御鷹山(滝山)から十観山への縦走


 美ケ原から三才山、保福寺峠、入山、御鷹山、十観山、青木峠、大沢山、四阿屋山、と高度を上げ下げしながら山脈が高度を下げていく。
家のあたりから見ると、入山、御鷹山から十観山あたりの山が壁になって、西の方の世界を遮っている。
保福寺峠はご存じのようにウエストンが上田から松本へ抜ける途中、飛騨山脈を初めて見て感動した場所である。           (写真・独鈷山尾根からの御鷹山、左端保福寺峠あたり、中央御鷹山、右端手前夫神岳この写真右続きは、30山を決めるのページにあるもの。)

御鷹山へは東の麓から登山道というより踏み跡程度の道しかなく、しかも取りつきが草ボーボーで登り口を見付けるまでになかなか苦労した。
今回はヤブの少ない五月の連休に、東の麓からでなく、保福寺峠の方から尾根づたいに進み、入山、御鷹山、十観山へと縦走しようと考えた。
一人では不安なので、高校に入ったばかりの長男に声をかけたら行くとのこと。
十時頃、保福寺峠手前の林道のゲートに車を止め出発する。林道が尾根を越す所から道を離れ尾根づたいに進み入山から御鷹山を目指した。
(写真・入山付近から木の間ごしに見た御鷹山方面)
この前年、御鷹山の東側からの登り口が見つからないでいた時、御鷹山への道を探すためまずこの尾根にそって入山まで登って探ろうと当時中学生だった長男と秋晴れの午後この同じ尾根をたどった事があった。
すると入山手前のヤブの途切れた尾根上で一人の初老の男性がガスコンロで飲み物を作って休んでいた。「こんな所で登山者と合うなんて。」と驚いたがその人は東京の方だった。
もともと麓の青木村の出身の方で近々村に土地を購入して戻ってくる予定という。これから御鷹山、十観山と縦走して十観山の中腹にある青木村の温泉保養施設へ泊まる予定とのこと、もう三時近いのに単独でこれからの行く手に全然不安気もなく、山の経験の豊富な人なのかなと思った事があった。(写真・独鈷山頂から見た御鷹山1月、中央二股状の尾根が合体したあたりが御鷹山山頂部、入山は左端の二こぶの所。御鷹山頂への東側登路は中央二股尾根の右側を登る。)

入山の山頂はその時に踏んだので今回はトラバースして進む。入山から御鷹山までの尾根の踏み跡はとてもはっきりしていて気持ちよい尾根歩きとなった。
しかし小さな登り下りがあり中々御鷹山には着かない。やっと前年の12月、東側から登ったばかりの御鷹山の山頂の石のほこらに着いて昼食にした。
そこからは、未知のコースだった。
 しばらくは、はっきりした踏み跡がついていたが、尾根が広がり二またに分かれる所で踏み跡を失い、しばらくうろうろしてしまった。林を透かして見たり、戻って地図で確認して進むとまた踏み跡が出てきた。枝にテープもついていた。
踏み跡もかすかなこの尾根は、ツガの大木やダケカンバの大木、ブナなどの木も混じってけっこう深山の雰囲気がある尾根であった。雪もほんの少し日陰に残っていた。
東側の下の方に滝川ダムが見えてきて、1568M峰へ着くと明治時代のりっぱな石のほこらが三つあった。これがいわゆる滝山山頂だろうか?。
さらにテープや踏み跡を注意しながら進むと1524M峰へ着き、ここにも石のほこらが一つあった。林を透かして下の村の方や子檀嶺岳が見えてきた。
下る尾根を間違えないように確かめて踏み跡を確認しながら下り、二時頃、十観山に着き頂上でゆっくり休んだ。
保養所には三時に着き家に迎えの連絡をした。めずらしく本格的日帰り登山となった。(写真・小牧山から、左端夫神岳、そのすぐ右入山、中央御鷹山、右端十観山、)御鷹山付近はかっては麓の里山として利用され、歩く人も多かったのだろうが、今は山菜やきのこシーズン以外は入る人も少ないのだろう、いかにも深山といった感じの雰囲気で、なによりも道がはっきりしない不安感が心に残った尾根歩きだった。1995年5月5日

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