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 平凡を絵に描いたような僕、仁科 裕(にしな ゆう)











 生徒の模範でカリスマ生徒会長、惣右衛門(そうえもん)あきらさん。













 全校を驚倒させた『昼下がり愛の告白事変』から一ヶ月・・・・・











 僕とあきらさんの「友情」は続いている。










 ・・・・・まだ。












Convince me,please!

"Convince me,please!"

- 真章 -












 今日は壱ヶ谷(いちがや)まで来た。

 降水確率40%の午後。空模様を気にしながら駅前通りを歩く。

 壱ヶ谷はいつもながらの賑わいだ。乗り換え客や帰宅の人々、買い物客が集まっては、各方向に散っていく。

 地元の九重(ここのへ)商店街で大抵のものは揃うけど、ちょっと凝った買い物をするなら壱ヶ谷がいい。店の数も品揃えも違うし、掃除も行き届いてる。なによりショッピングを楽しめる街だから。


「ふふ・・・」


 かすかな声が左の耳に入る。

 見下ろすと、彼女と目が合った。


「楽しかった」


 ニコリとする女の子。


「よかったですね」


「うん。いい買い物をした」


 僕の手をきゅっと握って言ったのは、惣右衛門あきらさん。

 名前と口調でよく間違われるけど、れっきとした女の子だ。学校の先輩で、生徒会長でもある。ちなみに「惣右衛門」が名字で「あきら」が名前。

 僕たち二人の関係はというと・・・・


 「お友達」だ。


 放課後に手を繋いで歩いてれば誤解されそうだけど(実際されてるけど)、あくまで友達。


 パティスリーで真っ赤になりながら「あ〜ん」とかしても、お友達。


 いきなり結婚式の日取りとか聞かれてパニックになったこともあるけど「お友達」。


 友達なんだってば。


 どこにでもいる大凡人の僕と、全校生徒の見本で人気者のあきらさんが、どうしてこういう関係になったのか・・・・・詳しくは前作を見てほしい。



 ともあれ昨日、無事に中間テストが終わったので、こうして羽を伸ばしている。伸ばしてるのは主にあきらさんだけど。

 てゆーか、何故に女の子ってあんなに買い物が長いんでしょうか。

 袖がストレートでもバルーンでも、プリントが0.5ミリずれてても別にいいじゃん!

 紅も朱も丹も、英語にすればみんなRED!

 ヒールが5センチだろうが6センチだろうが見た目は変わらないって!

 と、ファッションセンスのない僕は思うんだけど、ご本人は譲れないらしい。

 あっちのブティックを覗き、こっちのブランドショップに入り・・・商店街を引き回されること、実に二時間。

 それだけかけて、購入したのはシックなブラウス一着。

 二時間で一着だよ?

 信じられない。

 男だったら十分で決めて、残りの時間は遊んでる。


 ・・・・・・・・・・・・・。


 まあ、それでも文句を言わないのは−


 彼女と過ごす時間を、僕が本当に嫌がってるわけじゃないって事だろう。






 駅へ続く道を歩いてると、6時の時報が鳴った。


「む、もうこんな時間か。一息つきたかったのだが」


「あはは。けっこう色んな店を回りましたからね」


「そうだな。残念だが帰るとしよう」


「・・・・そう言いながらケーキ屋を見てますね、あきらさん」


 小声でツッコミをいれると、もの欲しそうな彼女が体を硬くした。


「いや、そんな事はない。今日は帰る」


「はい」


「帰るぞ」


「ええ」


「うう、マロン・フランセ・・・・」


「・・・・・食べるんですか?」


「帰ると言っただろう!」


「そうですね」


「クレームショコラ・・・・・ガトー・オー・フレーズ・・・・・」


「・・・・・・・・・・・・・・・・」


 発言と行動が矛盾してるけど、いつものことだから気にしない。

 この人、学校じゃクールで中性的なスタイルで売ってるのに、プライベートだと意外と子供っぽいところがあるんだよね。ワガママ言ったり、駄々こねたり、拗ねたり・・・

 年上なのに、時々小さな子を相手にしてるような気分になる。

 こんな先輩がウザくなったりしないあたり、僕もけっこう変わり者? 

 ・・・・いや、心が広いという事にしとこう。



「あれー、裕?」


 名残惜しそうにケーキ屋を振り返るあきらさんを待っていたら、聞き覚えのある声がした。

 首を向けると、僕と同年代の女の子。

 見慣れた顔が、ケータイを開いたままこっちを見てる。


「・・・ミオ」


「うぃ〜っす」


 手を振る少女に、挨拶代わりに軽く頷く。

 彼女はラメ入りのケータイを制服のポケットに押し込み、スカートを翻して近づいてきた。愛嬌のあるクリクリした目が、興味の色を湛えている。


「やっぱり裕だった。珍しい場所で会うじゃんか」


「そうでもないよ。最近はよく来てる」


「そう? ふ〜ん」


 ミオが小首を傾げると、毛先にパーマをかけた茶髪が揺れた。

 彼女は目線が僕と同じだから、女の子としては背が高い。


「ミオはいま帰り?」


「まぁね。ダチとぶらぶらして〜。それよりさ」


 彼女は猫のように目を細めた。さらに一歩、こっちに寄る。


「仲、良さげ?」


「あー」


 ミオの言いたいことに気づいて、傍らに視線を落とす。


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


 あれ。


「・・・・・む〜」


 なんか、急に機嫌が悪くなってない?


「あきら・・・・さん?」


 目つきの怖くなった先輩に、おそるおそる声をかける。

 生徒会長は意味不明の唸り声をあげ、僕の左腕にしがみついてきた。その顔は無表情というか、無愛想というか・・・・唇を引き締めて正面に立つ少女を注視する。

 ミオは僕とあきらさんを交互に見やった。その顔が「誰よ?」と訊いている。


「えっとー・・・先輩の、惣右衛門あきらさん」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・うぅ」


 唸る先輩。


「で、こっちは小川 深生(おがわ みお)。僕の従妹です」


「ミオでぃーっす。よろしくぅ、センパイ!」


 礼儀もなにもないけど、こいつはいつも、こんな調子。それは相手が年上でも変わらない。

 あきらさんは、にへら〜と笑うミオを、たっぷり一分は見つめていた。

 おもむろに僕へと目を移し、ぼそりと呟く。


「ユウ、本当に従妹か?」


「認めたくないけど、ホントです」


「待てコラ! どーゆー意味だ」


 間髪入れずにツッコミが来た。


「言ったまんま」


「だーかーらーっ、それがどーゆーイミかって聞いてんだろ」


 ミオが気色ばむ。僕は半目で見返した。


「このまえ電話で、叔母さんがミオは我が家の恥だってこぼしてたぞ」


「なにっ! あのクソババア・・・」


「『娘が色ボケしちゃって困るのよお・・・ご近所さまに恥ずかしいわぁ』だって」


「うっせー! あたしのどこが色ボケだってんだ!」


 僕はミオの上から下までざっと見ると、肩をすくめてみせた。


「パーマ、アイライン、口紅、ブレスレット、ピアス、マニキュア・・・ファンデーションもしてる」


「アホ。UVコートなんざ化粧に入るか」


「あとスカート短かすぎ」


「いーじゃん。減るもんじゃねーし」


「それ、年頃の女の子の言うことじゃないだろ」


「あんだよ。裕は見たくないっての? あたしの、ナ・マ・足」


 そう言って、僕の胸を人差し指で突付く従妹。


「あのねえ・・・・」


 ぷんぷん漂うミオの香水に辟易して、僕は半身を引いた。

 それはまあ確かに、彼女はスタイルも発育もいい。身贔屓なしでも可愛いほうだろう。太股はすらっとして形が良く、色も白い。さっきから通りすがりの人(おもに男)が、彼女へあからさまな視線を送ってた事に、僕は気づいていた。

 外見「だけ」なら十分に人目をひく−・・・いててて!?

 いきなり二の腕に、ピンポイントの痛みが走った。


「あ、あきらさん!?」


「見ちゃダメ」


「は?」


 あきらさんが上目遣いに僕を睨んだ。少し朱に染まった頬が、ぷくーっと膨らんでる。


「ユウは見ちゃダメ」


 ぎゅっ。


 痛ーっ!


「わかりました! わかりましたから抓(つね)るのストップ!」


「・・・・・・・・・ふん」


 あきらさんが頬を膨らませたまま、わずかに手を緩める。

 左腕の痛みは遠ざかったけど、背中に嫌な汗がじわっと滲んだ。


「酷いですよ、あきらさん・・・」


「ユウが悪い」


「えー?」


 何でーっ。


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


 わけがわからない。

 今日のあきらさんは、いつもに輪をかけて理解不能だ。

 ご機嫌斜めになった先輩に往生してると、ミオがいきなり笑い出した。


「なんだよ、ミオ」


 仏頂面で言うと、ミオが意地の悪い笑みを浮かべる。


「だって笑うトコだろ? くふふふふふふふふ、あの裕がねえ〜♪」


「ぜんぜん意味わかんないし! 笑い方キモいしーっ」


「わかんないのがおかしーんだって。きしししし」


 うっわー、何こいつ。


「すっごいムカツク・・・・」


「あははははは! 怒んなって!」


「フツー怒るだろ!」


「きしししし。まあまあ♪」


 ミオはニタニタ笑いを浮かべたまま僕の肩を叩くと、先輩の顔を覗き込んだ。


「えっとー、あきらちゃん?」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


「あたしと裕は、マジでただの従妹よ? 変な心配、いらねーからさ」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


「あきらちゃーん♪」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


 返事なし。

 ミオはしばらく先輩を見ていたけど、やがて「やれやれ」と言いたげに肩をすくめた。


「あたし、帰るわ」


「へ?」


「あきらちゃんのご機嫌取り、よろしくーっ」


「お、おい、ミオ! お前なあっ」


「あははははっ。がんばれー♪」


 一歩下がって、そのまま体を翻すミオ。

 反射的に右手を上げたけど、先輩に腕を取られてままでミオに届くはずもなく。

 彼女が小走りで人ごみに消えていく。

 僕は、その後姿を見送ることしかできなかった。


「あいつめ・・・・」


 言いたい放題言って行っちゃったよ。

 振り上げた手の下ろし場所に困る。

 僕は従妹の去った方を見て、溜息を吐いた。


「ユウ」


「はい?」


「ずいぶん仲が良いのだな」


「は・・・・・まあ・・・・・」


「帰るぞ」


 低い声で呟いて、先輩がようやく僕の腕を開放してくれた。でも手は離してくれない。

 先輩に引かれるまま、僕は商店街を歩き出した。

 ミオがミオなら、あきらさんもあきらさんだ。

 ホント、女心ってわからない・・・・・・












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