ブギーポップ・ウェイブ―エンブリオ共鳴―


3-0

 再開発地区に一人の人物が現れ、そして中に消えた。
 迷いの無い足取りで、地下へと進んでいく。
 地下は少ない光源ぽつりぽつりと点在しており、ぼんやりと明るい。
 しかし奥に進むに連れて光源の数が減っていき暗くなっていく。
 だがその人物は暗闇を一切気にしていないようだった。
「・・・・・・」
 立ち止まった。
 目の前には高さ五メートルの崖があった。
 落下防止柵はあるのだが、破られている。
 端に立って、下を覗く。
 何かを見つけたのか、その眼が細くなった。
 とん、と軽い足取りで彼は跳んだ。
「――――」
 すた、と軽い足音を立てて、五メートル下の地面に着地した。
 そして何事も無かったように、着地点すぐ側にある物―――スクラップのライトバンに触れた。
 その行為に特に意味は有ったのか、無かったのか。接触はわずかな時間だった。
 また、歩き出す。
 一歩踏み出して、小さな足音がした。立ち止まって、いきなり屈伸をすると、
「ちょっと痺れたな。本調子じゃないのにいきなりだったか」
 と、独り言をもらした。



 少し場所が離れる。
 闇がまた濃くなるが、彼は意に介さない。事実、気にならないのかもしれない。
 足元をよく確認しているが、足場の確保という意図ではないようだ。
 何かを探しているようでもある。ずっと下ばかり見ている。
 明るくなっていくことに気づいて顔を上げると、数少ない光源があった。
「・・・・・・」
 見上げて、明るさに目を細めた。
 そして辺りを一度見渡す。
「―――そういえば、置いてきてしまったよ。邪魔になると思ったんだ」
 誰かに話し掛けるように、言った。
 再び歩を進める。目指すものが近いのか、いくぶん早歩きで。
 彼はすぐに立ち止まり、横手を調べ始めた。
 パイプ状の空洞がより深いところへ繋がっているようだ。
 それを一つ一つ奥を覗き、吟味している。
「これかな」
 ぽつりと呟き、そして、跳び込んで行った。
 壁面に手をつきながら、滑るように降りていく。
 ややしてから、パイプを抜けた。
 これまで以上に周囲を調べながら進んでいく。
 そのフロアは水が溜まっていて、歩くたびに水音がした。
「――――!」
 何かを見つけたのか、驚いたように壁面に近づいた。
 凝視し、手でなぞる。そして爪で削り取った。そして爪を舐める。
「・・・・・・」
 頷いた。爪についたそれは、外気にさらされ乾燥しきっていたが、人の血だった。
 もう一つ見つけた物があった。ナイフだ。これも放置されていたため錆びつききっていた。
 錆びた刃にも、血が付着していた。

 ―――バキ、と鉄が折られる音が響いた。

 彼がその手でへし折っていた。
 彼のその表情は、怒りと恐怖に満ちていた。





 やがて地上に現れた。
「やっぱり僕は焦っているな・・・・・・。辻さんの学校から調べたほうが早いのに」
 自嘲のように苦笑しながら、ぶつぶつ呟いた。
 やがて迷いの無い足取りで再開発を出て行く。
 死体は無かった。痕跡らしき骨もなかった。
 死神が殺した死体ならば、骨が残る。
「まだ・・・・・・まだ、諦めない」
 彼は去って行く。

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