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 冷え固まった雪を、駄獣の太い足がざくりと割る。


「よ〜といん〜♪」


 歩みは実にのんびりしたもの。


「ひょうきょりきょうに ひょうじつりじつ〜♪」


 手綱をとる者も急がせるわけでなく、一歩ずつ足取りを確かめて進む。


「ひょうきょりじつと ひょうりきしょ〜♪」


 肝まで引き締まるような冬の樹海に、調子をとった歌が流れていく。


「ふ〜ちんさくち〜 げんきんか〜つ♪」


 歌い手は小さな子供だ。

 左右に振られる駄獣の尻尾を追って、氷の張った外套から明るい声が絶え間なく続く。


「しょくびだいこ〜 こ〜ふくにゃ〜♪」


「じゃく」


「・・・・こ〜ふくじゃ〜く」


 木々の枝葉に上を覆われているとはいえ、地表にもかなりの積雪がある。

 子供が歩むには厳しいところだが、駄獣の足跡が丁度良い道になっているようだ。


「さいしょ〜だいけつ さいごにか〜ん♪」


 おそらくは全地上で一人と半分しか理解できないであろう歌が、針葉樹以外の生命を見失った森に広がる。


「たいよ〜しょ〜よ〜 よ〜め〜たいいん♪」


 巨大な山塊を背にした、極寒の樹林。

 大中小の三つの外套が、薄氷を付けたまま、こんもりと雪を載せた駄獣を引き連れて道を下る。


「しょ〜いんけっちん がっぺいびょ〜♪」


 頭巾の下から白い息がもくもくと煙立つ。


「てんぞくてんにゅ〜 えびょ〜にちゅうい〜・・・・いぅ!?」


 ふいに語尾が乱れた。凍り付いた尻尾が子供の頬を叩いたのだ。

 そのまま駄獣の尻にぶつかりかけ、子供が慌てて足を止めた。ひりつく頬に手を当てつつ、前を見る。

 もちろん獣の尻しか見えないわけで。


「いったぁ〜・・・どしたの、ししょー?」


 目の前でぶらぶらする尻尾を払いながら、横に首をのばす。見えたのは、手綱を取っていた男が近くの枝を折り取るところだった。


「タジー」


「ん?」


 男の後ろを歩いていた者が頭巾を跳ね上げた。鋭い眼差しと真っ直ぐな黒髪が現れる。


「なに、ねーちゃん」


「口を閉じて鼻を利かせろ」


 女が口の端に緊張の色を見せて辺りを窺う。子供の顔から余裕が消えた。


「・・・・・・・・・・・」


 女に続いて、子供も頭巾を外す。鼻の頭に皺を寄せて首を左右に振った。

 駄獣が煩わしげに口中を蠢かす。


「んっ・・・・左斜め前・・・?」


「ふむ・・・アイ、これを頼む」


 手綱を女に渡し、男が折った枝を片手に前へ出る。


「ししょー」


 枝で雪を突きながら進み始めた男に、子供が声をかけた。


「これ嫌だ。すっごく嫌な臭いだ」


「同感。見つけないのもアリじゃないか?」


「・・・・・・・・・・」


 男が手を止めた。

 その時だ。


「それが賢明だ」


 静寂の降りた森に、凛とした声が響いた。


「っ!」


 タジーがぎくりと首をすくめ、アイが反射的に体(たい)を落とす。

 そしてテッカンは、ゆっくりと声の届いた方向へ首を向けた。




「私はガラブの差配を司る代官だ」



 声に続くのは、張り切った弓弦(ゆづる)の、かすかな軋み。



「この先は、英雄ハフマン・デーの血を引かれし高貴なるトゥリチャラ殿下の御領地なるぞ。



 汝らこの地に入りたくば、名と身分を明らかにし、斯様(かよう)な時節に越境した目的を申し立てよ」





 人工物を想起させる無表情な女が、短弓をこちらに向けていた。
















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