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(最悪だあ〜〜〜〜〜)




 外岡さんは人気者だ。クラスを超えて、性別の隔てなく好かれている。

 そんな彼女だから、みんなが気軽に手を振り、挨拶していく。

 二人きりになって話せる機会なんて、ほとんどない。

 次々に同級生の現れる教室・・・・・

 仲良しグループの中心に外岡さんがいる。

 彼女を横目で見て、僕は心の中でため息を吐いた。

 教室に入った時、一瞬だけ目が合ったけど、向こうからそらされてしまった。



(さっきは数少ないチャンスだったのに・・・・・)


 美守さんの突飛な行動のせいで、台無しだ。


(あの人も、もう少しイタズラを控えてくれれば、いいお姉さんなんだけどなあ・・・・)


 美守さんはきまぐれに、場所柄をわきまえず僕をオモチャにしようとする。

 中学でもそうだった。

 「あの子いいなぁ〜」と思う女の子がいると、その子の近くにいる時に限って美守さんが密着してきたり、誤解されそうなセリフをばんばん言い放つんだ。

 珠緒も似た傾向があるけど、美守さんのがずっと極端だった。

 いったい何度、恋の芽を摘まれたことか・・・・

 本人が”ブラコン・ショタ教師”の十字架を背負うのは自由だけど、僕まで巻き添えにするのは勘弁して欲しい。

 嫌味なほど晴れ渡った外を見てアレコレ考えていたら、肩を叩かれた。


「よーっす、良。何か朝からイベントがあったって?」


「・・・・おはよ」


 友達の杉野(すぎの)だった。カバンを持ったままなのを見ると、いま登校したばかりらしい。

 杉野に曖昧な笑顔を返していると、隣の管埼(かんざき)さんが身を乗り出した。


「はーい、杉ちゃん。それなら、あたし見たよ」


「お、今日は何だった?」


「それがねぇ、昇降口の真ん前で・・・・・・みんなが見てるのに堂々とよ・・・・?

 噂の犬養姉弟が・・・・・熱烈なラブシーンを見せつけてくれたのーっ!」


「何いぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!? 見てぇーっ!」


「いや、ラブシーンじゃないから。見せつけてないから。見なくていいから」


「姉と弟! 教師と生徒! 美女と少年の歳の差恋愛! ネタとしちゃ最高よね〜っ」


「管崎さん、恋愛モノの見すぎ・・・・」


 つか、どれ一つとして合ってない。

 美守さんは姉じゃないし、ニセ教師だし、恋愛してないし・・・・それに、いくらなんでも九百年は歳の差あり過ぎ

 僕の心の声など誰に届くわけもなく、杉野は一人合点して身悶えていた。


「ちくしょう・・・なんてオイシイ画像を見逃しちまったんだー!

 良ッ! 次にやる時は、ぜってーオレを呼べよなっ」


「だからしないって」


「むしろ杉ちゃんが早起きして学校来れば?」


「いや、無理」


「即答してるし・・・・」


 一々付き合ってやる僕もたいがい律儀だけど、人の話を聞かない杉野もかなりアレだと思う。

 その後、しつこく「熱烈ラブシーン」とやらの詳細を聞いてくる杉野に、同じく友達の細井や今泉も加わり、何だか嫌な賑わいになった。


「ったく良は恵まれすぎたよなー」


「そうだよ。あんなキレイなお姉さんとドキドキでラブラブな毎日を送っちゃってさー」


「送ってないから。断言する」


 身の危険を感じてドキドキする事は毎日だけど。


 顔に苦笑を貼り付けたまま相手をしてると、ふと視線を感じた。

 視線の主は・・・・・


(外岡さん・・・・?)


 いつから僕を見てたのかわからないけど、外岡さんは目が合うと、すっと顔を背けてしまった。


(あ〜あ。やっぱり外岡さんに呆れられてる・・・・・・)


 ずーんと心が重くなる。

 その後すぐにホームルームが始まり、終業式に参加して−




 僕は下校時間まで、ついに外岡さんと話す機会を見つけられなかった。








「じゃあな、良。今度は付き合えよなっ」


「ばいばい、またねぇ」


「また新学期〜」


 口々に挨拶し、列を作って出て行く杉野たち。

 彼らに手を振って、僕も帰り支度を始めた。

 終業式祝いのヒマ潰しフルコースに誘われたんだけど、断った。

 外岡さんの件で気落ちして、とても乗り気になれなかったから・・・・・

 その外岡さんはホームルームが終わるのを待ちきれなかったかのように、大急ぎで教室から出て行ってしまった。

 あまりの素早さに、担任の石田先生が目を丸くしたくらい。


「空(くう)ちゃん、早かったねぇ〜」


「あたし、遊びに誘おうと思ってたのに」


「あたしも〜」


「半日で終わりだし、デートの約束でもしてたのかなあ」


「そうかも。外岡さんのカレシって、どんな人かな〜」


「あ、ちょっと見たいかも」


 女子のくすくす笑いが聞こえる。

 余計に気持ちが沈んだ。

 確かにあれだけ人気のある女の子だ。引く手あまたなのは間違いない。

 僕が知らないだけで、カレシがいてもおかしくないだろう。


(やっぱり、身のほど知らずだったのかなあ・・・・・)


 重い足を引きずるように、昇降口へ向かう僕・・・・・





 昇降口に着いた時、胸ポケットが震えた。


「わふっ」


 少し驚いてブレザーの上から押さえる。ケータイのバイブだ。

 ウチの高校、ケータイ持込が黙認されてるとはいえ、授業中に着信音が鳴ると一時預かりになる。それに自由時間でも、先生の前でケータイを使うと嫌がられる。

 周りに先生がいないのを確認してから、ケータイを取り出した。

 液晶に”NekoTama”の表示・・・・珠緒だ。


「もしもし」


『にゃーす。ボクだけど、いま話せる?』


「話せるけど、何?」


『あぁ・・・・えっと・・・・上手くいったのかなーって・・・・』


 上手くいったかって・・・・告白のことだろうな、これは。


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


『・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・リョー?』


 受話器から、低く抑えた珠緒の声がする。

 僕は肺が空っぽになるほど長く息を吐いた。


「いや・・・・ちょっとあってさ。今日はダメだった」


『そ、そうか・・・・!』


 僕の答えが届いた途端、珠緒の声が上ずった。


『どんまいどんまい! あんま気にすんなって!』


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


『メアリーに言って昼飯用意しとくからさ。あと今夜は残念会な!』


 跳ねるように調子よく言葉が受話器から飛び出してくる。


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・おい」


『ぶっ倒れるほどヤケ食いでもすりゃ、すぐ忘れるって! なー!』


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・珠緒」


『まぁ、リョーには身近にもっと似合いの子がいる・・・・何か言った?』


「何を考えてるかわかんないけど、とりあえずムカツクからやめれ」


『な、何だよーっ。ボクがせっかく慰めてやってんのに』


「どう聞いても人の不幸を喜んでるとしか思えないよ」


『・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・』


 珠緒の口が止まった。

 しばらく気まずい沈黙が流れ−

 「ちょっと言い過ぎたかな・・・」と思い始めた頃。

 珠緒がぽつりと言った。

 耳を疑うような一言を。


『喜んでるよ、ボク』


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・え?」


『リョーがその子と上手くいってたら、許せなかった』


 な、何を言い出すんだ、この猫又は。


『逆に聞きたいんだけど、リョーはわかんないの?』


「なにが」


『だから・・・・どうしてボクが喜んでるか』


「そんなの、僕をからかって遊びたいからだろ。言っとくけど−」


『このバカ−−−−−−−−−−−−−−−−ッ!!!』


 一瞬、ケータイが爆発したかと思った。それくらいの大音声。


『ボンクラ! トーヘンボク! ヒョーロクダマ! ニブチン! 分からず屋−−っ!!』


「な・・・・・・・な・・・・・・な・・・・・・・!?」


『リョー、いいか! 家に帰ったら答えを脳みそに叩き込んでやる!

 泣いて謝るまで許さないぞコンチクショー!』


 最後に『グスッ』と変な効果音がして、いきなり通話を切られた。


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


 僕はじんじんと耳鳴りを感じながら、それこそバカみたいに突っ立っていた。

 沈黙したケータイを呆然と見る。


「なんなんだ・・・・・あいつは・・・・・・・」


 ただでも破天荒な奴だが、今日は完全に理解の範疇を超えてる。

 モノノケを理解しようと考えるのが無茶なのかもしれないけど・・・・

 首を振り、ポケットにケータイを収める。

 ふと辺りを見ると、昇降口はがらんとしていた。

 いつの間にか、みんな下校していたらしい。

 一人トボトボと靴箱へ歩く。


(珠緒、切る前にイヤなこと言ってたなあ・・・・)


 脳みそに叩き込むとか、泣いて謝るまで許さないとか−

 少しゾッとした。

 憂鬱になりながら自分の靴箱を開ける。


 ひらり。


「?」


 足元に紙切れが舞い落ちた。

 靴箱から零れてきたそれを摘み上げる。


「何だろ?」


 リスか何か、小動物がプリントされたメモ用紙。

 そこに書かれた丸みのある文字。


「!?」


 僕は弾かれたように駆け出した。


 






お話ししたいことがあります

屋上で待ってます

 外岡 空










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