世の中には色んな人がいて、色んな特徴や特技を持ってるよね。
想像もできない事ができたり、誰もが羨む力を持っていたりして。
僕にも他の人にはない特徴・・・・というか、体質がある。
人でないものに好かれやすいんだ。
たとえば−
振り向くと、その一例がいる。
「なぁに、りょーちゃん」
「何でもないです」
「素直に言っていいのよ。お姉ちゃんに見とれてたって」
「・・・・・・・・・・・・」
咲き誇る薔薇(バラ)のように艶然と微笑む美守さん。
本人はただ笑ってるつもりでも、周りはそうじゃない。匂い立つ色気に、慣れてる僕ですら頬が熱くなったし、通りすがりの男性が見惚れて電柱に衝突してる。
僕と並んで学校へ向かう、この絶世の美女。表向きは僕の学校の先生で親戚、という事になってるけど、正体は・・・・・
”送り狼”だった。
物の怪(モノノケ)、
妖怪、
変化(へんげ)、
魑魅魍魎(ちみもうりょう)−
たいていの人は一生縁がない存在。
何の因果か、生まれつき僕はそうしたモノに好かれやすかった。異常なほど。
父さんはずっと仕事に忙しく、国内外を問わず頻繁に転勤を繰り返した。
小さな頃から引越しの多かった僕は、この体質のせいで行く先々、たくさんのモノノケとご対面することになった。たいていは友好的で・・・・たまに敵対的に。
おかげで知らない人ばかりの町に居ても退屈しなかったものの、大きな問題も生じた。
こんな僕の何がいいのか・・・故郷を捨ててまで追いかけてくるモノノケが現れたんだ。
強引なモノノケになると人間の姿をとって、堂々と家に住み着いちゃったりする始末。
いま僕が両親と一緒にいないのは、将来の受験を考えてる事もあるけど、何よりも「これ以上”家族”が増えたら困る」とゆー切実な悩みがあるから。
今のメンバーだけでも持て余してるんだもん。
さっきも言ったけど、美守さんは山のモノノケ、”送り狼”。物の本によれば、山で人が迷うと善人なら麓(ふもと)へ案内し、悪人は食べてしまったとゆー・・・・怖っ!
珠緒は”猫又”。雪の日に寒さで震える猫を拾ったら、なんと化け猫でしたとゆーオチ。
ふみちゃんは”座敷童”だ。気がついたら家に住んでた。
それからハウスキーパーのミセス・メアリー・メンシャン(独身だけど)。彼女は”シルキー”と呼ばれる英国のモノノケ。
仲良しのライ君もそうだ。ネバダ山中でボーイスカウトのキャンプ中に知り合った"雷鳥(サンダーバード)"。雷鳥(らいちょう)じゃないよ。
この他に、誰にも見えない屋鳴(やなり)さんとか、目目連(もくもくれん)さんとか、色んなモノノケが居る。居るけどキリがないから省略。
そんなわけで、かなり騒がしい僕の日常なのだった。
学校が近づくにつれ、同じブレザーをきた学生が増えてくる。今日はいつもより早いにもかかわらず、けっこうな数の視線を感じる。
注目の原因は、もちろん隣にいる美守さん。
”美人教師の同伴出勤”はすっかり我が校の名物になってしまった。
美守さんが現れてからというもの、僕は小中高を通して一人で登校した日がない。
雨が降ろうが雪が降ろうが、美守さんは必ず僕と並んで出勤する(帰りは時間が合わないから別々)。
この同伴登校、恥ずかしくて何度も止めるように頼んだんだけど、その度にマジ泣きされて諦めた。今では”送り狼の習性だから仕方ない”と、半ば悟りを開いている。
校門に到着。
門の傍らに桜が数本植えられている。見上げると、枝の先端が小豆色に染まっている。花開く日は遠くなさそうだ。
そうそう、モノノケの中には木の精(コダマと呼ぶそうだ)がいて、もちろん桜の精もいる。前に風の噂で、人間と同居してメイドをしてる桜の精の話を聞いたっけ・・・・さすがに嘘だと思うけど。
幸いこの辺りの桜はモノノケになるほど歳経てないから、余計な心配をしないで純粋に楽しむことができる。
美守さんと並んで桜の下をくぐり抜けた時、後ろから声がかった。
「犬養くん、おはよっ」
明るく元気でさわやかな声。
すぐわかる声の主に、僕はできる限りの笑顔で振り返った。
大きな目、深い藍色の瞳、白磁のように透明感のある滑らかな肌。
外岡 空(とおか くう)さん。
造化の神がこれでもかと磨き上げた美しさ。
栗色の髪にできたキューティクルが、本物の天使の輪に見える。
「おはよう、外岡さん」
外岡さんはにっこりと笑みを返してくれた。それだけで僕は最高に幸せになる。
「う〜〜・・・・・」
なぜか美守さんが低く唸った。
「犬養くん、今日は早い?」
「うん。ちょっとね」
「明日から春休みだね。あ、大上先生も、おはようございます」
「おはよう、外岡さん・・・・”も”って、私はおまけかしら?」
「すっ、すみませんっ」
慌てて頭を下げる外岡さん。
美守さん、顔はにこやかなのに、こめかみが微妙にひくついてる。
(・・・・何で怒ってるんだろ?)
と、美守さんが僕の腕を取った。
取ってそのまま、胸にぎゅうって・・・・
(えええええええええ!!??)
気がついたら、美守さんに半ば抱きしめられていた。
「み、美守さん!?」
(胸が、胸が、胸があたってる−−−−−−−−っ!)
柔らかな感触に僕は一気に赤面。外岡さんも呆気に取られてる。
あ然とする僕らに構わず、美守さんが甘い声で囁いた。
「ねぇ、りょーちゃん。ホームルームまで時間あるから、社会科準備室でお茶でも飲まない・・・・?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
お茶菓子もあるわよ、と耳に息を吹きかけてくる美守さん。
ここは朝の学校、生徒の行き交う昇降口だ。
熱烈な抱擁をする美人教師と抱きつかれた男子生徒を、無数の生徒がぽかんと口を開けて見ている。
かちかちに石化した僕。
外岡さんも見事に硬直。
教室から僕らを見つけた女子が”きゃーっ”と声をあげたのを聞いて、ようやく呪縛が解かれた。
「お、大上先生っ。学校で何してるんですか!?」
真面目な外岡さんが、顔を真っ赤に染めて抗議した。
「姉弟の愛情表現だけど・・・?」
それが何、と言わんばかりの美守さん。今度は僕の腕だけじゃなく、上半身全部に手を伸ばしてくる。
(美守さん、マズイってばー!)
僕は慌てて離れようとして・・・・逆に引き寄せられた。
悲しいかな人の力なんて、モノノケと比べたら蟻か蚤くらいのものなんだよね・・・・
さらにとろけるような顔で、声で、美守さんが追い討ちをかけた。
「さあ、りょーちゃん。お姉ちゃんと二人っきりで、あまーい朝のティータイムを過ごしましょ・・・?」
「!!」
「なっ!!??」
外岡さんの顔があからさまに強張った。
(わ−−−−−っ! わ−−−−−っ! シャレになってないよー!)
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・犬養くん」
「は・・・・・・・はひ・・・・・?」
「・・・・・・・・・お姉さんと仲が良くて・・・・・いいね・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
しいいいいいいいいいいいいいいいん・・・・・・・・・・・・・
「お先に失礼します」
底冷えのする声で挨拶すると、外岡さんは髪をなびかせ、大股で昇降口に行ってしまった。
残されたのは、寸分の隙もなく密着した僕と美守さん。
生ぬるい風が、ひゅる〜っと通り抜けた。
「・・・・・・・・・・・・・・外岡さ〜ん・・・・・・・・・・・」
「行っちゃった♪」
「う〜〜〜〜〜〜・・・・・・・・・・・・・」
(ひ・・・ひどすぎる・・・・・)
「なんで・・・・・こんな事・・・・・」
強い非難を込めて美守さんを見上げる。だけど、彼女は余裕の微笑を返してきた。
「言ったでしょう? 障害が大きければ大きいほど、愛は燃え上がるって」
「ぜんぜん意味わかんないよーっ! あぁっ、外岡さんと話さなきゃ・・・・!」
「がんばってねぇ♪」
おどける彼女を振りほどいて走り出す。
外岡さんのことで頭が一杯の僕には聞こえなかった。
桜の下に取り残された美守さんの言葉を−
「私の宝物・・・・・・・・他の女になんて・・・・・・・・」