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「それじゃ、よしなに頼むわよ、ボ・ウ・ヤ☆」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・わかった」





「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」





「支部長〜っ。すごい美人を相手にすごい冷や汗を流してましたね。パブの集金ですか」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


「あんな美人のママがいるなら、支部長が通いつめるのもわかりますけど」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


「どこの店です? ボクにも紹介してくださいよ」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・たわけ



「は?」



「へらず口はアレの正体を見抜いてから言え」



「はあ?」



「アレは、人間ではない」



「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・えっ」 













 外に出て最初に感じるのは、空気の違いだ。

 東京の淀んだ空気とはもちろん、空調された人工的な爽やかさとも違う、空気。

 空港という場所柄、本当の意味で澄んでいるわけじゃないけど、それでも違う。

 数年ぶりに訪れた北の大地は、すっとする爽やかな風で僕たちを迎えてくれた。

 あの頃と変わらぬ風で。


「ただいま・・・かな?」


「・・・・・・・・空さん」


 大きく開かれた窓から外気を吸い込む僕に、空さんが並んだ。


「懐かしい?」


「うん・・・・」


 ちょっぴり感慨に浸っていた僕に、穏やかに問いかけてくる。

 控えめな微笑が、彼女の心遣いが、嬉しい。


「本当は、ただいまって言うほど長く住んでないけどね」


「そう?」


「半年くらいかな」


「そうなんだ・・・・・でも良くん、すごく思い入れのある顔してる」


「・・・・・・・・・・・」


 思い出が浮かび上がり、口元に自然な笑みが出た。


「良くん・・・?」


「思い入れは結構あるかも。ここじゃ、色んなことがあったから」


 きっと僕は忘れないだろう。

 半年を過ごしたこの街の事。

 クラスメートとの事。冬の寒さ。山で遭難しかけた事。そして−


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・なあ」


「ん?」


「みんな、元気だといいなあ・・・・・・・・」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


 良い事ばかりでもなかった。

 けど、終わってしまえば懐かしい思い出。


「・・・・そっか」


 空さんが、僕の袖に触れた。 


「いつか私に、昔のこと・・・・教えてね?」


「・・・・・・・・・うん」


「約束、だよ」


「空さんもね」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・うん」


 視線が合うと、彼女は目を細めた。


「そろそろ集合時間だね。行こっか、空さん」


「は〜い」


 堂々と手を握って歩くのは恥ずかしい。でも、離れて歩くのはもったいない。そんな微妙な間隔。

 時折触れるお互いの腕に心をときめかせながら、空さんと僕は歩いていく。


「そういえば、良くん」


「なに?」


「大上先生が見えないけど、どうしたの?」


「美守さんは役所に用があるって、札幌行きの便に乗ったよ」


「札幌のお役所?」


「そう。夕方までにホテルで合流するって」


「よー、犬養! ここに居たか」


「あ、柴田くん」


「なに、柴田」


「早く来いよ、杉野がはっちゃけてるってさ」


「へー?」


「松永に呼ばれたんだけど、向こうにでっけー熊の彫り物あったじゃん?」


「う、うん」


「あいつ、熊に乗っかって”金太郎ごっこ”してるって」


「うはっ」


 急いで駆けつけた僕らが見たのは−

 衆人環視の中ロビーに正座させられた杉野と、保安係へ土下座せんばかりに平謝りする井出(いで)先生の姿だった。










 杉野のパフォーマンスのせいで、僕のクラスは一番最後にホテルへ向かうことになってしまった。

 小奇麗なホテルにつくと、玄関ロータリーに他のバスはなく、もちろん生徒の姿も見えない。

 めいめい大きな旅行カバンを抱え、妙に疲れた気分でロビーへ向かう。

 正面玄関が、ひときわ背の高い二本のエゾ松に挟まれて見えた。

 歩くと時折、靴の裏に針のような松の葉の感触がする。


「あ〜あ。来て早々、ヒデー目にあった」


「杉野・・・・・・・それ、お前が言っていいセリフじゃないぞ」


「何で?」


「「「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」」」


 周囲の全員が黙り込んでしまったけど、きっと誰もが同じことを考えている。

 いわく、”バカにつける薬はない”


「ま、いいや。それより秘書クン、今後の予定はどうなってるのかね?」


 あっさり話を切り替えた杉野が、班長の管埼さんへ顔を向ける。


「誰が秘書よ・・・・・・えっと、私たちは昼食後、アイヌ博物館を見学」


「ふーん」


 偉そうに鼻を鳴らす杉野。


「杉ちゃんは昼抜き、部屋で反省文を書け! って、先生が言ってた」


「くぅ〜ん」


 今度は犬のように鼻を鳴らした。

 正直、似合わない


「杉ちゃん。気持ち悪いから鼻を鳴らさないでね」


「意外と容赦ないね、管埼さん・・・・」


 空さんが苦笑してる。


「だって峰島ちゃんならともかく、杉ちゃんがコビを売ったってねえ・・・」


「それは言える」

(ひゅっ)

「なに、犬養までそんなコト言うかあ? この裏切りモン!」



「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」



「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」



「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・あれ?」



「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」





「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・犬養は?」











「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


 気がついたら、緑に囲まれていた。

 不確かに揺れる足の下に、小さくなった地面が見える。


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


(これは・・・・どうやら・・・・・)


 エゾ松の上から、いきなり吊り上げられたらしい。

 枝の隙間でぶらぶらと揺れながら、荷物をしっかと抱きなおして相手を待つ。


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


 クックッ・・と、いやに甲高い笑い声が上から落ちてきた。


 目と鼻の先にいきなり出現する、”彼”−


「前にもこんな事があったな? ウタリ(同胞)よ」


「イヨ君!」




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