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 その村の名を、ガラブと云う。


 と、仰々しくのたまわった者は、例外なく嘲りの視線に頬を染めることとなるだろう。


 その名は単に「どん詰まり」を示すものだから。


 辺地なのだ。


 チャンデルナゴルの高峰に親しく見下ろされる村は、陸の孤島であった。






「つまらん」


 薄桃色の小さな唇が、さも不満げに突き出されている。


「なぜ妾(わらわ)が、斯様な田舎に居着かねばならんのだ」


 素晴らしい白銀の髪が森の風にたなびいた。長くしなやかなそれは、クンワ(衣料の神)が直々に撚り上げたと言っても褒め過ぎにならないだろう。少女の自慢でもあった。

 しかし、異相である。

 初見の者は、彼女の容貌を目の当たりにして戸惑う。視線を左右させ、やがて口元を引き締めて腹を決め、それから礼に則り頭を下げるのだ。心中にためらいの色を残しつつ。


 暗い娘だった。


 こんがり日焼けして黒いとか、血色が悪いとか、表情が重苦しいというのではない。暗灰色とでも言おうか、色素に欠ける薄闇を肢体に塗りこめた趣きがある。艶やかな頬も、しなやかな腕も、細い足首も、この暗さから逃れられない。

 彼女は、黒妖種と白黄種の混血だった。肌の暗さは黒妖種の体質に由来する。

 地味な着衣も、彼女の暗さに添った仕立てに見えた。染色しておらず、気取った縁取りもない。しかし肩掛けに用いられた「しぼ」の多い生地は、目利きのできる者なら驚嘆するはずの舶来品だ。上下の服は涼やかな高地に相応しい厚手のものだが、見た目より軽い最上質の毛織物を使っている。 

 上から下まで暗さに包まれた少女。

 だが見逃せない光もあった。それは黄銅の輝きを放つ少女の双眸。強い精神を感じさせる瞳と吊り上り気味の眦(まなじり)が相まって、異色の存在感を発している。

 他に二つとない雰囲気をまとう娘であった。


「王の土を守る者すべからく、年の1/3は所領の水を呑むべし・・・祖王以来の伝統です」


「知っておるわ。ならばこそ妾はこんな辺地に腰を据えておるのだ」


 腹立たしげな言葉をぶつけられたのは、少女の背後にたたずむ女だった。秀麗な美貌を備えた妙齢の女性だが、これまた世の常と異なる装いだった。黒々とした髪は惜しくも切りつめ、感情の薄い顔つきのせいもあって、美しさより怜悧さが先に立つ。髪と揃いの黒瞳は鈍い光を灯し、落ち着きと油断のなさを兼ね備えている。

 身に着けた服は動きやすさを優先したもの。腰に差した細剣は飾りがなく、実戦用であることが明らかだった。


「だがな、この愚痴は妾だけのものではないぞ。領主たるもの多かれ少なかれ零しておるはずじゃ」


「存じております、トゥーラ様。しかし王の土を守る者すべからく、年の1/3は所領の水を−」


「もうよいわ。そなたの言いたい事はわかった、ヤナ」


 少女は軽く低頭した女性を苛立たしげに一瞥した。


 威厳といい、落ち着き具合といい、主従が逆転しているのではと疑われる二人組。実は女性はガラブの代官であり、少女こそが領主であった。

 少女の名はトゥリチャラ・コ・コ・マドヤシャトゥトゥ・ターイー。

 初めは特異な風貌と気性を備えた「マドヤシュクの恥」として。

 後には「ゴモン・カウックの惨劇」の犠牲者として。

 広く世上に知られる所となる。















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