ブギーポップ・ウェイブ―エンブリオ共鳴―


2-5

「・・・・・・?」
 曲がり角を進んだところで、足に何か物が当たった。確かな感触と、こつり、と音もしたので気のせいではない。
 足元に目をやると、白く細長い物が見えた。
(骨・・・・・・?)
 人骨、に見えた。
 まさか、本当に人の死体があったのだろうか。背筋がぞくり、とした。
「・・・・・・・・・」
 勘違い、と思い込むことで自分を落ち着かせる。ついでに二三度深呼吸して、溜め息をする。
 正直、怖い話とか苦手だ。
 他にも似たようなものがあったが、工事中に出来たゴミだろうと思った。というか、そう自分自身に言い聞かせた。
 早足にその場を立ち去る。3メートルも離れれば暗くて見えなくなるが、それはそれで恐怖を誘った。
「・・・・・・」
 僕は、地下に入って初めて地上に出たいと思った。
 空を仰ぐように上を見る。しかし当然そこに空は無く、天井があるのだろうがそれすら闇の中に消えている。
 僕が意味も無く上を見ていると、視界の端がだんだんと明るくなってきた。そして、
「―――?」
 ―――光が、降り注いだ。
 闇を光の帯が貫き、乱反射した光が地下通路に明るさを取り戻させた。
 眩しさで思わず手を翳して目を覆った。目が慣れてきてから、少しずつ手をどける。
(変な物、見えたら嫌だなぁ・・・・・・)
 僕はそんなことを思っていた。が、“それ”が視界に入ったときはっ、となった。
「――――」
 それはまるで一枚の絵のようだった。
 光が差し込んでいるちょうど真下に、人間が一人座っている。ただそれだけのシンプルな構図。
 僕は息を呑んだ。まずこの光景の美しさに。次に人がいたということに驚いて。
「人!?」
 慌てて僕はその人に駆け寄った。ピクリとも動かない。
(死んでる? ―――いや、違う)
 口元に手をやると僅かな呼吸を感じた。―――生きている。
「・・・・・・・・・・・・」
 僕は何度も深呼吸を繰り返し、時間をかけてパニックになりそうな自分を抑えた。
(落ち着け・・・・・・)
 念じるように自分自身に言い聞かせて、その人を改めて見る。
「―――・・・・・・」
 細い体型だ。顔は俯いて影になっているのでよく見えないが、おそらく男性だろう。胸囲がない。多分。
 服はもはや布切れと化していてぼろぼろだった。黒ずんだ部分がたくさんあるが、血の跡なのだろうか。破れたところを慎重に調べると、やはり怪我をしていたようだ。しかしほとんどが直っているようで、かさぶたになっていた。そのかさぶたも取れかけている。
 ここで溜め息が一つ。
 怪我は思ったより全然大したことが無い。怪我の跡はあってもほとんど直りきっているし、息もしっかりしている。酷く小さいが、規則正しい呼吸だ。いきなり呼吸停止というようなことはない、と思う。
 ほっ、としたところで僕はどうしよう、と悩んだ―――いや、ほとんど悩まなかった。
 決まっていた。
 こんなときにどうするかなんて、決まっている。
「霧間さんに・・・・・・!」
 あの“炎の魔女”に、相談すればいいのだ。

 

 翔吾が地下通路へ入ってから二時間後、彼は人を一人背負って地上に出た。
 ふらふらの足取りで工事現場を横切り、ふと気づいたように方向を替え、プレハブの休憩所に向かう。
 辿り着くと、ドアに鍵がかかっているかを確認する。幸い鍵はかかってなかったらしく、中に入り、背負ってきた人物をできるだけ綺麗なところに寝かせた。
「・・・・・・ふはぁ」
 彼は大きく息を吐いた。思ったより軽かったとは言え、人一人を地下から運び出したのは重労働だった。スフィアから再開発地区まで走ってきた疲労も多分にあった。
 しばらく眠っている男の側で座って、息を整える。しかしすぐに立ち上がり、プレハブの外に出た。
 辺りを見回して公衆電話を探す。彼は携帯電話の類を持っていないのだ。近くに無いことが分かると、走る。疲労しているので大した速さではないが。

 ・・・・・・思いのほか、見つからない。
(最近は皆、携帯だからな)
 実際に数が減っているということを聞いたことがあった。かといって、あまりに見つからないと腹が立った。
「何でないんだよ・・・・・・!」
 と、毒づきながら数分間走ると、ようやくコンビニを見つけた。
 教えてもらった電話番号のメモとテレホンカードを取り出し、カードを差し込む。度数が表示され、彼は番号を確かめながらボタンを押した。

プルルルッ プルルルッ

 コールされている間に極力息を整える。と、3コール目途中で出た。
『―――はい、霧間ですが』
 電話を取った相手は織機綺だった。
「えっと、峰下です。霧間さんは居ますか!?」
 いざ電話が繋がると彼は慌て、声が大きくなった。少し驚いたような間が開いた後、凪がでた。
『どうした?』
「あの、再開発地区の地下で・・・・・・人が倒れてたんです。意識が無くて・・・・・・!」
 そう言って、どういう状況か伝えた。
『―――わかった。すぐ行く』
 短くそう言うと、こちらの返事を待たずに凪は電話を切った。
「・・・・・・・・・はぁ」
 電話が切られると、彼は気が抜けたようにその場にへたり込んだ。
 体力的に限界だった。
「・・・・・・」
 しばらく彼は茫然としたままだったが、やがて受話器を戻し、テレホンカードを財布に戻した。


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