二人がいる。
敗者と勝者。
哽咽と歓喜。
骨と肉。
過去と現在。
死と生。
男
と
女。
ひらり、と。
桃色の花びらが横切った。
どこから飛んで来たのか・・・・
優雅に踊って地に落ちる。
その時間、瞬き一つ。
花弁から目を戻した時、
彼女は消えていた。
辺りを見回す。
そこは風もなく、音もなく。
柔らかな日差しに包まれていた。
春の匂いのする世界で。
少年は一人だった。
すこし白っぽい空の下。
少年は飛ぶように駆ける。
何処を目指しているのか。
何を求めているのか。
町を飛び出し、
県境を越え、
海をも渡り、
ついには星の世界まで−
そうして少年は顔を歪めるのだ。
どこにもない。
探しものが見つからない、と。
”それ”を求めて叫ぶのだ。
音のない世界で。
彼女のいない世界で。
彼をいらない世界で。
力尽き、堕天する少年。
空気摩擦で赤々と輝く。
赤熱した皮膚が溶け落ちる。
染み出た途端に気化する体液。
剥き出された骨格が、乾いた軋み音をあげる。
少年は泣く。
苦痛でなく、慙愧によって。
少年は泣く。
泣きながら堕天する。
泣きながら燃え果てる。
その醜悪な姿は、
ただただ、
滑稽だった。
水音。
水しぶき。
高熱が水蒸気へ転化する煙。
大気の振動と波紋。
少年の残骸へ、ぬめりが押し寄せる。
骨身に染み渡る、汚泥の匂い。
焦げた手首が水底を掻く。
虚ろな眼窩を水草がくすぐる。
未だ燻る腱肉。
細い体を、ヘドロが優しく抱きとめる。
残骸の中で、少年は悲しむ。
あんなに走ったのに、何も見つからない。
何も残って無い。
失敗したのだ。
ぽっかりと空いた両の目から、流すはずのない涙を流れるはずのないドブ川に零す。
少年の惨めな残り滓が。
見苦しくすすり泣く。
また一つ、水音。
水しぶき。
波紋。
こぽり、と、空気の塊。
少女が沈む。
自由を求めて。
衣服に染みとおる、すえた臭い。
固く握り締めた手。
きつく結ばれた目。
音にならない声を上げる口。
痙攣する腱肉。
疲れ果てた心を受けとめたのは、澱み。
成功したのだ。
解放された。
ついに。
求めたものを得た。
愚かな臆病者が。
喜悦の歌に酔う。
カチカチと、歯が鳴った。
血走った瞳がギョロリと動く。
何という僥倖!
こんな所で!
見つけたのだ。
旅の終わりで。
生者が死者を。
骨が肉を。
絶望が希望を。
見つけた!
ゆっくりと降りてくる。
薄く閉じた瞳。
綻んだ唇。
白い顔。
あれこそが、求めていたもの。
少年は脊骨を捻じ曲げ、頭蓋を持ち上げる。
寒々しい歯列を、瑞々しい口元に近づける。
ゆっくりと。
たゆたう水の中。
顔が重なる。
肉と骨が接触する。
屍の接吻。
無残極まる光景に、魚も戦慄する。
ぽきん。
少年の背骨が砕けた。
折れる上腕骨。
分解する肋骨。
崩れる趾骨。
沈んで行く。
再び、そして永久に、
ヘドロに呑まれる。
少年は転落する。
あるべき場所へ。
とこしえの深淵へ。
安らぎの暗黒へ。
そして少年は見た。
世界に訪れた最後の瞬き。
終末の光明。
そこに映し出された、
破 裂 す る 少 女
昏い世界を引き裂く絶叫。