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”本日付朝刊のスポーツ日ノ丸に掲載された、首相の腹踊り事件について、官邸が公式に否定コメントを発表しました。
 「掲載されたような事実は一切なく、今後法的手段も含めて対応を検討したい」とのことです。”


「また腹踊りかよ」


「今日一日、アレばっかじゃね?」


”これに対しスポーツ日ノ丸のD編集長は緊急記者会見を行いました。
 「情報源は十分に信頼できるものであり、我々は首相が腹踊りをしたと確信している」と述べた編集長は・・・・”


「飽きるな・・・」


「飽きたな、腹踊り」


”次はN騎手がO競馬場最終レースで斜行した件の続報です。”


「おっ、これこれ!」


「あん?」


「このバカのせーで大損させられちまったんよ」


”「レース終盤、急に脚運びがおかしくなった」というN騎手の申告に基づきコウカイサキニタタズを診察したところ、左の後脚に不自然な傷痕が発見されました”


「なんだなんだあ?」


「ヤバい系の話になってね?」


「んむー」


”JRAはこの件について警察に報告するとともに、競技画像の解析などで当時の状況を詳しく調べたいとの事で、最終的な判定は延期される模様です”


「ま、とにかく斜行しやがったそいつが俺のウマを塞ぎやがってよう。ホントだったら連複大当たりだったんだぜコンチクショー」


「万馬券ばっか狙うテメーが悪い。ちっとは安全パイに張っとけ」


”次は北海道で起きた事件または事故のニュースです。”


「ばっか、競馬はロマンよ? 大当たりに張るのが男ってもんだろ」


”今日、札幌市内のビルで謎の失神騒ぎがありました。”


「・・・・・テレビ」


「ん?」


”本日午後三時頃、札幌の中心部にあるクリスタル・ビルディング ノースウィング六階、株式会社ファミリー・ネットワークより119番通報があり、救急隊員がかけつけた所、失神状態にある男女十六人を発見しました”

「おいっ、ファミリー・ネットワークって!」


「黙れ」


「・・・・・・・・・・・」


”・・・・救急車十数台と警察車両が出動し、避難者や見物の群集などで現場は一時騒然となりました。
 病院に運ばれた人々は、いずれも精神的に不安定な状態にあるとの事で、警察は病院関係者も同席のうえで慎重に聞き取りを進めています”


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


”なお18時頃、北海道警察と札幌消防局が合同で調査委員会を作り、事件事故双方の可能性を踏まえて調査すると発表しました。
 ・・・・次は為替と株の値動きです”


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


「今の会社って、アレだよな?」


「・・・・・・そうだ」


「ありゃあ、再起不能だぜえ」


「ったく、あれ程シツッコク言ってやったのに」


「あ〜あ」





「「やっちまった」」










 









 初夏とはいえ、北国の夜は肌寒い。川の傍なら尚更だ。

 国道に架けられた橋の近く。

 市街地を抜けた大小の車が通り過ぎる。

 台数は多くないものの、エンジン音は橋の下にごうごうと響く。

 闇の色濃いこの時間。地元の者も寄り付かない。

 そんな場所に、中年の小男がぽつんと立っている。

 何を考えているのか、札幌の街の灯を眺めては、平たい両手をズボンにこすりつけている。

 と、小男が動きを止めた。耳たぶのない薄い耳が、ひくひくと動く。

 音を捉えた。

 ごくごくかすかな。

 人の耳では捉えきれないほど僅かな風の動き。

 騒音と空気の流れを裂くように、川の対岸から近づいてくる。

 小男が掌を上げる。

 橋を横断していた風切り音が、急に減速した。

 男が手を下ろす。それと同時に、肩口に何かが乗った。

 とても軽い。


「久しきぞ、口と心ひろき者よ」


 耳元で発せられた言葉は甲高く、また力強さを感じさせる。

 男が応じた。


「久しいな、小さくも聡(さと)き者よ」


 首をひねると、視界の隅に人の姿が映る。

 小さい。

 高さは30センチほどか。知らずに見れば、人形と見間違えるだろう。

 しかし人形にしては動作が自然すぎるし、仕草一つにもメリハリがある。そんな人形はどこにもない。

 それは人にあらずして、人の現れる遥か昔よりこの地に在ったもの。

 コロボックルが赤い唇を開いた。


「遠近(をちこち)で覚えのある水の臭いを嗅いだが、やはり貴公であったか」


「うむ。狼も察しておったが、お主もよくわかった」


「貴公の臭いを忘れるはずがなかろう、ポロパロよ」


「ふっ。それでこそイヨイタクトゥイェ」


 小人と小男は隔意のない笑みを交わした。



 コロボックルとポロパロ。

 かつては敵対し命を狙った仲。

 だが、今のやり取りに影はない。

 彼らに新たな関係をもたらしたのは、共通の友。

 交わるはずのなかった存在が、交わるはずのなかった両者を結びつけた。

 そうして肩を並べるに至る。



 コロボックルは目を細め、てらてらした小男の顔を眺めた。


「貴公、気の断ち方が上手くなったぞ。その臭い無くば、我とて気付かなんだ」


「人の世は煩わしい事が多くてな。上手くもなる」


「それに言葉も変えたな?」


「郷に入れば郷に従うものさ。そう言うお主も良い相貌(かお)になった」


「我も色々あったのだ。いつまでもマッカチ(小児)ではない」


「だろうな」


 ポロパロがにんまりした。本人は微笑したつもりかもしれないが、顔の造作のせいでどうしても上品な笑顔にならない。


「村の様子は変わりなしか? 緑をまとう者よ」


「大方はな。水をまとう者よ」


「そうか」


 小男が得心したように首を振った。


「リョウも息災で何よりだ。しかし小さき者よ、心穏やかで居れまいが?」


「さて何のことか。額広き者よ」


「お主のホクフの周りに居る、雌どもだ」


「・・・・・ふむ?」


 コロボックルが先を促すように鼻を鳴らした。


「気にならんとは言わせんぞ」


 ポロパロが横目をコロボックルに送る。小人は無表情に視線を受けとめた。

 煌びやかな電光を振り撒いて大型トラックが通り過ぎる。積載超過の車軸が乗るたびに橋桁が震える。

 穏やかな風の中で、小人の口元が微妙な曲線を描いた。表情がゆっくりと露(あらわ)になる。


「・・・・・・・・・・・・・・・くくっ」


 ついに低い笑い声が漏れた。


「貴公、そのような話のために我を待っていたのか」


「成り行きを知る者が行く末を気にかけて悪いか、門を守る者よ」


 予想に反した小人の反応に、口調を硬くするポロパロ。

 小人は首を横に振った。


「気に障ったならば赦せ、口を守る者よ。しかしだ、そもそも無用の心配ぞ」


「そうか?」


「我ら一族は常にウタリを目に掛けておる。ウタリに添う者もな」


「さもあろう」


「彼の女どもに二心あらば手を打とうが・・・・何れ斯様な慮りの要らぬ、誠心の徒ぞ」


「儂はその一端しか見とらんが・・・だからこその懸念だ」


「はて?」


 コロボックルが首をかしげて札幌の夜景を見た。

 瞬く光のどこかに、彼らの友がいる。

 慕わしい友を探し求めるように、コロボックルの視線は左右に揺れる。


「儂はコロボックルのように気安に考えられん」


「水の行く末を計る者よ、何故にそのような杞憂を抱く」


 小人の問いかけに、小男が胸を反らした。


「命の行く末を諮る者よ、危惧を抱かぬお主が不可解だ。ホクフを委ねてそのように安心できるものか? コロボックルはもそっと情が深いはず」


 小人が力強く頷いた。


「もちろん我らはウタリを思うこと他の誰にも負けぬ」


「ならば−」


「ならばこそ、だ」


 コロボックルは、ポロパロの反論を口と身振りで抑えた。


「我らの誓いは何ぞ? 務めは何ぞ?」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


「それはウタリに良き道を歩ましめる事であろ。そのための約定よ。そのためのイワエツゥンナイよ。
 リョウが幸(さち)多き生を得てこそ、門が開かれよう」


「門のために不誠実も構い無しと言うのか」


「くはははは!」


 コロボックルはたまりかねたように声を上げた。


「貴公は人の世がよほど肌に合うたらしいな!」


 空を仰いで憚ることなく笑う。


「ポロパロよ、貴公の心遣いは感謝する。が、話が些か逸れておるぞ?」


「・・・・・・・・むう?」


 口をへの字に結んだポロパロに、コロボックルは人差し指をぴっと立てて見せた。


「良いか、深淵に目聡き者よ。蕗の下に在る一族(コロボックル)は天地の法(のり)に従うも、人の法に倣いはせぬ」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


「彼の女どもが人の法に則りリョウの傍に居りたくば、居ればよい。望むままに為すが良い。成すがままに成せばよいのだ」


 小男が落ち着かなげに、つま先で地面を穿った。肩の上に止まった小人は涼しげに、川べりの風を受けている。


「お主の言い条、わからんではないが−」


「・・・・・・」


 コロボックルは言葉を濁すポロパロを一瞥した。細い肩をすくめる。


「ポロパロよ」


「何だ」


「惜しいが刻限だ。役務が我を待っておる」


「・・・・・そうか」


 小人は男の肩口からふわりと浮き上がった。舞うように風に乗り、藍の衣をはためかせる。

 ポロパロは大きな口を結んだまま、かつての敵を見つめた。

 コロボックルは視線を正面から受け止め、微笑を加えて返す。


「最後に貴公の高配に謝して、合点のゆく言葉を呉れようぞ」


 コロボックルが袖を振った。銀色のイナウ(神錫)が幅広の袖から飛び出る。

 イナウは水銀灯の弱い光を吸い込んで煌き、持ち主の手振りに従って弧を描いた。


「聞け、水をまとう者よ。アイヌ・モシリ(現世)に生を享けた以上、何人であれ命の終わりを免れぬ・・・・我も、貴公も、リョウも、リョウを取り巻く者達もな」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


「故(ゆゑ)に我はカムイ・モシリ(常世)をこそ望もう。

 リョウはヒトであり、我は蕗の下にある者だ。進む道の交わらぬこと、如何とも為し難し。

 だがたとえ道が違えど逝き着く所はただ一つ、カムイ・モシリの門の前よ。我らの約定、必ずや彼の地にて果たされよう。

 されば何の憂いやある。我はただ期を待てば良いのだ」


「ヒトの命尽きるまで幾歳かかると思う。ただ想いを注ぐまま見返りもなく、果たして数十年の歳月を待てようか」


「くはははは! 貴公はまこと人心に傾きておるな。

 昏き淵の主よ、ゆめ忘れるでないぞ。

 我は現世に見返りなど求めぬ。それは常世にて有り余るほど得られようからな」


 心底から楽しげな哄笑が水面を跳ねた。


「良き狩人は常に良く待つ。そして我こそはコタンの一の狩人ぞ!

 ポロパロよ、また会おう!」


 銀光が闇と風を切り開いた。

 それは瞬く間に、目で追いきれぬほど速く遠ざかっていく。

 ポロパロは黙って光の軌跡を見送った。


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・やれやれ」


 ため息まじりの呟きがこぼれた。

 幾度か首を振って、視線を川の対岸へ戻す。

 札幌の町並みは華やかに光を放散し、人々の活気を証立てている。


「好かれすぎるのも災難か」


 小男は首を縮めながら川べりに進んだ。

 川面は黒い。星を写すこともなく、ゆったりと流れる。


「ま、頑張るこったな、リョウ」


 無責任に応援すると、ポロパロは夏でも冷たい川に踏みこんだ。

 小さな靴が水面に波紋を残す。

 しかし、沈まない。

 そうして当たり前のように水の上を歩いて渡る。

 小男は対岸の土手を上がると、何も知らない人々の中へ消えていった。

 



 











「ほら、りょーちゃん♪」


 目の前で、桃色の牛肉からじんわりと肉汁が染み出すのが見えた。

 肉の刺さったフォークを僕に向けたまま、美守さんが薔薇(バラ)のように艶やかな笑みを浮かべる。


「美味しいわよ、このお肉〜」


 口調はどこまでも甘やかで、聞くだけでうっとりしてしまう。

 僕ならずとも、誰だって反射的に口を開いちゃうはずだ。

 でも。


「はい、良君」


 美守さんの言葉が終わらないうちに、左からすっと朱塗りの箸が伸びる。

 二本の細い箸に摘まれているのは、ほどよく焼けた魚の白身。

 ほっこりと美味しそうな身は白磁のお皿に負けないほど真っ白だ。


「お魚、もっとあげるねっ☆」


 僕のカノジョがにっこりとする。

 その笑顔はアヤメのように可憐で、心を惹きつけて止まない。


「りょーちゃん♪」


 かたや九百歳を超える狼のモノノケ


「良君♪」


 かたや獣耳(ケモミミ)尻尾を隠した女子高生モノノケ。


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・えっと−」


「「はい、あ〜ん♪」」



 何でこーなるのー!?(泣)





 空さんのを先に食べたら、美守さんが怒る。

 美守さんのを先に食べたら、空さんが悲しむ。

 そしてどちらを選ぼうと、周りの連中が憤激する。



 どうしよう。


 どうしよう。


 どうしよう。



「良君♪」


「りょーちゃん♪」



 うわお。



 二人とも、ちょっと目がマジになってたり。



 どうする。


 どうすれば。


 どうしろと。



「りょ・お・く・ん☆」


「りょ・お・ちゃ・ん☆」




 誰か助けてーっ!!!











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