ブギーポップ・ウェイブ―エンブリオ共鳴―
1-4
「・・・・・・・・・・」
霧間凪の家に行った翌日、僕はまた図書室にいた。
今回は本を読みに来た訳でも、借りに来た訳でもない。
「・・・・・・・・・・」
待っているのだ。
しかし、それは凪ではない。
『・・・・それで、末真先輩ってね―――』
末真和子。深陽学園3年生。理系選択で、成績はいい。
陽子は末真先輩から霧間先輩のことを聞いたらしい。彼女に訊けば、もっと凪についてわかるかもしれない。少なくとも同じ学年だ。僕よりは凪に近い。
幸い、末真先輩のことは知っている。よく図書室に来るからだ。ただ、最近は受験生として忙しいのか、図書室にあまり来なくなっている。
そのうち僕も大学受験で騒ぐようになるのだろうか?取り敢えずの進路は決めているが。
ともかく僕は、朝、中、昼、放課後の休み時間に図書室で末真先輩を待ちつづけていた。ガラッ
図書室のドアが開いた。
ハッとして入り口を見る、が、入ってきたのは全然知らない三年生の男子だ。
(・・・・・・・はあ)
心の中で溜め息をついて、本に視線を戻す。
はっきり言って、まったくページが進んでいない。読んでも読んでも頭に入ってこないのだ。見せ掛けだけである。
そうこうしている内に閉館の時間が近づいてきた。
バスのダイヤとの兼ね合いで、閉館十五分前にはほとんどの図書館利用者が下校していく。
(どうしようか・・・・・・)
陽子から聞いたところ、末真先輩は家が学校の近くらしい。そのため、徒歩通学らしい。
(消極的すぎたかな・・・・・)
こちらから探しに行った方が会えたかもしれない。もしかしたら、教室で勉強中かもしれない。
しかし、やはり一年生が三年生に話し掛けるのはつらいものがある。
この人が少ない図書室でなら話し掛けることができるだろうと思い、待っていたが、今日は来ないようだ。
もう少し、積極的に動いた方が良かったか?
夕陽が差し込み、オレンジ色に映える図書室で、僕はこれからどうするか考えた。
(・・・・・・・・そういえば)
風紀委員が下校チェックをしているのを思い出した。すでに下校しているのなら、チェックされているはずだ。
「そしたら、急がないと・・・・・・!」
風紀委員も遅くなると帰ってしまう。
僕は急いで読みかけの本をバックに突っ込んで、図書室の出口を目指した。
慌てていたので勢いよくドアを開いた。ガラッ!
「―――わっ!?」
「―――え?」
ドアを開けた僕の目の前に居たのは、僕が散々待っていた末真和子さんだった。右手が握手をするみたいに伸びているのは、今まさにドアを開けようとしていたところだったからだ。
彼女の左手には本があった。読み終えた本なのか、返しに来たのだろう。
時刻は17時52分。図書室閉館、8分前。
徒歩通学の彼女が帰り際に、本を返しに来てもおかしくなかった。
「・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・」
なんとなく見あってしまった。―――夕陽が差し込む校舎で見つめあう二人。なんて、そこらかしこで使われているようなフレーズが、頭に浮かぶ。
「・・・・・・・・こんにちは、末真先輩」
「こんにちは・・・・・・・」
お互い、曖昧に挨拶をした。
・・・・・・・・・なんというか、馬鹿みたいな出会い方ではないだろうか。***
「ええ・・・・・と、峰下くんだったわよね?」
「はい」
再び図書室の中で、僕は末真先輩と対峙していた。
「何の用事かしら?」
少し怪訝そうに、彼女は訊いてきた。当然だろう。面識はあっても、友人という関係ではないからだ。
「あの・・・・・・」
僕は途中から興味の方向がずれてきていた。
霧間に関わったのは、霧間誠一という作家に興味を持ったからだったのに、今は――――
「―――霧間凪先輩について少し・・・・」
凪自身に興味があるのだ。
「えっ?」
末真先輩はちょっと意外そうな声を出した。「霧間先輩について少し」
そう目の前の男子―――峰下翔吾と名乗った―――は少し戸惑ったように言った。
「え?」
私はまさかそんなことを訊かれるとは思わなかったので、驚いた。
いや、告白とかそういうのを想像してたわけじゃない。
(いまさらね・・・・・・)
6年前の事以来、やはりどこか暗かったのか、男子とは縁がなかった。
(別に欲しいわけでもないし・・・・・・)
友達に彼氏がいるコがいるけど、その二人を見ても大した感情は抱かなかった。
だいたい、私が知っている人たちの中では、付き合って別れる人の方が多いのだ。
「あの、末真先輩?」
ボーっとしていてからだろうか、峰下君が声をかけてきた。
「あ、ああ・・・・・・えーと」
私は軽く頭を振って、訊きなおした。
「霧間さんの何が訊きたいの?」
我ながら、かっこつけたかな?と、思った。「末真先輩は霧間先輩と同じクラスになったことはありますか?」
「二年生の時、一緒だったわね」
「どんな人でしたか?」
「そうねぇ・・・・・・」
彼はストレートに訊いてきた。しかし、この問いに対してどう答えていいのか、ちょっと悩む。
「・・・・・・不思議な人だったわね」
「・・・・・・・・・」
私がそう言うと、彼は考えるように手を顎に当てて黙った。
そして、顔を上げ唐突に訊いてきた。
「霧間さんとは友達なんですか?」
「え? ・・・・・・まあ、そうね」
そう言ってもいいだろう。結構、親しく話しをしていると思うし・・・・・・
私がそう言うと、彼はとても真剣な顔をして口を開いた。
「―――霧間さんは・・・・・・・・・・」
「?」
彼はそこまで言って、黙ってしまった。
なんだか彼は、一番知りたい事を訊くのを我慢しているような気がした。