Pounding ★ Sweetie
第二章 |
「くやしぃぃぃぃぃぃぃぃ・・・!」
みきっ。
小さな手に打ち付けられたテーブルが軋み、四本の足が歪んだ。
「物に当たっちゃダメだろ」
「ンな事言ってもさーっ」
珠緒が両の拳を握り締めた。
「あ・と・少しだったのにー!」
みしっ・・・
みしっ・・・
ダイニング・テーブルの天板が、珠緒の拳に圧迫されて嫌な音をたてる。
「わかった、わかったってば。惜しかったのはわかったから、テーブルを壊さないでよ」
「みゅ−−−−−−−−−−−っ」
黒い猫耳と尻尾と出したまま、口を尖らす珠緒。本当に悔しそうだ。
今日はソフトボール部の練習試合があった。
相手は守備重視、こっちは打撃重視のチーム。かなりの接戦だったんだけど・・・残念ながら負けてしまった。
珠緒は一年生ばなれした(正確には人間離れした)運動能力を買われて、早くもレギュラーのレフトポジションを確保している。負けん気が強いから、今日だって傍目にもわかるほど燃えていた。
それだけに、一点差の敗北が納得できないようだ。
帰宅してから延々と続くグチとボヤキに、みんな逃げ出してしまった。
で、取り残された僕が聞き役になってるわけ。
「あたしが全力だったら、ゼッタイ勝ってたのにー!
あ〜あ。あそこで返球に手加減しなきゃなあ・・・・」
「頼むからソフトで本気を出さないでね。死人が出るから」
モノノケの力で送球なんてしたら、ボールがキャッチャーを貫通するって。
「打席だったらいいっしょ? ホームランなら誰にも当たんないし」
「ダメ。ボールが人工衛星になる」
「ならないよぉ。熱圏で燃え尽きるもん」
試したのか。
ぼやき続ける珠緒を宥めすかしてると、ふみちゃんがダニングに顔をのぞかせた。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・おふろ、あいた」
「わかった。美守さんは?」
ふみちゃんと一緒に入ったはずだけど。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・りょうを、まってる」
「あのね・・・・」
ちょっと前、美守さんが風呂に居ると知らずにバスルームに入った僕は、散々な目に遭った。
事情を知らない奴は羨ましがったけど、ほんとに大変だったんだ、色々と。
「珠緒、先に入りなよ。僕まだ、やる事があるし」
「みゃーい・・・・・・リョーも後から来る?」
「行かない!」
即答すると、珠緒が舌打ちする。行儀悪いぞ。
僕らのやり取りを見ていたふみちゃんが、ぽつりと言った。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・さんぴー?」
「どこで覚えたの!? そんな言葉!」
するとふみちゃんは、いつものように淡々と「おとめの、ひみつ」と答えた。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
女の子の秘密って、いったい・・・・・・
考え込む僕に、衣擦れの音とともに澄んだ声が届いた。
「ご主人様、こちらでしたか」
「あ、メアリー」
ブルネットの美人が、ふみちゃんの背後に佇んでいる。
「ご所望の旅行用カバンと非常薬、タオル大小数枚ならびにハンカチのご用意ができました。
他にお役に立てることはございませんか?」
「ううん。後は自分でやるから」
「かしこまりました。何かございましたら、いつでもお申し付け下さいまし」
「わかった。ありがとね、メアリー」
「・・・・いえ」
目が合うと、メアリーが落ち着いた表情に少しだけ笑みを浮かべた。クールな美しさに惹きつけられる彼女だけど、そんなちょっとした仕草には可愛らしさを感じる。
僕のハウスキーパーは楚々として頭を下げると、衣擦れを引きつれて歩み去った。
「修学旅行かー・・・・いいなあ、リョー」
「珠緒だって来年行けるじゃん」
「来年なんて遠すぎるよー」
また口を尖らせる珠緒の肩をポンと叩いて、僕はダイニングを出た。
明日から、四泊五日の修学旅行だ。
行き先は初夏の北海道。
羽田空港から旭川に飛んで、札幌、函館と回ってくる予定。
自由時間が多くて、空さんとたくさん一緒に過ごせそう。すごく楽しみだ。
彼女は北海道が初めてだそうだから、色々と案内してあげたい。
小さい頃、半年くらい北海道に住んでたし、他の子より少しはわかるつもりだ。
空さんてば、この町のことなら何でも知ってるから、いつもデートじゃリードしてもらってる。
たまには僕が主導権を持たないとね〜。
「あ、リョー」
「なに・・・?」
「土産(みやげ)は北海道のシャケ一匹な〜」
「持てるかっ!」