「それじゃ良くん、小学校で”いつも人形を持ち歩いてる男の子”と思われてたんですか?」
「うむ。学友から奇異の目で見られておったのは確かだな」
「誰のせいだと思ってるのさ・・・」
「我が存在を”人形”で押し通したは、そなただ」
「そうだけど−」
「くっくっ、あれは傑作だったな!
幼子(おさなご)に混じって我と”ままごと”を演じた時のウタリ(同胞)よ」
「はいはい、顔が真っ赤だったって言うんでしょ! 恥ずかしかったんだよー!」
「我で着せ替え遊びをせんとした女児を止めようと、懸命になってた時もな」
「イヨ君だって、がくがく震えてたじゃん!」
「あれは必死になってるリョウが可笑しくて、笑いを堪えておったのだ。
くははははっ、地梨(じなし)の如く染め上がったリョウの顔ときたら!
いま思い出しても笑いが止まらぬ!」
イヨ君が甲高い声で笑う。
隣の空さんも、釣られるようにクスクスと笑い出した。
「空さ〜ん」
「あはははは、ごめんね〜っ。でも楽しくて」
「うむ、空殿は諧謔(かいぎゃく)のわかる女子であるな。気に入ったぞ」
「私も。サポさんの話、面白いです!」
「そうかそうか、ではとっときの話を教えてやろう。ウタリが寝小便を−」
「やーめーてー!!!」
小さな頃の僕は、モノノケも人も区別してなかった。できなかった。
だからモノノケが見えない大人や信じてない奴から、変な目で見られてきた。
イヨ君たちは・・・”それ”と知りながら初めて仲良くなった友達だ。
秋深い山の中。
彼らの領域に迷い込んだ僕。
イヨ君が助けてくれたのが、付き合いの始まり。
相次ぐ転校で友達がいなかった僕と、訳あって一族と折り合いが悪かったイヨ君・・・・・・
そんな僕らは不思議と気が合った。
何度もコロボックルの村へ行き、冬にはイヨ君が泊りがけで遊びに来た。
マンションの屋上で大小の雪ダルマを作り、ミカンとリンゴを分け合って食べ、テレビの悪代官をイヨ君が斬りつけ−
純粋に、楽しかった。
僕は知らなかったから。
彼らとの友情によって、失うものがあると−
「時にリョウよ。今度(こたび)は家族の同道なきか?」
「え、うん。実はいま、父さんと母さんは海の向こうに行っててね。
一人暮らし・・・・みたいな事してるんだ」
「みたい」と語尾が濁ったのは、もちろんモノノケのみんながいるから。掃除洗濯に三度の賄(まかな)い付で、とても一人暮らしと言えないけど。
とりあえず寝小便から発展した暴露大会は終わったみたいで、僕は心底ほっとした。
遅刻して廊下に立たされたり、虫歯が痛くて夜中に泣きわめいたり、田んぼに落っこちて泥だらけになった話なんて、誰もカノジョに聞かせたくないって・・・・
イヨ君は上機嫌な様子で、小分けにしたオニギリをはむはむと食べている。
「我が申したは、親御のことではない。ウタリと共に住む者どものことぞ」
「へ?」
ボトルキャップに注がれたお茶に口をつけるイヨ君は、あくまで平然と−
「狼に猫に幼子に伴天連(バテレン)・・・それもメノコ(女)ばかり集めて、ウタリは後宮でも建てるつもりか」
「は!?」
「その上に空殿を通い妻に迎えるとはな・・・・まことに盛んなことだ」
「・・・・・・・・・・・・・・・えっとー」
「だがな。いくら子は宝にて多いほど良しといえど、これ以上”家族”が増えると、さすがに我も心配ぞ」
「あのー・・・・・イヨくーん・・・・・」
「もちろん我は、リョウの性根を疑いなどせぬがな?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
目を細めて僕を見上げるコロボックルは、まったく人の話を聞いてない。
僕はぐたーっと、背もたれに体を預けた。
昔からイヨ君は、理解不能なことを口走っては自己完結する事があった。
その癖は、まだ治ってないみたい。
イヨ君はひとり納得して深く頷き、空さんは僕らを興味深そうに見てる。
「イヨくーん」
「如何にした、我がウタリよ」
「ツッコミたい点は山ほどあるけど、とりあえず最初に訊きたい−」
「何ぞ?」
「どうしてそんなこと知ってるの?」
僕らは一別以来会ってないのに、知るはずのない美守さんたちのことを、なぜ?
そもそも僕が北海道に来ることを、なぜ知ってたんだろう?
ここに住んでたのは十年近く前だし、頻繁に連絡を取るような知り合いもいない。修学旅行の話なんて、誰にもしてないのに。
「リョウよ。我も一族も、同胞(ウタリ)を気に掛けぬ日はない」
イヨ君は胸を張って見せた。
「リョウの暮らしは細大漏らさずイワポソインカラより聞いておる。彼奴(きゃつ)もウタリを殊の外(ことのほか)気に入っておるゆえな。
分身とも云えるイワエツゥンナイをリョウの傍に置くは、まったくもって異例中の異例ぞ?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「リョウ?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・えっと」
いま、なんだって・・・・?
気のせいか、こめかみのあたりが痛い。
風邪とか体調不良が原因じゃなくて。
「さらっと物凄い事を聞かされた気がするんだけど・・・・」
「そうか?」
「イワポソインカラって、あの目玉付きの岩でしょ」
たしか神嶺(カムイ・ヌプリ)の高みに鎮座して、世界の全てを見晴るかすって・・・
「うむ。我らふたり戯れに、彼の者に登って興じたものよな」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
それは単に、でかい岩がモノノケと知らなかったからです。
「それにイワエツゥンナイって・・・空飛ぶ目玉?」
「まさしく、身動きならぬイワポソインカラの眼よ。彼の者の力で、遠方に去ったウタリの安否を手に取るように知り得たわけだな」
そんなのが、いつも僕の近くにいたんだ・・・・・
「ああ!」
ふいに空さんが手を叩いた。明るい音が弾ける。
「良君の近くに不思議な気配を感じてたんだけど、そのイワ何とかさんだったのね」
「ほう・・・・イワエツゥンナイを察知するとは、さすがリョウの選びたるおなごよ。空殿、なかなか出来るではないか」
「うふふ。ありがとうございま〜す♪」
イヨ君の賞賛を素直に受け止める空さん。
ニコニコしてるけど状況わかってる?
「あのね。問題はそれじゃなくて−」
「はて?」
「どうしたの? 良くん」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
うわあ。
全然わかってなーい。
二人そろって首を傾げる様子に、思わず眉間を押さえる。
「四六時中イワエツゥンナイが憑いてるってつまり、空さんと僕のこと、全部見られてるって事なんだけど・・・・」
「そう? いいじゃない、別に悪いことしてないし」
「まこと、笑ましき仲であるな。お主らの様子を聞いて、我が一族でも”らぶらぶ・かっぷる”が激増しておるぞ」
「あ、コロボックルのカップルって見てみたい〜」
「機会あらば喜んで案内(あない)しよう。空殿は家族同然であるからな」
「やった! よろしくお願いします〜っ」
「うむ。きっと皆も気に入るであろ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
しくしく・・・・・
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・良くん?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・リョウ?」
ほとんど泣きそうな僕に、やっと二人の目が向いた。
「だーかーらぁ〜っ。気に入る気に入らないとかじゃなくて・・・」
「「?」」
「僕のプライバシーがダダ漏れなのが問題なの! 恥ずかしいじゃん!」
するとイヨ君は、本当に不思議そうに首を傾げた。
「何を今さら。我ら二人、隠しごとを要する仲ではあるまいが?」
「それだってね、誰にでも他人に知られたくない事ってのがあるんだよぅ」
「ほう。それは、隠していたのが露見して家族に怒られた春本のことか?
それとも自宅で見られず、友人の家で鑑賞した”びでおてーぷ”のことか」
「わーわーわーっ!!」
ホントに全部見られてるーっ!!
「良くん、春本って・・・」
「うむ。年頃の若衆ならば、誰とて見たがるものよな。肌もあらわな女子が、たんと描かれておる」
「そうなんですか・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
うう・・・空さんの視線が痛い・・・
「良くん」
「は、はいっ! ゴメンナサイ!」
「なにゆえウタリが謝るのだ?」
何となくです。
「良くん・・・そんなに見たかったのなら・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「ガマンしなくて、いいのに」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
は?
「は、恥ずかしいけど・・・・・・・わたし・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・はい?」
「良くんなら・・・み、み、み・・・見せても・・・・いいから・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」(ぽっ)
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」(もじもじ)
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
えっとぉ〜・・・・・・・・・
ナニヲデスカ?
いやに乾いた空気が流れる公園に、ククク・・・と甲高い笑い声が漏れた。
「いやはや、何とも初々しき二人よの。来るべき初夜はどのような光景となることか」
「盗み見はやめ−−−−−−−−−っ!!」
つか初夜って何!? 初夜って何ー!?
正真正銘の頭痛に襲われる僕へ、愉快そうに笑いかけるイヨ君。
「我も期待しておるぞ、ウタリよ」
期待するな−−−−−−−−−っっ!!(泣)