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 内外で未だ燻るハガリ王城。


 焦げた臭いの漂う表門を、鋭利な武器を手にした兵士が出入りする。

 紳士淑女が優雅に挨拶を交わしていた回廊は、血痕も新しく往時の面影もない。

 貴顕の目を楽しませた花壇は踏みにじられ、庭園も荒れ果てたまま。

 そして歴代諸王が厳かに国儀を執り行った広間は、無骨な鎧姿に占拠されていた。

 主を失った玉座に座るのは、久しぶりに無精髭を削ぎ落とした大男。わずか一個軍団で、小なりとはいえ歴史あるハガリを滅ぼした「軍神」テッカン将軍である。

 彼の足下に並ぶのは、ゲンジ軍団の最高幹部だ。上司と同じく顔の埃を落とし、連戦で血と泥に塗れた鎧を洗った姿は雄雄しく、国一番の精兵を誇るに相応しい。

 三日間の乱痴気騒ぎを終えて軍務に復帰した彼らは、それぞれ上司に報告を行っていた。


「同士討ちをした愚か者は、一週間ほど水牢で頭を冷やさせるつもりです」


「ついでに飯は一日おきにしとけ、ファラインザ」


「了解しました」


「プーナ、本国からの指示は特にないんだな」


「は。軍務庁の定期連絡は通常通りでした。閣下には特使が来ていたようですが?」


「耳敏いな。だが、ありゃあ戦利品の無心だ」


「本国が、ですか」


 プーナは首を傾げた。軍官らしからぬ柔和な顔つきをしているが、それは彼が事務官僚だからだ。鎧武者が並ぶ中、身軽な服装なのはプーナと事務官数人だけである。


「分捕ったモンを国に寄越せとよ。凱旋式なしで宴会をやっちまう気らしいぜ」


「それは・・・」


 居並ぶ幹部は苦笑を浮かべたり、肩をすくめたり、様々な反応を見せる。主役のいない祝勝記念会を開くというのだ。苦笑もするだろう。

 とはいえ、ゲンジ軍団の面々がいないほうが格好がつくのも事実だ。この軍団自体が軍務庁の本流から外れた消耗部隊である。彼らの中には正規の軍官もいるが、ほとんどは素性の怪しい傭兵ばかり。指揮官のテッカンからして、異国生まれの流れ者だ。礼儀を知らない、柄の悪い連中と一緒では、お上品な方々は楽しめないだろう。


「俺ァ、ありがてえくらいさ。国王陛下主催の堅っ苦しいパーティーなんぞ、気詰まりなだけだ」


「俺もそうさ、旦那。まあ、女どもは見たいが」


「気が合うじゃねえか、ジナ。俺も女だけだな」


 身軽そうな革鎧を着た小男が、下卑た笑いを漏らす。きりっとした長身の青年が小男を睨むが、どこ吹く風と受け流された。


「プーナ。そういうわけだから、かさばる戦利品は本国へ送っちまえ。金銀細工はたいして荷物にならんし、いざという時に使うからとっとけ」


「わかりました、すぐに目録を作成します。護送隊を用意して貰えますか」


「おう。カンジ」


「は、一個分隊もあれば十分と思います」


 凛々しい若武者が軽く頭を下げた。


「任せた。んじゃ、最後の話だ」


 テッカンはごつごつした拳を肘掛に叩きつけた。


「人手が足りねえ。本国から補充は来ねえし、兵隊は減る一方だしな。んで」


 テッカンは細身の事務官を顎でしゃくった。


「軍務庁へ要望書を送ってんだが、何度やってもなしのつぶてで埒が明かねえ」


 将軍が盛大に鼻を鳴らすと、めいめいが唸った。口元をへの字に結んでいるのは、上司と同様に不満たらたらの者。肩をすくめているのは、使い捨て部隊というゲンジ軍団の性質をよくわかってる者。苦虫を噛み潰した顔をしているのは正規軍から送り込まれた、いわば目付役の立場にある者だ。


「まあ、こんなのはよくある話で、聞かせるまでもねえんだが。本国と悶着があるかもしんねえって事を教えてやろうと思ってな」


 テッカンがじろりと一同を見回す。


「俺らは寄せ集めだ。立場が違うヤツもいる。みんな、状況が変わるかもしんねえぞ」


 ざっくばらんなテッカンの口上だが、意味を理解した者から順に表情が引き締まった。

 大広間の空気がしんと冷える。

 終わりに「覚悟しとけ」と言い捨て、テッカンは立ち上がった。









 












 ゴメの人マウラナ・アガビンナは記している。


「要するにテッカンは、名の知れた傭兵軍団が辿る”いつか来た道”を通ろうとしたわけで、彼だけが特別でも悪いわけでもない。

 だからカーネが彼を呼び戻したのも、その後の展開も、全くありふれた出来事にすぎないのである」

















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