ブギーポップ・ウェイブ―エンブリオ共鳴―
1-1
変わっていたい。
他の誰でもない自分のために。
ちっぽけな自己満足のために。
僕は誰でもない。
今までも、そしてこれからも。
これまでの経験も。思い出も。
僕は死にたくない。
自分の意識が消えるのが怖い。
これまでが消えるのが怖い。
これからを知ることができなくなるのが怖い。
どんなことをしても、僕は――――生きてやる。「・・・・・・・・・」
教室から空を見上げながら、ぼんやりと物思いにふけっている。
なんとなく思いついた詩、というか宣言というかそれを今手元にあるメモに残すかどうか考える。
「―――――」
結局、残さないことに決めた。・・・・・なんのために考えたのだろう。
人間として生まれたのだから絶対に死ぬのに、それでもそう考えたのは何でだろう。キーン コーン カーン コーン
授業終了のチャイムが鳴った。
珍しく、教師が時間通りに授業を切り上げた。
みんな、昼休みに向けて行動し始める。僕も、補助バッグから弁当を取り出した。
僕の名前は、峰下翔吾。県立の深陽学園に今年入った1年生だ。
僕には、人と違っていたい、という願望がある。
個性とか流行とかともかくそういうものだけでなく、考え方という点でだ。しかし、所詮みな同じ考えや気持ちを持っているはずが無く、誰一人として同じ精神を持ってはいない。この想いは杞憂に過ぎない。
しかし、そう思っているのは・・・・・・・・
(単に、人より優れたいってことなのかなぁ・・・・)
そうは言っても、自分より頭のいい人もいるし、人並み程度の運動神経しか持ち合わせていない。
それ故に、考え方とか思考といった点で優れたいのかもしれない。
(そのためには、人と同じじゃだめだ)
他人の考え。それをさらに突破した所まで意識しなければ・・・・
「なぁにボーっとしてのぉ?」
「ん?ああ、おはよう」
中学からの友達である野方陽子が話し掛けてきた。僕は反射的に「おはよう」と言ってしまった。が、まあいいか。
「おはよう、じゃないわよぉ」
彼女も慣れっこといった感じで返す。ふざけ合う仲なのだ。
彼女とは中学からの友達だ。学校だけなら小学校からだが、具体的に知り合ったのは中二からだ。
「―――いいけど、最近本借りて無いじゃん。あんた、冷やかしだよ。ひ・や・か・し」
今いるここは図書室で、彼女は図書委員だ。
「いいだろ、どうせ人来ないんだから」
つい、ぶっきらぼうに答えてしまう。彼女も、
「ま、いいけどね」
と言った。基本的に大雑把な性格なのだ、いやガサツに近い。
改めて図書室を見る。実際に大して人が入っていない。クーラー設備はあるが、付けるのが遅いので涼しくない。そのため、一部の本好きぐらいしか来ていない。しかも、来るのが早かった。
「確かに、たまには何か借りるか・・・」
僕は、図書室の一角にあるベストセラー関係のコーナーに向かった。
その中に並ぶ本の中から一冊取る。
題名は『人が人を殺すとき』 著者名は霧間誠一。
(時期としてはちょうどいいかな)
皮肉げに考えて、カウンターに持っていく。当然、いるのは陽子だ。
「これ」
と、本とカードを出す。題名を見てしばし沈黙する彼女。
「・・・・・・あんたらしいわ」と、コメント。
「まーね」
慣れっこである。むしろ、自分の願望に当てはまるので嬉しい。
こういう人間もいてもいいよな。と思う。それと同時に、他にもこういう人がいるのだろうか?とも思う。
そういうことを考えるのがすきなのかもしれない。
* * *
「・・・・・・ねえ、霧間先輩って知ってる?」
放課後、また図書室に来た僕はそんなことを訊かれた。
「は?」
いきなりだったので間の抜けた声が出た。
「知らないの?」尚も訊いてくる彼女。
「知んないけど」
部活動に所属していないので、先輩とかの話は全然聞いたことが無い。
「・・・・・霧間って、これ?」
といって、読んでいる本の背表紙を見せる。見せているのは著者の霧間誠一の名前である。
「苗字は一緒。下の名前は凪だって」
「変わった名前・・・・・・」
抱いた感想といえばこれくらいである。苗字が一緒だというのには気に掛かったが、偶然だろう。
「それで、その人がどうしたの?恋でもしたのか?」
口調がでたらめだなあ、とか思う。
「そういうのじゃないわよぉ」
少し怒ったように、笑って言う彼女。
「ここの本の貸し出し者の中に時々、紙木城さんていう人がいるんだけど、その人本を借りっ放しなのよねぇ。それで、知り合いの先輩に訊いたら、今行方不明なんだって」
「は? 行方不明?」
行方不明とか一時期多かったらしい。今でも時々集会がある。
どうしてまた、と訊くと、「わからないけど・・・・」という答えしか返ってこない。
「まあ、その辺は別にいいけど、それが霧間凪さんとどう関係が?」
うん、と頷いて彼女。どうやら核心らしい。
「その先輩によると、なんか数少ない友達らしいから、知らないかなあっと」
案外軽い理由だ。苦笑して答える僕。
「僕に訊くのも間違いだろう」
「ま、そーね。部活、三ヶ月で辞めたしねー」
実のところ、入らなかったわけではなく続かなかったのだ。
「それはもういいよ。・・・・・・辞めたといえば―――織機さん、どうして辞めたんだろう」
話題を変えるためと、ふと、気になったのとで僕は言った。
「ああ、一ヶ月で退学した子?そうよね、頭よかったし」
「今、料理学校に通ってるんだって」
「ふーん。・・・・・なに、気になってんの?」
やけに詳しい僕をからかう為に言ったのだろう。でも、僕は真面目に頷いて言った。
「なんかあの人、他の人と違う感じがしたから・・・・」
暗かった。一言で言うならそんな感じだった。