(いとま)をくれなかったのは、ぜったいわざとだと思う。
で、家を出てから気付くんだ。
なんで俺が謝んの???
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