ブギーポップ・ウェイブ―エンブリオ共鳴―


3-1

(最近、よく走るな・・・・・・)
 息を切らしながら僕は思った。
(いや、そうでもないか? まあそんなことはどうでもいい―――)
 早く見つけないと。
 焦りが全身を急き立てる。
 何で焦っているのか、わかっていない。
 まだそこまで頭が回っていない。
 ただ直感に任せて、足を動かしている。
 確かな直感が彼を導く。
(またこの感覚か・・・・・・)
 再開発地区近くの駅から走りっぱなしだった。
 決して地理に通じているわけでもないのに、行く方向には迷わない。
 電車を降りるまでは海岸沿いという適当な目安だったのだが、降りてからは目安を立てていたことすら忘れていた。
(なんだ? 探し物をする能力でも覚えたのか?)
 我ながら馬鹿げている、と苦笑した。
 やがて見覚えのある所に着いた。
(えっと・・・・・・)
 方角と方向を確認して、頭の中の地図と照らし合わせる。
「・・・・・・こっち、だな」
 再開発地区と思われる方へ、走り出した。




『イライラ、ってか』
「うるさい」
 不機嫌、と顔に書いて、フォルテッシモは街をでたらめに歩いている。
 目に付く少年には睨み付けるように視線を向けるために大人ですら、彼の近くを歩こうとしない。
『統和機構の情報システムが使えれば楽なんだがな』
「使えないのが分かってるくせに・・・・・・」
 使ってしまっては、任務外のことをしていることがばれてしまう。
 まあばれたぐらいでは構わないのだが、任務が終了していることに勘付かれて次の任務につかされるのが面倒なのだ。
 とはいえ、フォルテッシモが探し始めてからそれなりの日数が過ぎている。
 彼は元々短気であり、我慢の限界が近いのも事実だ。
『いい加減、諦めたらどうだ? だいたい、オレだって確証があるわけじゃないんだぞ』
「大丈夫だ」
 何が大丈夫なんだか、とぼやかれる。
(大丈夫だ・・・・・・だいたいの顔は覚えてる)
 一瞬ではあったが、それぐらいできないと統和機構に所属していられない。
 ふと空を見上げる。青空が見えるが、雲も低く多い。
「雨が降るかもな・・・・・・」
 呟く。そして思いついて、フォルテッシモは足先を転じた。




「・・・・・・いない」
 再開発地区に着いた。しかしそこには誰の姿も無かった。
 ぜえぜえ、と肩で息をする。きつい。
「ほんとにいないや」
 息を整えると、ぽつりと呟いて、
「―――何故?」
 と自問した。
 何も調べていないうちに、妙な確信と共に結論づけてしまった。
「・・・・・・」
 無駄な行為、という認識が内心を占めつつも、地区を一通り見て回る。地下も手頃な範囲で調べた。
 結果、予想通り、誰も居ない。
「あー・・・・・・」
 唸った。
 どうしたらいいだろうか。
 何もしないことはできないが、何が出来るのかわからない。
「ふらふら探すしかないのかな・・・・・・」
 自分を物凄く情けなく感じながら、再開発地区を後にした。




「・・・・・・ああっ、くそ」
『落ち着けよ。・・・・・・とはいえ、自分でもそろそろ諦めがきてるようだな』
「うるさい」
 言いながら、その足は迷いが無い。行き先を決めているようだ。
「・・・・・・」
 見える範囲の顔、姿見は確認しながら、人の多い大通りを歩く。
 目当ての奴はいなかった。舌打ち一つ。やがて目的地に着いた。
 そこはショッピングモールだった。いや、目的地そのものは空き地であった。
 空き地、“スフィア”跡。
 彼の決闘の場所。初の敗北を味わった場所。
 彼にとって感慨深い―――はずだ。
「・・・・・・」
 しかし彼の表情は何か茫洋として、鈍い。
 何かが違う、とでも言いたげな顔。
『おい?』
 らしくない様子の彼に話し掛けるエンブリオ。
 返答は無かった。




 ―――嫌な感じがした。
 嫌いな食べ物の匂いがしたときのような、違和感と不快感。
 胃が、しくしくする。ストレスがかかっている。
「・・・・・・何だ?」
 要因が無い、と思った。
 しかし、歩くのを止めてしまうのは駄目だと思い、人通りの多いほうへと足を動かした。そして、
「う―――」
 嫌な感じどころじゃなく、本気で吐き気がしてきた。
(こんなに急に人酔いするなんて)
 ありえないと思ったが、そうとしか思えなかった。他に原因がない。
 警鐘のように頭痛がしてくる。
 疲労が溜まっていたのかもしれない、ともかく人通りの多いところを離れて休まないと。
 とっさに脇道に行き、さらに裏路地へと入った。
「・・・・・・はぁ、はぁ」
 ともかく、休まないと。
 苦しい。
 何か圧力を受けているような感じがする。
「今日は・・・・・・諦めるか」
 悔しいが、こんなに体調が急変するなんて予想外だった。
 休息を求める身体が意志をくじく。

 ―――ああ、情けない。
 結局僕は何もできやしないのか。


 足取り重く、裏路地から裏路地へと歩き、駅を目指した。
 人ごみの気配が気分を悪くさせていると分かっていたから、避けていた。





 もういちいち顔を確認することに疲れてしまった。
 苛立ちがつのるだけなのでわざと人の少ないところを選んで、駅を目指していた。





 そして駅に着く直前。
 二人は、もはや可視域すれすれから遠ざかる一人の人影を奇跡的に見た。

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