ブギーポップ・ウェイブ―エンブリオ共鳴―


1-2

ガラッ

 図書室のドアが開いた。それ自体はそれほど不思議なことでもなかった。
 しかし、入ってきた人物を見ると陽子の表情が一変した。
「どしたの?」と訊くと、彼女は小声で言った。
「・・・・・・霧間さんっ、あれが霧間凪先輩っ!」
 なんだか怖がっている。
「へえ、あの人が?」
 なんとなく、美人なのではないだろうか、とか思った。かわいいとか美形とかはいまいちわからないが、それでも美形だろうと思う。
 凪はこちらの方を見向きせず(視界には入っただろうが)まっすぐ図書室の奥の方に歩いていった。
「・・・・・・行っちゃった?」
 カウンター内の彼女は、いくつかある棚の影に隠れていた。
「行ったことは行ったけど・・・・・・なんで、そんなに焦ってるの?」
 彼女の行動に笑いを堪えながら訊く。
「はあ、あんた知んないもんね・・・・・・。あの人ね、有名な不良なのよ」
「不良って、また・・・・・・」
 僕が苦笑しながら言うと、彼女は真剣な顔で言った。
「本当よ。マジで停学くらったりしてるもの」
「停学・・・・・・」
 それはそれは・・・・・・中々キツイ。彼女はさらに真剣に話を続けた。
「有名なので、何でか知んないけど教員用トイレでタバコくわえて停学って言うのがあるわよ」
「なんだよそれ」
 そんなところでタバコをくわえるか、普通。・・・・・・くわえる?
「吸った、じゃないのか?」
「んー・・・・・・でも先輩に聞いたら、くわえてたって」
「なんか意味深だね」
「で、今彼女は何しに行ったのよ?」
「知るわけ無いだろ」
「う〜ん、やっぱり、炎の魔女ね。―――ああ、これあだ名ね」
「炎の魔女・・・・・・ね」
 黒魔術でも使えるのだろうか?でも、ぴったりだと思う。
「・・・・・・彼女ね、頭はいいのよ。サボったりしてるらしいんだけど全然成績いいんだって」
「へえ・・・・・・」
 彼女は珍しく、他人の事をよく話している。元々は噂話とか嫌いである。
 まだ話し続けている陽子。
(それだけ、興奮しているって事かな?)
「・・・・・・それで、末真先輩てねー―――」
「悪い、ちょっと」
 彼女の話を遮って立ち上がる。
「? どうすんの?」
「ちょっと訊いてみる」
「何を」と訊かれる前に、僕は言った。
「当然、この人と関係あるのかどうか」
 嘘である。本当はこの本を切り出しに色々訊いてみたいのだ。

 例え相手が不良だとしても、僕は話し合いの口論であるうちは何とかできる自信がある。しかしいざとなったら・・・・・・
(今時の若者みたいにナイフは持ってないけどね)
 その代わりかどうか、ポケットにメモ用のシャープペンが入っている。
「あの、霧間凪先輩ですか?」
 僕は、図書室の奥で何やら分厚い辞書を物色している凪に恐る恐るといった様子で話し掛けた。
「何?」
 彼女は入ってきた時と同じ様にこちらを見ずに、声だけ返した。
「あの、何やってるんですか?」
「ちょっとね」
 彼女はそれだけ言うと一冊の本を引っ張り出す。建築関係の本らしい。近くの机に持っていき、調べ始める。
「・・・・・・・・・・・・」
 僕は馬鹿みたいに突っ立って、その様子を眺めていた。
(・・・・・・不良って感じじゃないな)
 それこそ、職員トイレでタバコを吸うような馬鹿な人じゃない。しかし、普通でもない。
(炎の魔女・・・・・・)
 第一印象はあまりあてにならない。という一般説(かもしれない)を否定している僕は、7割ぐらいの確率で相手のタイプを読むことができる。・・・・思い上がりだろうが。
 その勘は、一番わかりにくい『何考えてるかわからない、一匹狼タイプ』と告げた。
「・・・・・・これか・・・」
 彼女はそう呟くと、持ってきていたらしいメモノートにメモを取り始めた。
 何故こんなことをしているのだろう?しかし、訊いたとしてもさっきみたいに流されるだろう。
 ・・・・・・たっぷり5分ほど、ページを替えて彼女は作業を続けた。
 その間、ずっと僕は彼女を観察しつづけた。
 途中、陽子が「先に帰る」と紙に書いてこちらに教えた後、そそくさと帰っていった。

「何の用だい?」
 調べ物を終えた凪は立ち上がって言った。
「あの、霧間誠一って知ってます?」
 当初の作戦どおりに訊いてみる。が、声が震えた。
「ああ、あいつね・・・・・・」
 どうやら知っているらしい。唾を飲み込んで訊く。
「同じ苗字ですけど、親戚か何かですか?」
(安直過ぎる!)
 と悔やんだが、この人の雰囲気にのまれかけていてどうにも頭が回らなかった。
「親父だよ」
「は?」
 彼女はあっさり答えた。一瞬、頭が真っ白になる。
「だから、オヤジだよ。あんたの知ってる霧間誠一は」
「・・・・・・・・」
 その時僕は、あんぐりとした顔をしていたに違いない。
「それじゃね」
 彼女は本を棚に戻して、帰ろうとする。帰ろうとするが、
「本当ですか!!!?」
 僕は思わずほとんど跳びかかるようにして彼女の肩を掴んだ。
「わっ!?」
 これがどっちの声かわからなかったが、瞬間、僕は地面に叩きつけられていた。
「また、やっちまった・・・・・」
 溜め息とともに凪が呟くのが微かに聞こえた。どうやら、彼女が僕を投げたらしい。
「・・・・おい・・・だい・・じょ・ぶか・・・・?」
 妙に遠くから聞こえてくる彼女の声。
 ・・・・・図書室の床の冷たさが心地よい。
 その心地よさに身をまかせて僕は気を失った。

 ―――昼休みに読んでから、僕は霧間誠一の本にかなりはまっていたのだ。


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