ブギーポップ・ウェイブ―エンブリオ共鳴―


2-0

 数日後、休日の土曜日。
 霧間凪は“スフィア”跡地に来ていた。
 数ヶ月前、謎の炎上事件を起こし、メインであるスフィアは燃え去った。その後、ぽっかりと空いた空間をどう使うか検討され、一時期は再びスフィアを作り直そうという計画が持ち上がったが、設計図が無く断念された。
 設計者だった寺月恭一郎氏は設計図を絶対に残さないことで有名であり、彼自身も既に他界していたため、残された人達がどうあがこうともスフィア再建は不可能だった。
 結局残された空間には、代用品とばかりにスフィアに“似せた”球状の建物を作ることが、最近になって決定された。当然設計図が無いため、何人もの建築家を集め一から設計図を作ることになった。
 しかし、多大な予算を掛けて出来上がるであろうそれは、とても元のスフィアほどの価値や美しさは無いだろう。
 もし、故寺月恭一郎氏が生きていたらこう言ったかもしれない。
「一度消えたものを作り直す? せっかくの華々しい最期の価値がなくなるじゃないか」
 と。

 

「・・・・・・」
 そして霧間凪はそんなスフィア跡を見ていた。
 休日であり、スフィアがなくなったとしても、その隣のショッピングモールは全くの無傷であったため開店しており、多くの買い物客がいた。
 そんな中凪は、すぐ脇にあるバイクを停め合成革らしいつなぎを着ている。レーサーの様なその服装は大型二輪には似合っていたが、他の買い物に来ている人達からは浮いていた。しかしとうの本人は、まったく気に求めていない様子だが。
「なあ、凪。いまさらこんなところに何の用があるんだよ?」
 凪の隣の男、羽原健太郎はスタンドを立てた原チャリに寝そべるように乗ったままそう凪に訊いた。
 凪はしばらく黙っていたが、いきなり振り返って言った。
「――健太郎」
「・・・・・・な、なんだよ」
 身を起こしながら、健太郎は聞き返した。凪は鋭い視線を健太郎に向け、
「あんた・・・・・・本当に“スフィア炎上”に関して、何も知らないのか?」
 と訊いた。対する健太郎は、
「しつこいな。そう言ってるだろ?」
 肩をすくめるようにして、そう答えた。
 ――ごく自然な態度だった。
「・・・・・・そうか」
 そう言って、凪はバイクに跨った。

 

 スフィア炎上事件、それは人々の目から見ると謎以外、何物でもなかった。
 ただ、寺月氏設計の建物というだけあって、『ムーンテンプル事件』のことがあり、何らかの思惑があったのでは? と人々は予想した。
 しかしそれが人為的な事件なのか、それともまったくの事故なのか、はっきりとはせず、原因は迷宮入りとなった。
 だが、羽原健太郎は真相を知っている。
 彼は炎上事件を起こした張本人とも言えるからだ。
 高代亨がフォルテッシモとの再戦と、その勝利のためにその“仕掛け”を提供したのが羽原健太郎である。

『あんた・・・・・・本当に“スフィア”炎上に関して、何もしらないのか?』
『しつこいな。そう言ってるだろ?』

 羽原健太郎は嘘をついている。


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