「ねぇねぇ、イヨくん。ど〜したの?」
「何だ、ウタリよ」
「イヨくんのすきなミカンあげたのに、まだヘンなかおしてる〜」
「変ではない。我は憮然としているのだ」
「ぶぜん?」
「機嫌が悪いということだ。心に留めおけ」
「ふ〜ん・・・・・・・・きげんがわるいの? なんで?」
「コタン(村)の老いぼれどもめ・・・”先ずホクフを定めよ。さすればチセに入るまで若衆(オッカイポ)と認めよう”などと抜かしおった」
「・・・・・んー?」
「ふん・・・其方には難しい話であるな。要するに、子供扱いが嫌なら、父母から離れて家をたてよと言われたのだ」
「へーっ。イヨくん、おうちをつくるんだ?」
「誰が建てるか、たわけ! そもそも一人で家が成せるものか」
「イヨくんなら、ひとりでつくれそうだよ」
「いや、家を建てるなら我にもできようが、できぬのだ」
「ん? んー? そうなの?」
「そうなのだ! まったく、我の苦労も知らず・・・・・・・ウタリは常に太平楽よの」
「たいへーらく・・・?」
「そうだ」
「よくわかんない・・・・・けど、ボクおてつだいしよっか」
「なぬ?」
「イヨくんだけで、おうちをたてるのが、タイヘンなんでしょ? おてつだいしよっか?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・なるほど」
「・・・・・・・・・・・イヨくん?」
「zzz.......」
コツッ。
「ぐぅ・・・・」
コツッ、コツッ。
「すぴ〜・・・・」
コツコツコツ。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ん〜」
聞きなれた音が、僕を眠りの底から引き上げる。
霞む目を枕元の置時計に向けた。
午前六時半ちょうど。
いつも通りだ。
コツコツコツコツコツコツコツ。
「・・・・・・・・・・無遅刻無欠勤はいいけどさあ・・・・・・・・・・」
なにも旅行先まで来なくてもいいと思う。
コツン!
はいはい。いま開けるからねーっと。
のっそり起き上がり、柔らかな寝台から降りた。
裸足を引きずって窓際へ。
朝日がクリーム色のカーテンに、小さな影を投じていた。
軽く摘んで引いただけで、すーっとカーテンが動く。こんな所も手抜きがないとは、さすがスイートルームだね。
「ふわあ〜・・・・・おはよ〜」
早朝の来客に挨拶する僕。
分厚い窓越しじゃ聞こえないだろうけど、これはほとんど反射的なもの。
”・・・・・・・・”
窓の外で白と灰の斑模様がはためき、クチバシが動いた。
僕の寝室はベランダに繋がってないから、窓も小さくしか開かない。その窓も、きのう施錠を確認したからきっちり閉まってる。
片手で顔をこすりながら、もう片方の手で細長い小窓を開けた。
朝の空気が部屋に流れ込む。
さわやかというより、少し冷たいくらい。
”く〜っ”
冷気と一緒にいそいそと入ってきたのは、鳩より少し小さな鳥。
「ふぁ・・・・おはよ、ライ君」
”くるっく〜”
つぶらな瞳で僕を見上げ、白と灰色の翼を軽く振る。
親友のライ君は、今日もご機嫌だった。
”くるる〜”
「うん。ちょっと待ってね〜」
荷物の中から紙袋を探し出し、カーペットに新聞紙を敷く。
その上に胡座(あぐら)をかくと、待ちきれなくなったライ君が僕の前で飛び跳ねた。
欠伸をしながら、毎朝恒例の落花生割りを始める。
”く〜♪”
「ねむ・・・・」
昨日の夜はタイヘンだった。
空さんは、僕が割り当ての部屋に居らず、ケータイにも出ないと知って、すごく心配したらしい。
就寝点呼の後で僕を探すと言いだして、同室の子に体を張って止められてたそうだ(空さんのケータイに出たのも、同室の女の子)。
就寝点呼の後に部屋から出るのは禁止されてる。違反者は翌日の行動が制限されてしまう。もし先生に見つかったら、そのまま懲罰室へ連行されて反省文を書かされる羽目になる。
こんなに厳しいのは、思春期の我が子を預ける親たちがうるさいからだ。男女を区切る通路に監視用のビデオカメラまで回すのは、ちょっとやり過ぎだと思うけど・・・・
ともあれ僕が電話するのがもう少し遅かったら、彼女は間違いなく反省文コースだったとのこと。
うーん・・・空さんを必死に押さえてくれた友達に感謝。
その後も僕がうっかり「美守さんと同室」なんて言っちゃったせいで、またまた空さんが大騒ぎ。イヨ君が「ウタリの安全は我が保証する」と断言しなかったら、どうなったことか。
美守さんは美守さんで、すごーく未練がましそうだったけど、さすがにイヨ君の面前で変な事をするわけにもいかず、(一時間を超える攻防の末に)別の寝室に入ってくれた。
頼りになるイヨ君にも感謝!
昨夜の騒ぎを思い出しながら、”く〜く〜”と喉を鳴らすライ君に落花生を割る。
割って〜割って〜、また割って〜。
パキパキと殻を割り、パクパクとライ君が啄ばむ。
そうしていると−
だんだん、雑念が消えて行く。
余計な思考が影を潜める。
ライ君がせっつくから殻割りに忙しいだけかもしれないけどね。
でも、もしかしたら餌やりはライ君だけでなく僕にも必要な、気分転換の儀式かもしれない・・・・
「何と、これは紫鼠(しそ)か? はたまた鬼雀(きじゃく)なりや?
初めて目にするぞ」
「ん?」
驚きの声に振り返ると、布団の隙間からイヨ君が顔を覗かせている。瞳がまん丸に開いていた。
「あ、起きたんだ、イヨ君。おはよ」
「うむ、今日も良い陽(ひ)であるな・・・・・いや、其は兎も角(ともかく)だ。
ウタリよ、其のものが話に聞く近しき友か?」
「うん、そうだよ。サンダーバードのライ君」
「さんだーばーど、とな」
「そう。ライ君、僕の古い友達のイヨ君だよ。仲良くしてね」
”く〜〜〜”
体をイヨ君に半分向けて言うと、ライ君が翼を広げて長く喉を鳴らした。
「う、うむ・・・・・・こちらこそ、懇意に願うぞ」
イヨ君は布団の上で座りなおすと、ライ君に一礼した。
それを見て、僕は落花生割りに心を戻す。
「ライ君に餌を上げちゃうから、ちょっと待ってね」
「ああ・・・・・」
ぱきっ。
”く〜♪”
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
ぱきん。
「うまい?」
”くっく〜♪”
「あはっ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
ぱきん。
”く〜く〜っ”
「あはは、そんなに慌てなくても無くならないってば」
”くるる〜っ”
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・むう」
真横で唸り声のようなものがした。
いつの間にかイヨ君がすぐ脇にいる。
なにか複雑な表情でライ君を眺めて。
「どうかした? イヨ君」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・うむ」
イヨ君は眉を顰(ひそ)めたまま飛び上がった。
音も反動もなく、ふわりと僕の肩に降りる。
「ウタリよ。我にも一つ、分けてもらえぬか」
「え、これ?」
「いかにも」
コクリとするイヨ君。
「いいけど・・・」
妙に真剣な面持ちのイヨ君に、割ったばかりの落花生を差し出す。
イヨ君は「あ〜ん」と口を大きく開けると、僕が差し出した落花生にそのままかぶりついた。
さすがに一口では食べられず、両手で落花生を支える。
頬をふくらませて齧る姿は、木の実を食べるリスみたいだ。
イヨ君の可愛いというか、微笑ましい姿に口元を緩めながら、僕は次の落花生に指を伸ばした。
肩口でたてられる、ポリポリと小気味いい音を聞きながら、殻を割る。
やがて、ため息とともにイヨ君の声が漏れた。
「これは・・・良きものであるな」
「そう? 味無しだけど、無農薬の落花生だから風味が違うのかな」
人間はソルトピーナッツとか、味付きのほうが好きだけど。
「そうではない。ウタリの手ずから口に入れる事が良いのだ。
食は命ぞ。命を分け合うとは、まこと斯様(かよう)な仕儀であろ」
「へえ?」
”くるる〜”
深く頷くイヨ君に、賛同するように首を振るライ君。
ずいぶん大げさな話だと思うけど、二人は意が通じるらしい。
「うむ、ライ殿はわかっておいでだ。さすがリョウの友。末永く付き合おうぞ」
”くるっく〜っ♪”
何故か打ち解けたコロポックルとサンダーバードの間で、首をひねる僕。
「ウタリよ、早う我らに割けてたもれ。ライ殿も心待ちであるぞ」
”く〜っ”
「う、うん・・・?」
ライ君だけじゃなくイヨ君にも急かされて、僕は落花生割りを再開した。
相変わらず、イヨ君の言う事はわかりにくいな〜と思いながら・・・
♪〜♪〜〜〜♪〜♪
「あれ?」
ベッドサイドのケータイが震えてる。
それもメールじゃなくて、音声の着信。
「こんな早い時間に、誰だー?」
腕を伸ばしてケータイを取り上げる。
ライ君がぴーぴー啼くので、液晶も見ないで肩に挟んだ。
「もしもし、どなたですかー」
『てめえ、犬養っ!! 大上先生と寝たってマジかーっ!?』
「!?」
さ−−−−−−−−−−−−−−−っ、と。
全身から血の気が引いた。
てか、またこのパターン!?