ブギーポップ・ウェイブ―エンブリオ共鳴―


1-5

「・・・・・・いえ、いいです」
「・・・・そ、そう?」
 彼はすごく真剣な顔をしていたのに、途中で止めてしまった。
「すみません、時間を取らせて」
 彼はそう言ってお辞儀をすると、図書室を出ようとする。
「・・・・・ちょ、ちょっと」
 私は今の質問の続きが気になって彼に引き止めた。
「何ですか?」
 彼は顔だけこちらを向いて訊き返してきた。
「本当にいいの? 訊きたいんでしょう?」
 おそらく彼が一番、訊きたいことだったはずだ。
 私が、例え心理学とかをかじっていなくとも、彼の表情を見ればわかる。

「―――霧間さんは・・・・・・・・・・」
 僕は質問の途中で、言葉に詰まった。
「?」
 途中で質問を止めてしまったからだろう、末真先輩が怪訝そうな顔をした。
「・・・・・・いえ、いいです」
 ―――何をしているんです?
 我ながら、突拍子の無い質問だと思う。なんて具体性の無い疑問だろうか。これでは、質問を受ける末真さんが困るだろう。・・・・・・というか、呆れられるかもしれない。
「すみません、時間を取らせて」
 僕は末真さんにお礼を言って帰ろうとした。胸になんとなく、残るものを感じる。
「ちょっと」
 えっ?っと思った。末真先輩が呼び止めたのだ。
「何ですか?」
 期待してしまい、思わず振り返りそうになるが、すでに自分は帰ろうとしていたのだ。顔だけ向けて訊いた。
 僕はかなり驚いた。末真さんが真っ直ぐと、まるでこちらの考えを見透かすように見据えていたのだ。そして、言った。
「本当にいいの? 訊きたいんでしょう?」
「・・・・・・・・・」
 訊きたい。本当はすごく訊きたい。訊いてもどうなる事でもないのに、訊きたいという願望が心にあるのだ。
 霧間凪は『特別』だ、と思ったのだ。
 僕のように偽物の『違い』を求めているわけじゃなく。本当に特別な存在だと。
「・・・・・・・・・」
 末真さんは何か知っているのだろうか?
 彼女が何者であるかを。

「訊いてもかまいませんか?」
 念を押すように、彼は訊いた。
「わたしに答えられる範囲でなら、答えてあげられるわね」
 彼女はそう言って、頷いた。
「・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・」
 一瞬の間の後――――

「霧間さんは、何をしてるんですか?」
 僕はその質問を口にした。
「・・・・・・」
 末真さんが虚を突かれた顔をした。
 それはそうだろうな。顔を下げて末真さんに見えないよう苦笑する。
 なんて曖昧な問いだろうと、自分で思う。もう少し訊き方と言うものがないのか?
 しかし、どう訊けばいいのか? それがわからない。
(頭悪いなぁ・・・・・・)
 そう思っても、そうとしか訊けないのが自分だ。
 馬鹿正直、とでも言うのだろか? 結構捻くれているので正直と言うのも語弊があるか。しかし、明らかにボキャブラリーが少ない。それなりに本などを読んできたのだから、それらしい言葉の一つや二つ記憶してないわけじゃないけど、相手に伝わらなければ意味が無い。
 伝わらない言葉に意味は無い。意味の無い言葉では伝わらない。・・・・・・当然のことだ。
(・・・・・・単に僕が不器用なだけか)
 こっそりと溜め息をつく。
 自分の要領の悪さが呪わしかった。答えを求めることを諦めるのを通り過ぎて、自分に呆れてしまう。
 末真さんは何も言ってこない。顔はこちらが伏せているせいで見えないが、呆れているか困っているかのどちらかだろう。あまり見たいと思わないが、これ以上引き止めるわけにもいかない。こんな訳のわからない質問なんかに付き合わされては迷惑だろう。
(・・・・・・はぁ)
 内心の溜め息とともに決心して、顔を上げた。案の定、末真さんは困ったような顔をして――それでも考えてくれているようだ――首を傾げている。
「・・・・・・末真さん」
 もういいですよ、と言おうと僕がした時、
「――――“正義の味方”よ」
 彼女はこちらを見て、きっぱりと、そう言った。
 え? と僕は口をつぐむ。彼女はさらに続けた。
「なんていうか、そうとしか言い様がないのよね。おかしな言い方なんだけど・・・・・・。でも彼女は“そういうこと”をしてるの」
 僕は、折角答えてもらっているというのに、動揺しながら何とか言った。
「えっと、じゃあ、霧間さんがわざと停学になったり、サボったりしてるのは・・・・・・」
「ええ。その間に霧間さんは、いろいろと―――トラブルを解決してる、と思うわ」
 そして、詳しくは私も知らないけれど・・・・・・、と、そう付け加えた。
「・・・・・・・・・・・・」
 僕は半ば呆然として、末真さんが言うことを聞いていた。
 理解出来なかったわけじゃなかった。
 むしろ、何故かひどく心地に落ちていた。

 ――――“正義の味方”

 一瞬、幼い頃見た戦隊ヒーローもののテレビ番組が思い出されて、そして消えた。
 次に、真剣な顔で本を読み、何かを調べている霧間さんの様子が浮かんだ。
「“正義の味方”・・・・・・」
 ぼんやりと呟き、誰にも聞こえないようにその単語を確認する。
 正義の味方。
 言葉にすると陳腐だな、と思う。でも、霧間さんと重ねると不思議と腑に落ちた。
 霧間凪は“正義の味方”で、人知れずトラブルを解決している。
 僕はそのことを確かめるように、何度も何度も頭の中で繰り返していた。

 しばらくして図書室は完全に閉館の時間となり、二人はその場を後にした。


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