ブギーポップ・ウェイブ―エンブリオ共鳴―


1-6

 図書室を出て、昇降口に向かう二人。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
 無言。
 互いに遠慮しているのか、上手く切り出せないのか、時々チラチラと顔を窺っていたりする。
 そしてついに、末真和子の方が先に喋り掛けた。
「・・・・・・あの、峰下君」
「・・・・・・はい?」
「今日、私が霧間さんについて話したことなんだけど・・・他の人には言わないでくれるかしら?」
「わかりました」
 あっさりと、翔吾は答えた。最初から他言する気は無かったようだ。
「こちらも一つ、訊いていいですか?」
「え?」
「・・・・・・なんで、教えてくれたんですか?」
「・・・・・・」
「教えてもらったのに、訊くのも何なんですけど・・・・・・」
「・・・・・・似てたからかな?」
「似てた?」
「ええ。貴方、何かを追い求めてるでしょう? 人は誰でも何かを探してたり、追いかけてたりするものだけど・・・・・・貴方の場合、その“何か”が目の前に、そうでなくてもすぐ近くに現れて、必死になってるのよ。
 その必死になってる眼が、昔の私に似てたから――そんな感じかしら」
「・・・・・・」
「私も、目の前に探している“もの”が現れたとき、なりふり構わずに追いかけたことがあるのよ」
 少し苦笑気味に笑って、遠くを見るような目で和子は言った。
「そのときの私と同じ――だからかな」
「――ありがとうございます」
 いきなり彼は頭を下げた。
「えっ? あ、ちょっと・・・・・・」
 和子は慌てて、頭を上げるように言った。と、そこにいきなり声が飛んで来た。
「末真ー!」
「えっ、藤花?」
 驚いて、きょろきょろと辺りを見回すと、昇降口の外、登下校ゲートの方に人影が二つあった。
 その人影の一つが、こちらに向かって小走りに駆けて来た。
「末真、待ってたんだよー」
「ごめん、てっきりもう帰ったんだと思って・・・・・・」
 大きな肩掛けバッグを持った人影――宮下藤花が二人の元に着くやいなや、和子に向かって話し掛けた。それに和子は驚いた様子のまま返す。
「教室で、勉強してたら何時の間にか居なくなってて、それで・・・・・・」
 そう和子が言うと、藤花は、
「私、ちょっと用事があるから、って言わなかったっけ?」
 言ってたかしら? と首を傾げる和子だが、藤花はさも当然といった感じで言う。
「用事を終えて戻ってみたら、末真どこにもいないからさ、ガッカリしたよ。どこ行ってたの?」
 大げさに溜め息をつく振りをして、藤花が訊いた。和子は軽く頭を振って自分を落ち着かせて答えた。
「借りてた本、今日中に返却しようと思って、図書室に行ってたんだけど・・・・・・それで、この子と話してて」
「この子? あ、峰下君だ。こんばんは」
 今気付いたように、挨拶する。
「こんばんは、宮下先輩」
 それに、答えて挨拶する翔吾。少し驚いて、今度は和子が訊いた。
「知り合いなの?」
「うん、前に予備校でちょっと」
 笑って藤花は答えた。翔吾は何も言わないが、少し笑みを漏らしている。
「宮下さん、末真さん、そろそろいい加減、門閉めるんだけど」
 ゲートに残っていたもう一方の人影が、昇降口付近で話している三人に声を掛けた。
「? 藤花、新刻さんと一緒だったの?」
 不思議そうな顔をして和子は言った。
「うん、ちょっと相談したいことがあって」
「ふーん・・・・・・」
 和子は、少し腑に落ちない様子をしていたが、やがてゲートの方に足を向けた。
「あ、ちょっと待ってよ。末真ぁ〜」
 一歩遅れて、藤花が後に続く。翔吾は黙ってついて行った。

「こんな遅くまでご苦労様ね。“委員長”」
「あなたもね。“博士”」
 ゲートに着いた和子と待っていた新刻敬は、そう言って笑った。
「こんな遅くまで勉強?」
「ええ。藤花と一緒にやってたんだけど、図書室に用事があったから」
「峰下君とはそこで?」
「そうだけど・・・・・・あなたも峰下君と知り合い?」
「宮下さんと一緒に知り合ったのよ」
 そう言うと、先の二人と同じように敬は小さく笑った。
「・・・・・・?」
 三人の揃いに揃った反応に、怪訝そうに顔を歪める和子。
 何が、と訊く前に、後から来た翔吾が敬に話し掛けた。
「こんばんは、新刻先輩」
「こんばんは、峰下君」
 そして、あなた達で最後だから、と敬はゲートを通すよう指示した。

「こんな遅くまで、門番の仕事?」
 と、和子は敬に訊いた。
「そういうわけでもないんだけど・・・・・・ちょっと、話、してて」
 何故か敬は肩をすくめて言った。
 前にもこんな態度を取ったような気がする、と和子は思ったが、何故かはわからない。
 すい、と藤花の方に視線を送るが、藤花は翔吾と話していてこちらの視線に気づかない。
「藤花と?」
 そう和子が訊くと、これまた微妙な表情をして敬は言った。
「う〜ん・・・・・・まあ、そういうことになるかな?」
「?」
 和子は、どうも腑に落ちない様子で首を傾げた。

 

「それじゃ、僕はバスなので・・・・・・」
 僕はそう言って、バス停で立ち止まった。
「バス、もう行っちゃってるよ?」
 宮下さんが、そう訊いてきた。確かに駅前まで歩けば電車で家に帰れるが、僕の家だと遠くなって、少々時間がかかる。バスを待った方がおそらく早いだろう。
「待っていれば来ますから。先輩方、さよならです」
 僕はそう言って、一人、バス停に残った。

 そして、本を読んで時間を潰した後バスが来て、僕は乗り込んだ。
 色々と考えることがあって、バスを待っている時間も、乗っている時間も退屈しなかった。
「・・・・・・・・・・・・」
 僕は、何かをしたくて、うずうずしていた。


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