ブギーポップ・ウェイブ―エンブリオ共鳴―


2-2

「―――あっ」
 まさか本当に会えるなんて思っていなかった。
 僕は本の少しばかり、呆然としてしまった。
 はっ、として霧間さんの方に歩き出し、凪の隣に男の人がいることに気が付いた。
(・・・・・・誰だろう?)
 どうやら話をしていたようだし、他人というわけではないだろう。
「―――何の用だい?」
 いきなり、というか僕はまた、ぼう、っとしてたところに、霧間さんが話し掛けてきた。
「あっ、別に用というわけじゃないんですけど・・・・・・」
 全く持って偶然だ。いや、僕が探していたからかもしれないが、ここで会えたのは偶然としか言えない。
「・・・・・・何をしてるんですか?」
 取り敢えず、そう訊いてみた。そして、まじまじと霧間さんの姿を見てみる。
 ごつい靴――ブーツだろうか?――を履いていて、革製らしいつなぎを着ている。普通の女子高生がするような格好じゃないことは一目瞭然で、制服を着ていたときも高校生離れした印象を受けたが、こんな格好だといったい何歳なのかわからない。
「―――あんたには関係の無いことだ」
 凪はスパッ、と切り返した。僕は思わず一歩引く。
 革のつなぎが古いものなのかささくれだった感じと、凪の鋭い眼が相なって、少し怖かった。
「か、関係無いって・・・・・・」
 それでも何とか僕は食い下がった。
 偶然とは言え“活動中”の霧間さんに会えたのだ。何も得られずに引き返したくない。
 凪の隣の男が、動揺している僕と霧間さんを苦笑いを浮かべながら見ている。
 少し腹が立った。
 気のせいだろうが、その男が僕を見下しているように感じた。
(この人は関係があって、僕には無いのか?)
 そうじゃないはずだ。
 そんなことじゃないはずだ。
 祈りにも似た気持ちで、僕は思った。
 しかし霧間さんは冷たく言い切った。
「あんたみたいに“普通”のやつには、オレがやってるようなことには手を出さない方がいい」
(――――っ!!)
 言われたくなかった。何よりも“特別”な霧間凪という人物からは。
 『人とは違う存在でありたい』
 そう願って、それを目標に生きている僕にとっての、最大の屈辱。
 それを今、最も理想に近い人物から否定された。
 ―――絶望よりも怒りがきた。
「・・・・・・・・・・・・」
 キッ、と睨みつけるように凪の眼を見た。
 もう怖いなんて思わない。
 憧れのような人から否定されたショックはあるが、そんなものは関係ない。
 今の発言だけは撤回してもらう。そう心に決めた。
「・・・・・・」
 凪は僕の視線をそのまま受ける。
 凪―――海風と山風の入れ替わる時間、風がピタリと止む現象。その名の通り、どんなことがあっても揺るがない、そんな強さを持った眼を僕は見つめる。
 知らずに歯を食いしばっていた。歯と歯がすれる音が骨に響く。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
 やがて、あっさりと凪は僕から視線を逸らした。
「―――っ!」
「じゃね」
 凪はそう言うと素早くヘルメットを被り、バイクを駆って走り出した。
「・・・・・・お、おい! 待ってくれよ、凪」
 慌てて男が追いかけていく。
「―――待ってくださいっ!」
 僕も追いかけて走り出した。

 

 しかし所詮、人の走るスピードでバイクに追いつけるわけも無かった。
 僕はみるみる距離を離されていく。それでも走ることを止めなかった。全力で僕は走った。
 本来ならあっという間に見えなくなるところが、信号待ちに引っ掛かり少しでも距離を縮められたのは幸運だった。
 が、やはり交差点を二つ曲がったところで、見失いそうになった。走り出して数十秒ぐらいだろうが、かなりの距離を離されてしまった。
 数十秒間全力で走ることは不可能なので、僕は自然とスピードが落ちていた。
 ごく当たり前のことなのだが、それすらも腹立だしく思った。
 悔しかった。
 即座に否定すればよかった。
 例え子供っぽい理屈ではあるが、そのほうがマシに思えた。
「・・・・・・はぁ・・・はぁ・・・はぁ・・・・・・―――」
 大きく、荒々しい呼吸をしながら、走っている僕の頭の中にはネガティブにな思考が駆け回っていた。

 

 ・・・・・・そのうちに、体力の限界が来た。
「・・・・・・くそっ・・・はぁ・・・・・・ぜぇ・・・・・・くそ・・・」
 目の前に横断歩道があり、信号が赤だったので立ち止まってしまった。休憩にはなるが、悔しい。
 立ち止まってすぐに、走っている内は興奮して出なかった汗が噴出してきた。
 服の袖でそれを拭った。
 日頃の運動不足が祟ってか、汗はとめどなく出てくる。すぐに汗を拭くことを諦めて、信号を見る。
 ちょうど信号が変わる。
(・・・・・・どうする?)
 一瞬、逡巡するが、すぐさま僕は駆け出した。
 もう意味は無いかもしれない。そのことに気付いてはいたが、ここで止まると二度と前に進めない、そんな気がしていた。
「・・・・・・はっ・・・・・・はっ・・・・・・はっ」
 今度はマラソンの時のように規則正しく呼吸しながら走る。
 目標はとうに見失っている。あてずっぽうに行き先を決めて、ともかく走った。
 悔しさが残っていたが、休憩が入ったせいか、ネガティブな思考は何時の間にか消えていた。
 ただ、自問していた。
(・・・・・・僕は今まで何をしてきたんだろう?)
(一人よがりに考えていた。・・・・・・まあそうかもしれない)
(“違い”を求めることは、誰でもやってることだ)
(その方法や方向性は人それぞれだ・・・・・・僕はたまたまこういう志向なんだろう)
 走りながら交差点を右に折れる。大通りなのか、人がやや多い。
(霧間さんに・・・・・・指摘されて怒ったのは・・・・・・)
 歩いている人を避けて走る。スラロームのように体が揺れた。
(・・・・・・結局、自分に自信が持てないからなのかな・・・・・・)

 ドン

 深く思考していた僕は、いきなり脇の路地から現れた(遠くの方は見ていたが、近くから現れたのでそう思った)人にぶつかってしまった。

 

 ―――――ドクン


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