ブギーポップ・ウェイブ―エンブリオ共鳴―


2-1

 ―――同日、やや時刻は溯る。

 一人の少年がナップサックをからい、荒れ地に立っている。
「流石にここには何も無いかぁ・・・・・・」
 彼――峰下翔吾は“ムーンテンプル”跡地に来ていた。

 

「うーん・・・・・・」
 僕はムーンテンプル跡地に来ていた。
 数日前に末真さんから話を聞かせてもらった後から、何かしたい、と思い続けた結論だ。
(霧間さんは建築関係について調べてたよな・・・・・・)
 そう思い当たった僕は、建築物関係の事件について調べてみた。(パソコンを持っているので、主にネットを使った)
 数件、それらしい事件があったが、その中でも有名なのが『ムーンテンプル事件』と『スフィア炎上事件』だった。どちらも今は解散・分裂した会社MCEの会長で、今は亡き寺月恭一郎の作ったものだ。
 前から事件のことは知っていたが、調べてみると色々と、いわくありげな“噂”があった。
『実は寺月氏は生きていて、テロ活動の準備を秘密裏に進めている』
『寺月氏は裏の秘密組織と手を結んでいたが、裏切って消された』
『ムーンテンプル事件では、おかしな現象が起きたらしい』
『スフィア炎上で変な人影を見た。あと警官が何人も気絶していたらしい』
 どれもこれも嘘っぽく見えて、まるで本当のことのようにも見えた。
 取り敢えず、自分で信じられると思った話をメモにとったり、面白そうな話や実際に事件に立ち会ったという人の話を心に留めておいた。
 奇妙なことに、さらにもっと詳しい話を・・・・・・と掘り下げていくと、すでに消去され、「Not found」となったサイトと数多く出くわした。
 決定打に欠けた感が否めなかった。
「しょうがないかなぁ・・・・・・」
 ぶつぶつと独り言を言いながら、僕はすっかりサラ地となったムーンテンプル跡を見回した。
 あちこちに建物の構造物だったらしいパイプやらが落ちていたり、敷地の端の方に取り壊した残骸の固まりがあったりする。
 未だに処理されていないのは、建設したMCEが潰れてしまっているからだろうか。寺月氏が死んだときにも、残された会社や資産もどうするかで大いにもめたらしいし。
 今となっては、MCEは何処にも姿を見せない。
 少しぐらいは面影(というのだろうか)があってもいいものなのに・・・・・・。
「よし、次、行ってみよう」
 ここで得るものは何もないだろう。
 そう思い、独り言をやや力を込めて言ってから、僕は足を転じた。

 スフィアに向かって歩いていた僕は、ふと足を止めた。
「・・・・・・あれ?」
 僕は一度スフィアには行ったことがあって、確かムーンテンプルの位置からそう離れていないと思ったのだが・・・・・・場所がわからなくなっていた。
 道をてくてくと歩いて、交差点を三つほど通っただろうか。結構な距離を歩いたと思う。
(この辺に・・・・・・)

 ―――思ったより目立つ建物だったらしい、スフィアは。
 どうやら焼失してしまったことが、そのまま僕の頭の地図を白紙にしてしまったらしい。
「・・・・・・むぅ」
 迷ったし、困った。
 実は、ムーンテンプルまでの交通経路は調べていたのだが、交通費節約のため、その他近場への移動は全て徒歩と考えていたのだ。このままだと、もしものときに帰ろうにも帰れない。
「う〜ん・・・・・・」
 頭を掻きながら、交差点から四方の望む。
 見る限りでは、ごくごく平凡なビルが立ち並んでいるようにしか見えない。
 スフィアがあったときには結構なインパクトがあったのだが、そのせいで今まさに迷ってしまっている。
 僕はしばらくあちこちと歩き回ってみた。

* * *

「次は何処に行くんだ?」
 羽原健太郎はそう霧間凪に訊いた。
 ここのところ、凪は故寺月恭一郎が建てた“酔狂”達を調べている。健太郎が、
「何で今ごろなんだ? 事件からはだいぶ、経っちまってるぞ?」
 と訊いてみると、凪は、
「いや、ここんところ別口で忙しかったし・・・・・・正樹のこともあったしな」
 と答えた。さらに詳しく聞いてみたところ、凪は『ムーンテンプル事件』が起きた後、寺月氏の“酔狂”について調べようと思ったらしい。しかし『ムーンテンプル事件』そのものはうやむやで騒動は終わってしまい、原因は不明だったが特に被害が無かったため、“後回し”にしておいたのだ。
 そして『スフィア炎上事件』が起きた。
 またも原因は不明。目的もわからない。今回も特に被害者は出なかったが、建物一つが丸ごと燃えてしまった大事件である。これは凪も徹底的に調べようと思ったが、スフィアそのものは完全に燃え尽きてしまい調査しようが無かった。
 さらに同時期に、義理の弟である谷口正樹が大怪我を負うという事件が起き、凪はそっちに全力を注いでいたので、どうしても、後から起きた『スフィア炎上』の方には手が回らなかった。
 幸い、正樹の怪我は完治し、しばらく精密検査やら何やらで入院した。
 しかし、『傷口が塞がらない』という症状の正樹が回復した原因は不明だったが。
 その後、別の事件が起きたり、学校が受験などで忙しくなったりして、しばらく寺月氏の“酔狂”を調べる時間が取れなかった。
 それで最近になってようやく“酔狂”を調べられる余裕ができ、事件を解決する合間をぬぐって寺月氏関連の建物を調べているのだ。
「ん・・・・・・もう今日であらかた調べ終えたからな。昼時だし一旦家に帰るか」
 ヘルメットを持った状態で、凪は言った。
「俺もいいか?」
「綺が三人分の昼食を準備してるかどうかなんて保証は無いぜ?」
 意地が悪そうに笑いながら凪は言う。
「・・・・・・まー、なんとかなるだろ」
 健太郎は苦笑して、頭をぽりぽりと掻こうとしてヘルメットをしていることに気付いた。
「とりあえず、凪のマンションに戻るんだな」
「ああ――――ん?」
 ヘルメットを被ろうとしていた凪は、ふと視線を転じた。
「? どしたんだ、凪?」
 怪訝そうに凪の視線を追うと、そこには健太郎達より二つぐらい年の低い少年が立っていた。
「―――あっ」
 少年はこちらの方を見ていて、凪と視線が合うと驚いたように声を上げた。


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