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 アシヨの山が紅葉を失い、遥かヒウルーンの頂(いただ)きが白い冠で飾られる頃。

 戈季(秋)は終わりを告げ、カーネに寒季がやってくる。

 朝夕の気温が急激に下がり、人々は冬篭りへ向けた準備を慌しく進める。

 近所の挨拶は「いい天気だねえ」から「今日は冷えるねえ」へ変わり、頭巾と手袋が手放せなくなる。






 寒季の初め。

 よりいっそう冷え込んだ朝。

 白い息を吐く守衛たちの手で、カーネ王城の西門が開かれた。

 西門は下働きや出入りの商人のための通用口だ。

 守衛の口から開門が告げられると、城外で震えながら待っていた者達が我先に押し寄せる。幾人かの守衛を、通行証や割符、荷受票などを握った雑多な連中が取り囲む。いつもの風景だ。

 急に騒がしくなった周囲に刺激され、落ち着きをなくす駄獣や牽獣を御者が宥めるのも、いつものこと。

 ただし今日は、いつもと少し違う展開となった。

 入城一番乗りの者を押しのけて、中から兵士が出てきたのだ。門外で人だかりを作っていた連中が一斉に目を向ける。


「その辺りでいいだろう。邪魔にならない隅のほうにな」


 振り向いて告げた男に了解の言葉が返ってくる。

 続いて出てきたのは、担架をかついだ二人組だ。

 彼らは西門から少し離れた場所へ進み、担架を傾けた。載せられていたモノが転がり落ち、泥を飛ばして湿った音をたてる。落ちた拍子に粗末な布がわずかにめくれた。

 垣間見えたものは、血の気を失った肌に短く縮れた体毛。

 足首。それも人間の。

 人々はすぐに事情を理解し、目をそむけた。


「ご苦労。昼にお前達だけカラチュイ(焼き菓子)の支給がある。忘れず受け取っておけ」


「へへ〜い」


「どうも」


 上司らしい男に、担架を運んできた兵士がお辞儀する。彼らは自分が持ってきたモノを一度も振り返ることなく、城内へ戻っていった。

 守衛は何事もなかったように受付を再開し、人々もまた、自分の役目を果たそうと城内各所へ散っていく。

 一人として、薄っぺらい布の真ん中がわずかに上下していると気付かない。 朝は特に忙しいから。

 やがて西門に群れていた人だかりが消える頃、城門前の広場に小人が姿を見せた。

 凍った地面を踏む足は小さすぎる。どうやら白黄種(ヒト)ではなさそうだ。

 頭から膝まですっぽりと覆った厚手の毛織物は、洗濯という言葉と無縁のようで、かなり汚い。そして臭い。小人は悪臭を振りまきながら城門にやってくると、守衛にペコリと頭を下げた。


「へ、へ、へ。あっしらの飯のタネが来やしたな」


 枯れた笑い声を上げるが、守衛は無視した。小人は慣れているのか、返事を最初から期待していないのか、すぐに門から離れる。その足は、先ほど放り出されたモノに向けられていた。

 コビトが枯れ枝のような指で横たわったモノを突付いたが、何も反応を示さない。だが地面に転がったモノを覗き込むと、小人の口から感嘆の言葉が漏れた。


「おや、命冥加なダンナだねえ? まだ生きてるじゃあないか」


 小人が片手をひらひらと振る。広場の端から、小人と同じくらい汚い大人が二人、姿を現した。一人は布を巻きつけた長い棒を手にしている。


「ヒヒヒ。飯のタネだよ」


 下卑た声で笑い、小人が顎をしゃくる。一人が棒を地面に転がすと、それは粗末な担架になった。二人は慣れた様子で地面に転がっていたモノの両端を持ち上げ、担架の上に移す。移すと言っても放り投げたようなもので、担架に落とされたモノが、低いけれど確かに唸り声を上げた。


「オヤジ。こいつ生きてねえか?」


「気にすんな。”口”に連れてけば、すぐに亡者の仲間入りさ」


 小人が癇に障る笑い声を上げた。











 不滅の神々ならぬ身の上、人は必ず死ぬ。

 理想は家族に囲まれての大往生であろうが、現実には悲惨な末路を辿る者が少なくない。災難により、貧窮により、あるいは旅路の果てにかもしれないが、とにかくいる。

 路傍に骸(むくろ)を晒すような死に様は、誰だって嫌だろう。しかしいつの時代も、どこの国でも、そのような哀れな最期を遂げる者は後を絶たなかった。ことに都市では、現代で言うところの「行旅死亡人」が多かった。飢饉の最中ともなると、毎日のように身元不明の餓死者が路上で事切れていたという。

 何とも恐ろしい光景だが、住民は怖いで済ませるわけにいかない。子供の教育上よろしくないし、衛生上の問題もある。見た目にも落ち着かないし、町の外聞も悪い。それに何より、臭い。

 とはいえ、得体の知れない亡骸に触れたくないのも、正直な気持ち。

 そこでサトアダ(死体運び)という職業が成立するわけだ。

 彼らは生き倒れを見つけると担ぎ上げ、城門での手続きを経て、城外へ運び出す。持って行く先は”口”と呼ばれる亡者の森だ。これは当初、冥府の入り口とか冥神の口などと呼ばれていたのが、短縮されたらしい。運び出された死者は墓もなく森に埋められ、忘れ去られる。手間賃は城主が支払うことになっていたが、町によっては住民の共同積立金から支払われることもあった。

 主に貧困階層の者が務めたこの仕事。小さな町では臨時雇いか、いても1-2人だが、ネベブのような大都市ともなると、数十人規模で働いていたようだ(それだけ死人が多かったという事でもある)。職業組合まであって親方は結構な羽振りの良さだったという。

 余談だが、各地に「ショキ」や「シャク」などの接頭辞がついた地名があるのは、読者諸賢もご存知だろう。都市の近郊に見られるこの地名は、往年の亡者の森の名残だ。掘り返せばゴロゴロと人骨が出てくるため、商業開発されることが少なかった。現代でも、自治体の自然公園や森林保全区域に指定されている場合が多い。





 



 カーネの”口”は、城の南8ムラド(約1キロ)にあった。緩やかな丘陵の突端部にあり、人の手が入らない自然林となっている。

 王城から担架をかついできた一行は、森に入ってしばらく進むと、放り出すように担架を下ろした。


「・・・てめーら、躾が足りなかったみてーだな」


 担架に乗っていたモノが唸ると、吐き捨てるような返事がきた。


「へっ。さんざ苦労させられたんだ。このくらいガマンして欲しいもんだぜ」


 小人の言葉に、運び役の二人が何度も頷く。


「ふん、生きてやがるたあ、悪運の強え野郎どもだな」


「そりゃあ、こっちの台詞さね、テッカンのダンナ」


 外套の頭巾を跳ね上げ、小妖種のジナが下品な笑みを見せた。





 











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