正午になったのを頃合に、展望台から下った。
帰りのバスは終点まで乗らなかった。札幌駅の手前、中島公園入口というバス停で途中下車だ。
予定と違うけど、展望台で話し合った結果そうなった。
目的の場所についた時には、一時を過ぎていた。
すでに陽も高いが、遮るもののない場所でも全く暑さを感じない。梅雨の無い土地柄のせいか、汗の浮かぶ間もないほどからっとしてる。
公園近くのコンビニで弁当を調達し、池を望むベンチに並んで腰を下ろした。もちろん真ん中はイヨ君だ。これなら余程近くまで来ないと他人から見えないだろう。
三人揃って「いただきまーす」と手を合わせ、食べ始めた。
おにぎりを抱え込んで、イヨ君が少しすまなそうな顔をした。
「我の為に不便をかける」
名物の札幌ラーメンを食べるつもりだったのが、「ラーメン屋さんじゃ、落ち着いて食べられないから」という空さんの提案で、公園で食べることになった。イヨ君を差し置いて食べるのは気が引けたらしい。
「気にしないでいいよ、イヨ君。訳のわからない店で食べるより、こっちのが気楽だし」
「そうですよ、サポさん」
「イヨ君だけ姿を隠して食べても、美味しくないもんね」
「うん。いい天気だし、こうやってみんなで食べるほうが楽しいもの」
ニッコリする空さん。
ちなみに彼女が食べてるのは、いつもと同じ稲荷寿司。ほとんどデートのたびに食べてるけど、それでもどこでも稲荷寿司・・・・・
「ふむ・・・・そうだな」
呟くように言って、イヨ君は鮭おにぎりを頬張った。鮭の他に鳥ソボロと梅オカカもあるけど、全部食べられるかは微妙なところ。余ったら僕の夜食にするつもりだから、無駄にはならない・・・はず。
で、僕は「北海道限定」と書かれた海鮮弁当。ドンブリ型の容器にイクラ、ホタテ、甘エビ、サーモンなどの刺身が彩りよく敷き詰められ、真ん中にカニの切り身を据えてある。蓋に貼り付けてある特製だし汁をかけると美味しいんだって。コンビニ弁当にしてはキレイに出来てる。これなら駅弁でも通用しそう。
池をわたる風に撫でられながら、僕らはそれぞれの弁当をつまんだ。
「それじゃ、今はキナンポミケカ君が若衆頭(わかしゅがしら)なんだ?」
「大老の縁者ゆえな。だが彼奴(あやつ)より腕のたつ者は少なくない。苦労しておる」
「ふうん、大変だね〜。・・・・・・・・・・あれ?」
「如何した、ウタリよ?」
「キナンポミケカ君てイヨ君より年上でしょ?」
「いかにも」
「まだ若衆にいるなんて、お嫁さんを貰ってないの?」
「ふん、その事か。彼奴はそれで村の笑いものよ・・・・”男”に言い寄りおった」
「うはっ」
「っ!?」
僕が声を挙げると同時に、空さんが喉を詰まらせた。慌ててお茶を口に含む。
「こほっ、こほっ」
僕が背中をさすると、涙目でぺこりとお辞儀してきた。
「空さん、大丈夫?」
「う、うん。ありがと、良くん」
「どういたしまして」
苦笑まじりに答える。僕だって食べ途中だったら、同じようになってただろう。
それにしても−
「キナンポミケカ君て、そっちの人だったんだ・・・・」
薄れかけた記憶の中から、いかつい顔つきのコロポックルを脳裏に描き出す。
あの人がね・・・・・・・昔はそんな素振りを見せなかったけど。
いや、小学生だった僕にわかるわけないか。
空さんがハンカチで口元を押さえながら言った。
「コロポックルにも”そういう趣味”の人がいるんですね」
「アレを趣味と呼ぶは差し障るが、居らん事もない。
時にウタリよ、そのアッケテクを分けてたもれ」
「アッケテク?」
えっとー・・・・・・何だっけ?
「ホタテだ」
「あぁ、ホタテか。はい、どうぞ」
箸で割ったホタテの貝柱を運ぶと、イヨ君は僕の手から直接かぶりついた。
「うむ・・・これも美味であるな。甘味と粘りがある」
食べ切れなかった分を両手で抱え、はむはむと齧る。そうしてコクンと呑みこむと、ぽそりと言い足した。
「口説かれた我まで白い目で見られたわ」
「「ぶーっ!?」」
今度は二人揃って吹いた。
「イ・・・・・イヨ君」
「口説かれたって・・・・」
「彼方(あち)の家と談合して事なきを得たが、迷惑千万よ。
そもやそも、十歳も前の決定(けつぢゃう)を・・・・・・二人とも如何した」
「「・・・・・・・・・・・・・」」
僕たちは口元を拭い、揃って同時に首を振った。
「まあ、詰まらぬ話などどうでもよい。ウタリよ、次はアムパヤヤを所望するぞ」
イヨ君は掌をぺろりと舐め、次の獲物を指差した。
遅めの昼食を終えると、僕らは札幌駅へ歩き出した。
中島公園から札幌駅まで延びる道は、札幌南部を二つに分ける大通りだ。百貨店や有名店がずらりと並ぶ。それだけに往来も多く、人目を惹くものも多い。
満腹になったイヨ君は「睡(ねぶ)たし」と言ってナップザックに潜り込んだまま、さっきから出てこない。ザックをハンモック代わりに、昼寝してるんだろう。
ゆっくりペースでウィンドウショッピングしながら歩いていく。
歩調に合わせて軽やかに揺れる、彼女の栗色の髪に見とれてると、ふいに目が合った。
「そういえば良くん」
「ん?」
「さっきからずっと、ケータイが鳴らないね?」
空さんが僕の胸元を見る。
「あはは。電源切っちゃった」
クラスのみんなが、あんまりしつこかったら。
「そう言う空さんも、自慢の着メロが黙ったままじゃない?」
「私も同じ〜」
空さんは僕にブラックアウトした液晶を向けた。桃色の舌を見せて、ウィンクしてみせる。
仲間から「空ちゃんの日替わりメニュー」と言われるくらい、空さんの着メロは変化が激しい。ほとんど毎日、何かが変わる。曲目もスタンダードなJ-POPだけでなく、ヒカワキ○シのド演歌に70'sの懐メロ、映画のサントラと幅広い。踏み切りの警報や飛行機の着陸アナウンスもあった。
(一度、どこで見つけたのか金○の大冒険(しかもフルコーラス)を仕込んできたのはビックリした。級友はもちろん先生まで巻き込んで止めたっけ・・・・)
「せっかくお気に入りの新曲がアップしたのに〜」
「お気に入りって、Culvert's Habyの?」
「うん。今度のはハイだよ♪」
「あー・・・何か、想像できそう」
Culvert's Habyは空さんお気に入りのユニットで、着メロ使用率が高い。ただ、作曲者に躁鬱の気があるんじゃないかってくらい曲ごとにテンポが違うから、人によって好き嫌いの差が激しいと思う。
「でも、友達フォルダにセットしたのが失敗だったかなあ? 立て続けに鳴ると意外とキビシイの」
「タイミングが悪かったんじゃない?」
いくらお気に入りでもイントロばかり聞かされたら、嫌気がさすだろう。
「そうだね〜」
輸入雑貨屋を覗き込んでた空さんが、半目でこっちを振り返った。
「良くんと大上先生が同衾(どうきん)した日に変えたなんて、ちょ〜っとタイミング悪かったかも」
うわっ。
いきなりもらった一撃に、動きが止まる。
僕の反応をどう思ったのか、彼女は眉を寄せた顔で、つつ・・と体を寄せた。
あの、空さん・・・?
目付きが怖いんですけど・・・
「ねえ、良くん」
「なに、かな?」
「本当に・・・・・何にもなかったよね?」
こくこく。
僕はただ頷いた。
「ホントにホントにホントにホント、だよ?」
こくこくこくこく。
「てゆーか、空さんならわかるんじゃないの?」
匂いとか妖気で。
日頃はそんな素振りをちらとも見せないけど、彼女だってモノノケなんだから。
そう言うと、空さんは何度か鼻を利かせた。
「・・・・・・そうね。あの脂ぎった厚化粧の臭いはしないわ」
「そ、そうでしょ」
美守さんが聞いたら全身の毛を逆立てそうなセリフだ。
「ね、良くん」
「は、はい〜」
今度は何ですかーっ?と、半ば恐々とする。
でも、彼女はふっと表情を和らげた。
「私は・・・・・・良くんだけだよ?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・うん」
「だから」
空さんの人差し指が僕の鼻頭に触れた。
「あんまり、心配させないで・・・・ね?」
「・・・・・・・・・・・・・・気をつけ、マス」
「よろしい♪」
くるくる変わる表情は、最後に笑顔に戻った。
もう一度、ちょんと僕の鼻に指を当てて、身を離す。
「そろそろ、お茶しない?」
にこりとする空さんは、すっかりいつもの彼女だ。
僕は胸を撫で下ろした。
「いいよ。この辺の店ならいくつかチェックしてあるし、その中から−」
「ノンノン」
畳んだ地図を胸ポケットから取り出しかけたところで、空さんに止められた。
「探さなくても、そこに良さそなお店があるよ〜」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・わお」
芸のない反応だけど、それしか答えられなかった。
彼女が指し示したのは落ち着いた和風の店。木と竹で組まれた軒に渋い藍色の暖簾がかかってる。
僕はこっそりとため息を吐いた。
日本全国でも彼女1人じゃないだろうか?
三時のお茶に寿司屋を選ぶ女子高生って・・・・
「空さん」
「なーに?」
「飽きないね」
「美味しいもーん♪」
すでに入る気満々の空さんが、僕の手を引く。
もちろん注文する物は決まってる。稲荷寿司だ。それ以外のメニューを頼む可能性は限りなくゼロに近い。
さて、どうしよう?
さっきお昼で海鮮弁当を食べたばかりだし・・・
空さんに引かれるまま、何を食べようかと悩みながら歩く。
入り口に立てられたお品書きに目を落とした時。
感じた。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
あからさまに突き刺さる、悪意の視線。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
僕の指に触れた彼女の手が、かすかに締まった。
ゆっくりと顔を上げ、首を回す。
体を緊張させながら周囲を探る。
同級生の誰か・・・・か。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
涼しい風が暖簾を揺らす。
揺らぎと共に、聞き覚えのない声が届いた。
「 見 つ け た 」