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 その夜。

 早めに敷いた布団の上でゴロゴロしていると、ケータイが鳴った。

 着メロで身内からの電話とわかる。

 身内の電話は居留守が仕えないから厄介だ。家の固定電話でバレちゃうから。

 仕方なく腕を上げて、机からケータイを引っ張りおろした。

 LEDが早く出ろと言わんばかりに忙しく明滅している。

 液晶を覗いた僕は、思わず呟いた。


「見なきゃよかった」


 疫病神からの電話だ。

 いやいやながら、着信ボタンを押す。


『うぃ〜っす』


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・用件は?」


『むかっ。アンタねえ、挨拶もロクにできないのー?』


「鏡に向かって言いなよ、ミオ」


 電話の向こうで、従妹が唸った。


「んで、用は何?」


 話しながら仰向けに転がる。

 真っ直ぐ天井を見ると、蛍光灯が不安定に瞬いていた。

 そろそろ替え時かな。

 目が痛くなって視線を逸らす。


『ん〜? あれからどうしたかと思ってさー』


「どーしたっても、すっげー困ったぞ。先輩、ぜんぜん機嫌を直してくれなくて」


『おー、良かったじゃん』


「どこが良いんだよ! あれからメチャクチャ気まずかったんだ」


 ミオが旋風のように過ぎ去った後、あきらさんの機嫌は過去最悪だった。

 僕が何を言っても反応がなく、時々こっちを見上げては、すぐソッポを向いてしまう。そのくせ帰り道ではずっと手を離してくれない。駅の券売機で離そうとしたら、爪の痕が残るくらい手を握り締められた(仕方なく片手で二人分の切符を買った)。

 最後は諦めモードになったけど、惣右衛門の家の人(地元の駅に先輩を迎えに来てた)が先輩の不機嫌さに驚いて、僕が何かしたんじゃないかと勘繰られてしまった。何にもしてないのに・・・・

 明日どんな顔で会えばいいのか。それを思うと気が重い。


 僕が恨みがましく教えると、ミオは信じられない言葉を言った。


『おめでとーっ、裕ちゃん♪』


「何で!?」


 人を嫌な目に遭わせといて、そりゃないだろう。

 それとも、春でもないのにおかしくなったのか。


「ここ二、三日、暑かったからなあ・・・・」


『バカ、あたしはまともだ』


「ああ、そうだね。みんな、そう言うよね・・・・」


『あー、もうっ! 心配して損したー!』


 受話器の向こうで派手な音がした。ブリキのゴミ箱でも蹴り飛ばしたのだろう。いつものことだ。


「後で心配するくらいなら、最初から放っといてくれれば良かったんだ」


『そういう意味じゃなくて! 相手がマジかどうか気になったんだよ、アタシは』


「ふぇ?」


『変な声だすな。ナニしてんだ?』


「あ、ああ、ごめん」


 寝転がって応答したせいか、しゃっくりみたいな声になってしまった。

 腹筋を使って起き上がる。


『いい、マジな話よ? 裕ってば、あんな事があったしさ。やっぱ気になるんよ、アタシとしちゃ』


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


『だからさ、おめでとって言ったワケ。ヤキモチ焼くくらいなら、ちくっと安心だし?』


「・・・・・・・えー」


『なにが「えー」だよ。大事な従妹の心遣いに感謝しろっつーの』


「いや・・・・・そうじゃなくて・・・・・・」


 僕は首を振った。


「なんでその話でヤキモチが出てくるわけ? 関係ないじゃん」


『あ?』


「先輩が怒ったのはお前が無礼だったからだぞ。ああ見えても生徒会長で、マジメな人なんだから」


『・・・・あぁん?』


 僕の説教に対する反応は、妙にドスが効いていた。


「だから僕もフォローしとくから、次に会った時はも少しマトモな挨拶をしてよね」


『・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・』


「わかった? ミオ」


 返事はなかった。

 かわりに受話器の向こうから届いたのは、やたらと長い溜息。


『なあ・・・・裕』


「何さ?」


『あんた、マジモンの馬鹿だ』


 ブッ。


 言い終わった途端に、一方的に通話を切られた。

 電子音が通話終了を知らせる。

 僕はわずかな間、魚みたいに口をパクパクさせていた。




『あんた、マジモンの馬鹿だ』




 脳内でリフレインする捨て台詞。

 液晶を呆然と眺める。




『あんた、マジモンの馬鹿だ』




「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」



 とりあえず、ケータイを机の上に置いた。

 そして、おもむろに枕を掴みあげる



「ムカツクーッ!」



 僕は枕を蹴っ飛ばした。

 
















 フテ寝した布団の中で僕を訪れたのは、眠気じゃなくて思考のチェーンだった。

 相手がいない以上、正答も結論もない。

 ただただ無意味な、事実の確認と憶測の連鎖。



 先輩は「お友達」だ。


 カノジョじゃない。


 ミオが勘違いしただけだ。


 色ボケしてるアイツだから、二人で歩いていれば誰でも恋人に見えてしまうんだ。きっと。


 先輩がヤキモチなんて焼くはずがない。


 そもそも先輩は別に、僕を好きなわけじゃない。


 僕らは「お友達」にすぎない。


 たしかに出会いは強引で、さらに横暴だったけど。


 他の男子よりは仲がいいと思うけど。


 一緒にいる時間なら、同級生や生徒会の人たちのが長いし。


 所詮は僕は、遊び仲間の一人。


 あきらさんが暇で、かつ適当な遊び相手がいない時の、穴埋めにすぎない。


 そうなんだ。


 そうに決まってる。


 そうじゃなければ・・・・・・おかしい。








 僕なんて「限りなく平凡」ていう以外の特徴がない、面白みのない奴なんだから。


 あきらさんにとっても、「その他大勢」の一部品に違いない。


 だから遠慮なしにハリセンでしばくし、駄々をこねたりワガママを言ったりするんだ。


 僕は反抗したり文句を言える立場じゃないから。


 だから「お友達」なんだ。


 僕は今までずっと「平凡」で「その他大勢」で「一部品」で。


 これからも「平凡」で「その他大勢」で「一部品」で。


 ずっとそうなんだ。





 大丈夫。


 僕は自分をよく知ってる。


 自分の立場をわきまえてる。


 僕は大丈夫。










 僕がこの時、本当に自分の言葉を信じていたのか。


 それとも自分を信じ込ませようとしていたのか。


 この時はわからなかった。




 ミオが言った通り。


 僕は馬鹿で。


 どうしようもなく馬鹿で。


 自分の心をわかったつもりで。


 あやふやな確信に満足して。


 そんな不確かさの中に安住していたから。


 僕は−









 「現実」に耐えられなかったんだ。















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