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「この辺なら大丈夫かな」


「そうね」


 千鳥ヶ池という静かな水面を囲む遊歩道。何となく、上野公園にある不忍池(しのばずのいけ)を思い出させる。

 人影少ない歩道からさらに入り込んだ奥に、都合よく三人がけのベンチを見つけた。

 背負ったバッグから、甲高い声が漏れる。


「どこでも構わぬが、街中にしては良い気が在るな」


 ここは石狩川のすぐ横にある常盤公園。

 敷地内に美術館もある、かなり大きな公園だ。

 草木の数も多いし、山に住むイヨ君が気に入るのもわかる。

 自由時間に入った僕たちは、予定を全部変更してここに来た。予定外のお客が現れたから。

 まさか学校のみんなの前で、イヨ君と話すわけにはいかないからね。

 ベンチに腰を下ろすと、肩にかけたバックパックがもそりと動いた。

 ジッパーの隙間から、針のように尖ったものがヒョコヒョコと見え隠れする。


「お待たせ、イヨ君。あ、いま開けるからイナウは引いてね」


「おう」


 バックパックを開けると、人の姿をしたモノが飛び出してきた。

 大きさ三十センチくらい。長い裾をなびかせ、軽やかに舞い降りる。


「ふう。少し熱かったぞ、リョウ」


「ごめんね〜」


「とはいえ、ヒトは我らに奇異の目を向けるがゆえ、致し方なしか」


 複雑な模様を縫いこまれた服が、空さんと僕の間でヒラヒラと動いた。アイヌ文様と呼ばれる、呪いと魔除けを兼ねた刺繍だ。

 着ているのは、修学旅行のしおりの写真そのままにアイヌの衣装をまとった、小人(こびと)

 物珍しげに辺りを見渡すキラキラした瞳、わくわくした笑みを形作る紅い唇。何かに顔を向けるたび、黒々とした髪が流れる。

 全身に生命力の横溢した僕の古い友達。

 呆気にとられてる空さんと目を合わせると、その子は切れ長の目を糸のように細めた。


「さて、ウタリ(同胞)よ。我にこのシレトッコルペを紹介してくれぬか」


「シレト・・・・・え・・?」


 聞きなれない単語に目を丸くする空さん。・・・・ちょっと可愛いかも。


「あはは、シレトッコルペは”美人”て意味だよ。紹介するね、空さん。

 こちらは僕の友達でコロポックルの、イヨ君」


「コロポックルって・・・・・あの?」


「そう。有名な森の小人だよ」


「うわあ・・・・はっ、初めましてっ。外岡 空(とおか くう)です!」


 美人と呼ばれて嬉しいのか、伝説的な森の妖精と会って驚いたのか、ちょっと頬を紅潮させる空さん。

 両手を膝の上で揃え、イヨ君にペコリとお辞儀する。


「イヨ君。こちらは同級生で、僕の・・・・・大事な、女の子の・・・空さん」


 はっきり恋人と言えればいいんだけど、ちょっと恥ずかしい。

 それでもイヨ君は僕ら二人を見て、深く頷いた。


「うむ、良きボンメノコ(娘)だ。いかにもリョウに相応しい」


 そう言って、力強い笑顔を空さんに向ける。


「我は、蕗(ふき)の下にありてカムイ・モシリへ至る道を守る者、イヨイタクトゥイェだ。

 外岡殿、以後、懇意に願うぞ」


「こちらこそ、よろしくお願いします」


 僕はほっとして息を吐いた。

 とりあえず二人とも、第一印象は合格らしい。


「リョウの親しき者ならば、我にとっても家族同然。

 外岡殿には特に、イヨイタクトゥイェと呼び捨てることをさし許そう」


「イヨ君じゃだめなの?」


 僕が訊くと、イヨ君は純白のイナウ(神錫)を横に振った。飾り布が光を弾いてちかちかする。


「その呼び名は特別なものぞ、リョウ。我が許すはお前だけだ」


「んー・・・でも、”イヨイタクトゥイェ”って呼びにくいと思うんだけど・・・・」


 空さんを見ると、申し訳なそうに僕に同意した。


「ふむ、ヒトにはそうかもしれぬな・・・では”サポ”と呼ぶが良い」


「さぽ・・・?」


「家族同然であるからな。簡単であろ」


「は、はい。それじゃサポさん、私も空と呼んでください」


「承知した」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


 二人の話が一段落するのを待って、僕は買い物袋を取り上げた。

 ビニールの包装がガサリと音を立てる、


「自己紹介が終わったところで、お茶でもしない?」


「はーい」


「我は空腹だぞ」


「はいはい。イヨ君にはオニギリを買ってきたからね」


「うむ。礼を言うぞ」


 こうして青空の下、ヒトとモノノケとコロポックルが並ぶ珍しいお茶が始まった。






 始まったんだけど・・・・・・・・・








 お茶会が僕的に拷問となるまで、そんなに時間はかからなかった。





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