「見つけた」
薄い唇が微笑を湛えていた。
背の高い男の人。
男性と言うより、青年と呼ぶのが似合う若さだ。
スーツは姿勢とスタイルの良さを強調する仕立てで、立っているだけでも存在感を浮き上がらせる。
目を細めた。
「見つけたぞ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
空さんが肩の触れるまで身を寄せた。
(良くんの友達?)
(ううん。知らない)
(・・・・・・そう)
何かの人違いかと思った。
でも、それは数秒のこと。
「特A級危険オブジェクトと聞き、最前まで感知できるか危惧していたが」
青年が腕を上げた。
その指先は、迷わず僕らを指す。
「そのように妖気を垂れ流しているとはな」
「「!」」
触れ合う肩から、はっとする空さんの動きが伝わった。
「やや興醒めでは、ある」
青年は首を振った。
「近年エージェントの質が低下し続けているそうだが、正直ここまでとは思わなかった。
この程度の相手が特A認定されるなど、信じ難い」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「だがしかしっ、どれほど組織が堕落しようとも、我が使命の崇高さに変わりはない。
災禍をもたらす邪なる者共を祓禊(フツケイ)する義務に、終わりもない」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「見よ、この蒼い空の下に行き交う人々をっ。
彼らの穏やかで平和な人生を守るためなら、私はこの身を投げ打ってでも邪悪に立ち向かわねばならない!」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「たとえ我が命が絶えようと! そして、誰一人として我が悲運を知らずともだ!
私は敢て受け入れよう、その憂うべき結末も!」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
(空さん・・・・・)
(・・・・・良くん)
「嗚呼、私とともに何と惜しい芸術家が死ぬことか!
不世出の逸材が! 不朽の天才が! 国士無双の英雄がその身を散らすことか!」
「だが! それでも私は悔いることはない! 献身は金のためでも名声のためでもなく、ただ義務によるのみ!」
「真実は常に民衆の愚鈍な眼から隠され、それでもなお燦然と輝いている!
その光のために!
私は!
日夜!
戦い続けるのだ−−−−−−−−っっっ!!!!!!!!」
「はーっはっはっはっはっはっはっ!」
「ふわははははははははははははは!!!!!!」
「ぐぁばははははははははははは!!!!」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・さて、不浄なる輩よ。
いざ我が足元に、討ち伏せさせてやろう」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
しぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃん・・・・・・・・・・
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・あれ?」
「ママ〜。あのひと、おもしろーい♪」
「しっ、見ちゃいけません! 変なのが伝染(うつ)りますよ!」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・どこだ?」
ひゅううううううううう〜〜〜〜〜・・・・
僕の髪を掴みながら、イヨ君が耳元で言った。
「ウタリの知己にも変わり者がおるな」
「知らないってば!」
「良くん、次はー!?」
「んーっ、左!」
碁盤の目に整えられた街を駆ける僕たち。
札幌の人々が、走り抜ける高校生二人に好奇の視線を送ってくる。注目されるのは地元で見慣れない制服だから、という事にしておこう。イヨ君も周りには見えてないはずだ。たぶん。
青い看板のコンビニの手前で細道に入り、すぐ右に折れ・・・ジグザグに進むと、また青い看板が目に入った。
空さんが首を傾げる。
「・・・・元の道に戻った?」
「んなわけないって。ただの過剰出店でしょ」
つか、札幌もコンビニ多いなあ。
「良くん、大通り」
「渡っちゃお」
「はーい!」
小学校へ続く歩道橋を渡りきる。
ちょっと息が切れた。
「大丈夫?」
「・・・・だい・・・じょぶっ・・・・ハァッ」
こちらを覗き込む空さんに頷いて見せた。
さすが彼女は汗ひとつ浮かべてない。
「ウタリは些か鍛錬が足りぬな。コタンに帰りし折は鍛えてやろう」
うひゃっ。
「こ、このくらい全然オッケーだって。アハハハハ!」
僕はまだまだとばかりに胸を張った。空元気全開で、両腕も振り回す。
「そうか?」
「もちろんさっ! よゆーよゆー」
「・・・・ふむ。ならばよいが、な」
口を閉ざしたイヨ君にほっとした。
人間がモノノケのペースでトレーニングなんてしたら、死んじゃうって・・・・
少し訝しげな空さんの手を引き、再び歩き出す。
緑地帯のある広い道は、マンションや雑居ビルが立ち並んでいる。建てられた看板には、本州にも進出してる有名な会社がいくつも見られた。
「良くん、こんな広い道を歩いていいの? 目立つと思うけど」
「うん。人通りが多いほうがいいんだ」
「ふうん?」
首を傾げながらもついてくる空さん。
肩に止まったイヨ君が、小さな手をひらひらさせた。
「彼奴(あやつ)が何者かは知らぬが、確かに”妖気”と申しておった。
気で探るような狩人は人ごみを嫌うものよ。匂いが混ざるのでな」
「あはは、そんな深い考えじゃないけどね」
クラスの男子生徒とかに追いかけられる事が多かったから、経験的に安全な通り道がわかるだけ。
それに追いかけられる理由だって、自慢できるようなものじゃないし・・・・
「って、イヨ君。さっきの話を聞いてたの?」
昼寝してると思った。
「イヨイタクトゥイェは一の狩人ぞ。害意も察せずに生死の境を超えられようか」
「そ、そう・・・・」
ナップザックの中にいながら、悪意の視線に反応したわけね。
さすがコロポックルの感知能力は人間離れしてる。
と、イヨ君が僕の髪をくいと引いた。
「何? イヨ君」
問いかけるなり、耳元で鼻を鳴らす音がした。
「来たぞ、ウタリよ」
「え?」
「早いな」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
ふっ・・・・・と。
何の前触れもなく。
潮が引くように−
雑音が、途絶えた。
「あ、あれ・・・?」
気が付けば、周囲に誰もいない。
大通りを走る車もない。
風もなく、声もなく。
斜に差す陽光すら、偽物じみた白っぽさで照らしてくる。
「良くん・・・・」
「・・・・・・・・・・・・うん」
身を寄せ合う僕たち。
何が起きたかわからないけど、普通じゃないことだけは理解している。
「界を結ばれたぞ」
「かい?」
「その通り。お前達は、もはや逃げられん」
「「!?」」
どこからともなく聞こえた低い声。
周囲を見回す。
水彩絵の具が滲むように、街の風景が歪んだ。
右斜め後ろ。
じんわりした歪みから一人の青年が湧き出る。
「アヤカシ如きが、この私から逃げおおせると思ったか」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
背筋の伸びた青年が、腰に手を当て、笑みを浮かべる。
それは「勝者の余裕」とでも名づけたいような、優越感に満ちた笑いだった。
「・・・・・・・・空さん」
「うん・・・?」
「ケータイを」
「はい」
肩越しに言うと、彼女がポケットからケータイを抜き出す。
ケータイの開かれるパチッという音を聞いて、僕は言った。
「110番して。”変質者に追われてます!”って」
「変質者ではなーい!!」