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「センセ。どうもこの頃、熱っぽくてねえ。ゆっくり休めねえだよ」


「ふむ・・・口を開けて、舌を見せて」


「あい」


 何本も歯の抜けた口から、しなびた舌がだらんと零れた。

 薬師は相手に顔を寄せ、目で観察し、鼻を利かせ、耳で吐息の流れを確かめる。


「目を開けて、私を見る」


「んあ」


「両手を上げて」


 日に焼けた細い腕、長い生活で荒れた小さな掌がテッカンに向けられた。

 患者をじっと見つめたまま、薬師は首元や手首に触れ、何かを確かめる。


「腹が膨れた感じはないか?」


「ないよ」


「ふむ・・・・・・タジー」


 テッカンはすっと顔を離し、後ろを見もせずに呼びかけた。

 薬箱の間近で師匠の動きを注視していた子供が、弾かれたように背を伸ばす。


「はい、師匠」


「ショイ5、ネネ1で、五日分。よく挽け」


「はいっ」


 薬師は表情を緩めた。


「ドネイのお母さん、心配しなくていい。貴女のは重い病気の先触れじゃないから」


「ほ、そうかい」


「ああ。村のお婆にも言われたんじゃないか? 女が歳をとったら誰でもなると」


 女性は目を丸くして薬師を見た。


「どうしてわかるんだい、センセ?」


「その通りの症状だからだよ。とりあえず五日分の薬を出すが、熱が治まったら、私がいなくても大丈夫な方法を考えよう」


 テッカンが軽く頷くと、小型の擂り鉢と格闘していた小妖種が患者に呼びかけた。


「ドネイさん。いま薬を用意するから、こっちで待っててね」


「作るのは煎薬だ。よく煮出して、漉すか上澄みだけ飲むといい」


「あいよ。ありがとさん、センセ」


「タジー、ちゃんと説明しろ。聞いてるぞ」


「は、はいっ」


 タジーは元気よく答えると、擂り鉢との格闘を再開した。


「次の方、どうぞ−」











 ある子供は言う。


「あの先生の薬は、とんでもなく苦いよ」


 ある女は言う。


「あの先生の薬は、値段が高くてねえ」


 ある老人は言う。


「あの先生の薬は、あんまり効かなくてのお」


 しかし三人に共通する感想もある。


「だけど、あの先生の薬なら安心」


 その一点の評価のために、今日も薬師は真剣勝負で患者と相対する。











 彼方の山に日が隠れ、患者が全て帰った後。

 薄暗い部屋で薬師と見習いが道具を片付けていた。


「ししょー。さっきの子の調合、わざと苦くしたけど、なんで?」


「アレは病気というより、ただの不摂生だ。好き放題してると不味い薬を飲まないといけなくなると、子供に教えてやらんとな」


「へー・・・じゃ、あの女の人は? ずいぶん薬代を吹っかけてたけど」


「マテカは貴重な材料だ。よく効くし、代金分の価値がある。それに金を出すのは彼女じゃなくて、飼い主の金持ちだしな」


「それじゃ、あんまり効かないって文句言った爺ちゃんは?」


「よく効く薬は、体にきつい薬なんだ。若者なら耐えられても、老人は難しい」


「へぇ〜・・・・」


「調合に絶対はない。患者次第でいくらでも変わる。そういうことだ」


「・・・・・・・・・ふ〜ん」


 小妖種は師匠から目を離した。口元をすぼめて床を見つめる。

 何かを考え込む小さな弟子に、薬師は優しげな眼差しを向けた。

 しかし、その穏やかな静寂は続かない。

 すっかり暗くなった部屋に、苛立たしげな声が響いからだ。  


「で、先生。アタシの機嫌も雇い主次第なんだけど、今夜のオマンマはいつになったら作るんだい?」


「「・・・・・・・・あっ」」


 師弟は顔を見合わせた。














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