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”−−−−イ”




 二年前、彼女は死んだ。


 理由はわからない。


 でも原因はわかってる。


 僕だ。


 僕のせいで、彼女は死んだ。


 僕のせいで、彼女は死んだ。


 僕の


 目の前で


 死んだ。







”−−−ライ”








「お前が悪い!」


「ユウが悪い!」


「も〜っ、二人ともしょうがないなあ」


 悪夢の始まりはいつも唐突で・・・・平穏だ。


 僕が居て、ミオが居て、彼女が居て。


 僕とミオがぶつかり、彼女が宥める。


「ほら、二人とも仲直りの握手だよっ」


「うーっ」


「うーっ」


 そうやって輪になっていた。


「ほ〜ら、ユーちゃん、ミオちゃん」


 昔からそうだった。


 ずっとそうだった。


「二人が仲良くしてくれないと、お姉ちゃん、泣いちゃうよ?」


「・・・・・・・・・・・・・・・・むー」


「・・・・・・・・・・・・・・・・う〜」


「・・・・・・・・・・・・・・・ゴメン」


「・・・・・・・・・・・・・・・メン・・・サイ」


「うん、二人ともイイ子ね。お姉ちゃん、嬉しい♪」


 僕と、彼女と、ミオと。


 僕らはいつも一緒だと。


 これからもずっとそうだと。


 信じていた。








 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。




 ”彼女”の名は、小川真生(おがわ まお)




 ミオの姉だった。









”−−キ−イ”






 マオとミオは、母方の従姉妹だ。

 僕らは、いつも一緒だった。

 家が近かったこと。親族の仲がとても良かったこと。姉妹の親が共働きだったこと。

 色々な理由から、姉妹+僕の三人はワンセットで過ごして来た。

 気の強いミオは何かと反抗的で、すぐに僕と口喧嘩になったけど、そのたびにマオが仲裁に入った。

 彼女はいつも穏やかで、公平で、我慢強く、僕とミオの仲直りを手伝ってくれた。

 マオがいたから平気で喧嘩できた、と言えるかもしれない。

 いつも困ったような微笑を浮かべて、でも決して声を荒げることがなく、優しかったマオ。




 僕は彼女が好きだった。




 とても、とても好きだった。








”−−−−−、ダ゙−キラ−”










 崩壊した僕達の世界。


 その兆しは−


 マオが中学に上がって、しばらくした頃。

 日曜日の夕方、彼女がいきなりボールペンで手の平を突き刺した。

 傷から赤い血が湧き出し、ポタポタと流れる。男みたいなミオが甲高い悲鳴を上げ、僕はビックリして声が出なかった。

 母さんが飛んできてすぐに止血し、大事にはならなかった。

 周囲が騒ぐ中、マオはただ黙って赤い雫に見入っていた。







”−−−−−、ダイキ−イ”






 マオは変わっていった。


 手足に生傷が絶えなくなり、常にどこかに絆創膏が貼られるようになった。僕の家でも、ふいに自傷行為に走った。刃物や尖った物は隠すようにしたけど、何かを見つけては腕や脚に突き立てるのだ。今でもウチの縁側や柱に、どうしても取れなかった血痕が残っている。

 読む本も変わった。大好きだった童話をぱったり辞めてしまった。僕らに理解できない、難しい本ばかり手にするようになった。以前は読書していても、周囲の声に耳を傾けてくれたけど、それもなくなった。一度表紙をめくり始めたら誰の言うことも聞かず、文字を追うことに没頭した。

 穏やかで温かな人柄に惹かれて、マオの周囲にはいつも友達がいた。いたけれど、誰もマオの変貌についていけず、一人、また一人と離れていった。彼女は孤立し、疎外されたが、それを気にすることもないようだった。

 怪しげな本に取り憑かれた彼女は、次に現実の死に取り憑かれた。

 殺人事件と死傷事故に異常な興味を抱き、死に関する本を読み耽り、葬儀場と火葬場を訪れ、自らを傷つけては病院と家を往復した。病死した男子高校生の霊安室の前で半日も立ち続け、恋人と勘違いされたこともある。

 もちろん彼女が恋していたのは男の子じゃなく、”死”だった。

 恋どころか彼女は死を愛していた。

 だけどそれは片思いで。

 死はいつも、彼女にそっけなかった。

 僕は忘れない。

 真っ白な腕から鮮血を滴らせて微笑む顔を。

 廊下に赤い足跡を着けて歩く姿を

 包帯で傷を覆った後もまだ残る、血の生臭さを。

 死に一歩届かない場所に留まり続ける苦悩を。








”−−−なんか、−−−−−”







 そしてやってきた、あの運命の日。



 春の訪れを感じさせる暖かな陽射しの下で。

 真新しい制服と通学カバンの前で。

 つんとした紙の匂いが残る教科書の上で。

 輝かしい未来の構図に包まれて。

 彼女は手首を切り裂いた。









”−−ちゃんなんか、−−−−イ”








 昨日のことのように思い出せる。

 色と形だけでなく臭いまで。

 地面に広がる、ぬめっとした紅。

 放射状に広がった黒髪。

 じっとりと朱に染まっていく白衣。

 焦点を失った小豆色の眼。

 むっと鼻をつく生臭さ。

 僕は窓の中から−





 







「大丈夫だ。私は窓から飛び降りたりしない」


「っ・・・!」


 顔を跳ね上げると、弱々しく微笑む先輩と目が合った。


「そもそも、この部屋の窓は開かないからね」


 少し冗談めかして言う。


「ま・・・・ど・・・・・」


「ユウ」


「・・・・・・・・・・・ぁ」


「平気かい? 顔色が優れないが」


「え、あ、あぁ・・・・・・」


「む、いけないな」









 あれ・・・・



 おかしいな。



 窓・・・?



 ”彼女”は手首を・・・・・?





 でも





 僕は






 たしかに






 見た−






”−−ちゃんなんか、ダイ−−−”









『うわあああああああああ!!!』









 それは、あの時の僕の声か、それとも今の僕が放ったものなのか。







 わからないまま−









 
 

 







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